帆装
「なるほど、船を授けられたとは。しかも成長する船、と」
孤児院に帰った後、僕は早速トマス先生に報告した。
「精霊から物を授けられるのは珍しい事なのですか?」
「珍しいですね。しかも物を授けられた人々はどんな分野であれ、一定以上の名声を得ています。ウィル君も物語で読んだことがあるでしょう」
そう言われてみればそんな気がする。
精霊から武器を授けられて大活躍、的なお話が多い印象がある。あれ、創作じゃなくてこの世界で実際にあった事なのか。
「しかも、授けられる物は武具であることがほとんどです。100年ほど前にある国で馬車が授けられたという記録は見たことがありますが、船というのは聞いたことがありませんね」
つまり、僕の例は前例がない、何もしなくても注目を集めてしまう存在なのか。
「まあ、ウィル君に起こったことについての考察はこれくらいにしましょう。いくら考えてもきりが無いですし。大事なのは、これからの身の振り方です。一番考えられることは、ウィル君が授かった船で船乗りになる、という案ですがいかがでしょう?」
「それを希望します。船や航海については前から興味があったので」
これは控えめな発言だ。
本当は転生特典で(どういう形かはわからなかったが)船に関わる仕事を選べるとわかっていたので、色々と情報収集していた。
そしてこの事実、トマス先生はすでに把握していた。
「そうですね。おそらく船員仕事の厳しいところや危険なことを言ったところで、ウィル君が考えを改めるとは思えませんし。では、私は海運ギルドの支部長へ連絡を取ります。少なくとも、ウィル君の船――『ヘーゲル号』、でしたか。あれをあそこに置きっぱなしでは良くありませんから、きちんとした保管場所だけでも確保しなくては」
そう言うと、トマス先生は自分の執務室を出て行った。
トマス先生はその人柄から多くの人に慕われており、この街でかなり地位を持っている人とも交流がある。
もちろん、このノーエンコーブに支部を構える各ギルドの支部長とも交流がある。
おそらく、先生なら顔パスで支部長と面会でき、交渉できるのだろう。
そしてこの日の夜。船の係留場所と海運ギルドの支部長と僕の面会が決まったとトマス先生が知らせてくれた。
次の日、船をノーエンコーブ港にある係留所に移動させるため、僕は例の小さい入り江に置いてあるヘーゲル号の艦橋に来ていた。
「――というわけで、これからヘーゲル号を正式な係留場所に移動させることになった」
『すでに存じております、キャプテン。出港準備はすでに整っております』
なぜマリーが知っているかというと、どうやら僕のスタチューはマリーの子機的存在であるらしく、僕が船から離れていても会話が可能なのだそうだ。
それを応用して、僕とトマス先生の会話を聞いていたらしい。
「ありがとう。ところで、疑問なんだけど……帆はどこ?」
ヘーゲル号に最初に乗ったときから思ったのだが、ヘーゲル号のマストには帆が存在しないのだ。
畳んでいるわけでもなく本当に存在しない。
もしかして、ヘーゲル号は帆船ではないのか? だとしたらマストの意味は? と、考えれば考えるほど疑問が湧いてしまう。
『ヘーゲル号は、マストの本数に応じてお好きな帆装を選んでいただくシステムになっています。また、帆装は何度も選び直しが出来ますので、気を張り過ぎて選ぶ必要はありません』
マリーがそう言うと、タブレットに帆装のリストが表示された。
そのリストをタッチすると、画面の右側に帆装の概念図が表示される。
それでどれを選ぶかだが……コグは却下だ。この世界の帆船はまだコグしかなく、差別化が図れない。
だから、まだ世に出ていない帆装を選ぶ必要がある。
その中で、今の僕の事情に適した帆装は――。
「決めた。これにする」
『了解しました。帆を設置します』
すると、光と共にマストに帆が現れた。
ただ、畳まれた状態なので帆の全容をうかがい知ることは出来ない。
『帆の設置、完了しました。キャプテンの号令で出航可能です』
「了解。では早速……」
コホンと咳払いをした後、僕は前世から一度は行ってみたかった言葉を発した。
「帆を張れ、錨を上げろ! 目的地、ノーエンコーブ港! ヘーゲル号、出港だ!!」
『了解、キャプテン。目標指定。錨の巻き上げ――完了。帆の展開――完了。目的地情報――自動航行機能可能な地点と判断。周囲状況――問題なし。ヘーゲル号、出航します』
クルーの返事が機械的なのは残念だが、それでもマリーはしっかりと仕事をこなしてくれた。
鎖が巻き上がる音がした後、バサッという帆が張られた音を聞いた直後、ヘーゲル号は滑り出すように処女航海を開始した。
実際は係留場所に移動するだけだし、時間もそんなに掛からないが、それでも処女航海には違いないだろう。
この瞬間は今回が最初で最後になるはずなので、心が弾んで弾んで仕方が無い。
そして僕が選んだ帆だが――まだこの世界では発明されていない帆装だ。
種類は縦帆。船体に平行になるように張る帆だ。
なぜ縦帆を選んだかというと、船体に対し直角になるように張る横帆と比較して逆風に強く、風に逆らうようにして航行できるのだ。
この世界の帆船は、コグや補助動力として帆を搭載したガレーといった横帆1本しか装備していないタイプしかなく、船の能力だけで風に逆らうことはまず不可能だ。
そのため、風に逆らって航海するには、人力で漕ぐか魔法で風や水流を操作して船を動かすしかない。そのため人件費がかかったり風に順走する時より以上に時間が掛かったりするので、風に逆らって航海するルートを洗濯しなければならない場合、運送費がめちゃくちゃ高つくのだ。
でもヘーゲル号が縦帆を装備すれば、少なくとも人件費が抑えられるし、船体も速さを重視したクリッパー船的なスリムな形なので、かなり素早く航行できる。
こういった点で優位に立てると思ったので、縦帆を選択したわけだ。
そして縦帆の中でも『スループ』というタイプを選択した。
マストを挟み船の前方側にジブ(バウスプリット――つまり船首とマストの間に張られる三角帆)、船体後方側にガフセイル(台形に近い帆)という帆装を持つタイプだ。
そして帆のデザインだが、ヘーゲル号の旗と同じように夕日色で、ジブの方に切れ込みの入った羽と、旗がそのまま帆になったかのようなデザインだった。
『キャプテン。実は、舵輪とタブレット台を船尾楼の上に移動させることが出来ます。いかがなさいますか?』
「本当? それじゃ、頼む」
舵輪が屋内にあるのは悪天候の時に重宝するが、やはり甲板上で海風を感じながら操作してみたいとも思っていたのだ。
それが可能とは、本当に快適さを提供してくれる船なんだなぁ。
そして艦橋の天井部分が開き、舵輪、タブレット台とその周辺の床がせり上がり、そのまま天井を突き抜け、船尾楼上に出た。
うん。この潮の匂いと潮風を感じながら航海する。
これほどワクワクして気分が高揚することはないね。
『キャプテン。現在は自動航行状態ですが、マニュアルにすることも可能です。どうなさいますか?』
「自動航海で頼む」
自分の手で船を動かすのも楽しみだが、残念ながら僕はこの世界の航海法も知らなければ操船のための訓練も受けていない。
もしかしたらスタチューの才能に操船の才能も習合されているかもしれないが、いずれにしても訓練なしで動かすのは危険と判断した。
というわけで、船の一切をマリーに任せ、僕は甲板上で初めての航海を楽しんだ。
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