人工知能とヘーゲル号のシステム

『ようこそヘーゲル号へ。お待ちしておりました、キャプテン』


 突如どこからか声が聞こえた。機械的で抑揚のない、女性の声だ。


『こちらです。舵輪の横にあります』


 よく見てみると、舵輪の横に指揮者用の楽譜台のような物が立っていた。

 だが実際はそんな物ではなかった。タブレット端末を固定しておく台だったのだ。

 明らかに世界が違いすぎる。これが転生特典と言うヤツか。


 そのタブレットへ声をかけてみた。


「ええと……あなたは?」


『申し遅れました。私、ヘーゲル号のあらゆるシステムを統括する人工知能でございます。帆を最適な位置に調整、造水装置の維持管理、周囲のセンサー類等による状況確認など、あらゆる機能を管理しております。極端な話、キャプテンが船の方針を示していただけるだけで、それにのっとり私の方で航行を行います。キャプテンは船室でくつろいでいるだけで目的地へたどり着けてしまいます』


 うん、この人工知能がものすごく便利で重要な存在であることはよくわかった。

 帆船は、ガレーに比べれば人員が少なくて済むとは言え、前世では主流だった動力船と比べると遙かに人手が必要になる。

 絶えず変わる風に対応して帆の向きを変えたり張り方を変えなければならないし、周囲の見張りや海図と天体観測による現在位置の割り出しと航海計画の修正を行うなど、専門知識を持つ人員も必要だ。

 それをこの人工知能だけで行ってしまえて、しかも自分は方針を示すだけで良いとは、かなり楽――いや、贅沢だ。

 船の設備と相まって、優雅な船旅も実現できてしまうだろう。


「それで、キャプテンっていうのは僕のことでいいのかな?」


『はい。本船はウィル様のスタチューの効果により出現していますので、自動的にウィル様の才能と紐付けられております。従って、本船のオーナーであり船長(キャプテン)はウィル様になっております。なお、この設定はウィル様が死ぬまで変更できません』


 一生の付き合いになるのか。10歳にしてそれはヘビーだ。

 もちろん、僕も転生するときに願った以上、一生付き合うつもりだけどな。


『今回は初回ということで、キャプテンに知っていただきたいことがあります。この船の重要な機能についてです』


 お、船の機能と来たか。なかなか心が躍る話だな。


『マニュアル操作法や攻撃方法については追々訓練があると思いますので、その時に。今回はポイントシステムについてご説明させていただきます。

 当船は、魔物や敵船を撃破することによりポイントが獲得できるシステムがございます。このポイントを使用し、船の修理や強化を行うことが出来ます。船の強化は、このタブレットから行うことが出来ます』


 タブレットに触ってみると、船の強化に関するシステムが見つかった。

 色々いじってみると、船を大きくしたり階層を増やしたりと単純に船を大きくする物から、武装の強化、居住設備の増設など、様々なジャンルが存在した。

 中には特定の強化をしていないと実行できない項目も存在した。


『全て強化すれば世界でダントツ1位の大きさおよび性能を持った船になります。また、特定のジャンルの強化を極めると秘密の強化が解禁されますので、どうぞ頑張ってください』


 秘密の強化とか、かなり気になる。これは頑張って全強化する勢いでやるしかないね。


『そしてポイントの利用用途がもう一つあります。ショップ機能です。

 これはポイントを使い、様々な商品を購入できる項目です。主にキャプテンの前世にあった物になります』


 前世のこととか、流石は転生特典でもらった船と言うことか。僕のバックグラウンドを知っているとは。

 ショップ機能を確認してみると、前世でよく見た食品やお菓子、日用品などバラエティ豊かなラインナップだ。


『ポイント制については以上となります。何かわからないことがあれば適宜お答えいたしますので、お気軽にご相談ください』


 説明された事については大体わかった。使っているうちにわからないことが出てくると思うから、その時に質問させてもらおう。

 ところで、1つ気になることがある。


「ところで、君……人工知能の名前は?」


『いえ、特に付いておりません』


 やっぱりか。始めの自己紹介で名前ではなく肩書き(?)しか話さなかったから、名前がないと思っていた。

 だが、それでは僕が困る場面が出てくると思う。


「それじゃあ僕が呼びにくい。名前があった方が何かと便利だと思うから、僕が名前を付ける。『マリー』なんてどうかな?」


 船の名前の由来になったヘーゲルの母・マリアを英語圏風にしてみた。ちなみにヘーゲルの妻の名前でもある。


『ありがとうございます。では改めて、私マリーが船の管制に努めて参りますので、どうぞよろしくお願いします』


「こちらこそよろしく、マリー」


 こうして、僕の船との出会いは驚きと希望に満ちた物となった。

 早く海に出てみたいが、航海には準備が必要だし、どんなに高性能な船を持ったって訓練なしでいきなり航海は危険すぎる。

 とりあえず孤児院に帰り、トマス先生に報告して判断を仰ぐとしよう。

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