僕の帆船
次の日、僕はトマス先生から紹介された入り江にいた。
たまに趣味で釣りをする人がいる入り江だが、今はまだギリギリオフシーズンなのであまり人はいない。
ちなみに、小舟で釣りも出来るようになっているらしく、小さいながらも桟橋がある。
その入り江の桟橋で、僕は服からアクアマリンの切り込みが入った羽のバッジを取り出した。
実は、スタチューは持ち主が身につけやすい形態に変更することが出来る。大抵アクセサリーに変えておくのが一般的で、肌身離さず持っておけるようにしている。
僕の場合はバッジにしておいた。切り込みの入った羽はフクロウの羽の事で、この羽のおかげでフクロウは音を出さずに獲物に飛びかかれるのだ。
僕はスタチューをバッジから人形形態に戻すと、お告げ通りにスタチューを掲げた。
すると、目の前にぼんやりと何かが見えた。見た目は船っぽいが、幻とか蜃気楼を見ているようだ。
もう一度スタチューからステータスを呼び出す。
すると、お告げの内容が変わっていた。
『船の名前を付けよう』
僕は、自分の船を持てたら付けようと思っていた名前がある。
僕の好きなフクロウを使った名言『ミネルヴァのフクロウは迫り来る黄昏に飛び立つ』と述べたドイツの哲学者から着想した。
「『ヘーゲル号』」
すると、目の前の幻が強く発光した。
発光が収まると、船が現れた。幻ではない、しっかりとした実態がある船だ。
全長10mほど。マストは1本で、船尾楼と船首楼はあるが低めに押さえられている。特に船首楼は階段が数段程度だ。
船体は水の抵抗を極力減らしそうなスリムな体型で、色は海のような青に、茶色いラインが2本上部に引かれている。船体後部には『HEGEL』と白い文字で船の名前が書かれていた。
マストのてっぺんには旗が掲げられている。夕日色の背景に、バッジ化したスタチューと同じ青い切れ込みの入った羽だ。
船首には、僕のスタチューと同じアクアマリンで出来たフクロウが船首像として飾られている。
そして、気になる点が1つある。
「金属で出来ている……?」
この世界の技術ではまずあり得ない、金属で船が出来ていたのだ。
船体、マスト、船尾楼も。デッキの床だけ木製っぽい。
この船が本当に特別なのだと一瞬で理解出来た。
そして、ステータスも変化していた。
・?????? → ヘーゲル号
明らかに、この船に僕の才能が習合している。
それと同時に、この船が正真正銘自分の物だと理解出来た。
というわけで、さっそく船内を探険してみることにした。
まず目に付いたのは、マストに付いたドア。中は下に降りる階段になっていた。
普通、船体に降りるにはハッチを使う。だがヘーゲル号はハッチの代わりにマスト内に設けられた階段を使うようだ。
船体に降りると、キッチンとテーブルセットがあった。どうやらキッチンと食堂がセットになった場所らしい。
キッチンは家族向けマンション風で、IHコンロ3口と水道付きシンク、収納スペース、さらに冷蔵子と電子レンジらしき物まであった。
収納スペースにはすでに食器や調理道具が揃っており、食材さえあればすぐに料理出来そうだ。
テーブルセットは最大6人まで座れる大きさで、イスの数も同じくある。デザインは家具チェーン店で売ってそうな、シンプルなものだ。
窓は帆船らしく丸窓ではあるが光をなるべく取り込もうとしている。室内のランプを点灯すれば非常に明るくなるだろう。
食堂には船首方向と船尾方向に扉が1つずつ、隅に比較的小さいのが1つあった。
小さい扉はトイレになっていた。水洗式でしかもウォシュレット付き、換気扇の機能もあるので臭気対策もばっちりだ。
船首方向の扉を開けると、倉庫になっていた。船倉というヤツだろうか。
なにもない、がらんどうな場所である。荷物がない以上は当然だが。
船尾方向の扉は、狭いながらもベッド、机とイス、小さい棚が効率よく設置されている。
どうやら、ここは『船長室』らしい。
窓は丸ではなく四角で、食堂よりも採光性が高く、カーテンもそれに伴って大きい。
船長室にもトイレはあったが、風呂どころかシャワーもなかった。全長10mでマストが1本しかない時点で予感はしていたが、この船は長距離航海に向かないらしい。
この船長室、上へ行ける階段があった。この上となると、船尾楼の中だろう。
船尾楼に向かうと、そこには舵輪にモニターが何台か置いてあった。
普通、帆船の舵輪は船尾楼の上に置いてあるものだが、ヘーゲル号は船尾楼の中にあるらしい。
おそらく、艦橋のつもりでこの空間を設計したのだろう。
そしてこの艦橋で、僕はとんでもない物と出会いを果たした。
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