成年式

 成年式。それはこの世界のあらゆる人にとって人生の節目になる儀式。

 10歳になる年に受ける。そうすれば財産も持てるし自由な恋愛も出来る。

だが責任という物も生じる。具体的に言うと働き始めるのだ。


 もちろん、9~10歳の人間に対して儀式の意義通りに大人扱いをする人は少ない。だから正確に言うと見習いになり、将来に向けて経験を積み、技術を磨くのだ。


 そして子供達が選ぶ職業だが、これを決める指標が成年式によって与えられる。

 今まさに成年式会場となっている神殿の祭壇で、一人の男の子が歓喜の声を挙げている。


「やった、『鉄の猛犬』!!」


「『鉄の猛犬』は、勇猛果敢な剣士の素質を表すスタチューですね」


「俺、強いハンターになりたかったから、このスタチューに選ばれて良かった!!」


 この世界には精霊が存在する。存在すると『考えられている』のではなく存在して『いる』。

 と言うのも精霊の存在は実証されていて、いくつか有名な例がある。最も著名な例が、成年式で精霊から与えられる『スタチュー』だ。


 スタチューはその人が持っている才能もしくは精霊に与えられた才能を示す象徴で、手のひらサイズのフィギュアのような形をしている。

 意匠と材質は人それぞれで、その人の才能によって異なる。

 さっきの子の『鉄の猛犬』はよく知られたスタチューで、優れた剣士の才能を持つ者によく与えられる。

 他に有名なのは魔法関係のスタチューだ。なぜなら魔法はスタチューで才能を示さなければ使えないし、使えればあらゆる分野で活躍可能なので国、個人問わず昔から情報を集められており、人々によく知られているのだ。


 そして今年の成年式でも、10数名の魔法使いの才能を持つと判明した子が現れた。

 その子達は将来、国や貴族に使えるにしろ、ハンターになるにしろ、一定以上の活躍が約束されたも同然だろう。


「次、ウィル。祭壇へ」


 僕の番が来た。

 祭壇に上がる。目の前には優しそうな初老の男性、神殿長が。その隣には50代のメガネをかけた人の良さそうな男性、トマス先生が。

 トマス先生は僕の住んでいる孤児院の院長を務めている。孤児院は神殿の運営だからだ。

 そしてトマス先生は孤児院長であると同時にこの神殿でナンバー2の神官でもある。


「怖がらないで、ウィル。あなたを気に入る精霊は必ずいらっしゃるはずですし、必ず力になってくれます」


 トマス先生から励ましの言葉をもらった僕は、思い切って祭壇上に置かれた石版に右手を置いた。

 すると手の中から光が激しく輝き始め、それが収まったと思うと何かを手に握りしめていた。

 手を開くと、青い透明な石で出来たフクロウであった。


「フクロウ、か……?」


「しかし、フクロウと言えば普通木製では?」


「とりあえず、神殿にある過去の記録を調べてみよう」


 なにやら周り……特に神官の人達が騒がしくなった。


「すみません、ウィル君。ちょっと場所を移動しましょう」


 少々焦ったトマス先生に連れられてきたのは、小さい会議室だった。

 イスに座らされ、ハーブティーを出されると、トマス先生は真剣な表情で切り出した。


「フクロウのスタチューは知恵の象徴とされ、学者のような頭を使う職業に向く才能を授けられるとされています。そして、フクロウは森に住んでいるので、大抵は木で出来ています」


 トマス先生はハーブティーを一口飲むと、さらに続けた。


「また、鳥のスタチューを授けられて魔法の才能を持つ人は、大体風属性の魔法を得意とします。フクロウのスタチュー持ちも例外ではありません」


 それらが、通常のフクロウのスタチューの特徴であるらしい。


「ところが、ウィル君が授けられたフクロウのスタチューはアクアマリンで出来ています。海を象徴する宝石です。アクアマリンで出来た鳥のスタチューは水鳥や海鳥であればあり得ることですが、森の鳥であるフクロウに海を意味するアクアマリンは本来あり得ません」


 つまり、それだけ僕のスタチューは特異だと言うことだ。


「一応、この神殿が持っている過去のスタチューの一覧を調べさせていますが、おそらく過去数百年の前例があっても1つか2つ程度でしょう。

 ですが、あなたのスタチューのように本来あり得ない、不自然な生物と素材の組み合わせは世界中で存在します。そして――」


 トマス先生は言葉を切り、言葉を強調するように続けた。


「そのようなスタチューの持ち主は、非常に珍しい能力や才能を持っています。その能力は、どういう形であれ国や社会、場合によっては世界に影響を与えているようです。それはウィル君も必ず同じ道を辿ることになります。これは決定事項と思ってください。

 そして決して能力に驕ることなく、破滅しないように気をつけてください。あまりに強大すぎる力は、本人を振り回すこともありますから」


 トマス先生の口ぶりから、過去に強力な才能や能力を得た人の中には破滅に進んでしまった人もいたのだと察せられる。

 もちろん、僕も破滅したい気持ちはないし、せっかく2度目の人生を得られたのだからそんなバッドエンドはゴメンだ。

 それに人には言えないが、おそらくこのスタチューは僕が転生する前にあの女性に頼んだ結果だ。フクロウのデザインは生前の僕が好きな物だったし。


 そういった責任も含めて、僕は力強く返事をした。


「はい」


 そして神殿の記録を調べた結果だが、前例がないらしい。

 世界中を探せばもしかしたら前例が見つかるかもしれないと言われたが、スタチューの出自からしてそれは無いと思う。


「ウィル君、差し支えなければ、スタチューに記録されているステータスを教えてくれますか?」


 スタチューは、その人の才能や能力を文書化して読むことが出来る。この文書を『ステータス』と呼んでいる。

しかしそれが出来るのは本人だけか、スタチューの文書を読み取る魔道具のみだ。

 本来、人の才能は重大な個人情報だし、さらけ出すと弱点を知られる可能性もあるので許可無く読んだり知ったりするのはマナー違反だ。

 ただ、状況が状況だけにトマス先生としても知っておきたいのだろう。僕の将来を案じて。


 僕はスタチューの文書を読もうとした。するとスタチューが光り、ホログラムのような物が目の前に現れた。

 もちろん、見えているのは僕だけ。


「『??????』と書かれています」


「つまり、何か解放に条件が必要だと?」


「あ、下に何か書かれています。『人気の無い入り江に向かい、スタチューを掲げよ』だそうです」


「お告げですか」


 『お告げ』とは、精霊がスタチューを通じて人に頼み事をすることである。

 その頼み事を満たすと、大なり小なりお礼がもらえる。そのお礼の中には、かなり強力な能力や武具が授けられることもあるとか。


 そして『人気の無い入り江』のことだが、そもそもノーエンコーブは巨大な入り江の入り口、しかも貿易の玄関口だから人気が無いところなんて内容に思える。

 しかしアングリア大陸の中央まで入り込んでいる大河のような入り江なので、その岸辺には大小様々な入り江と化している場所もある。

 そうした『入り江の中の入り江』でも人気の無いところ、という意味だろう。


「わかりました。後でなるべく安全でお告げの条件を満たす場所を知らせます。とりあえず、今日の所はここまでですね」


 というわけで、今日はこれにてお開きとなった。

 そして、僕の待ち望んだ物が手に入るまで、あと少しだという直感がよぎった。

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