推しアイドル×推し作家=推しCP
朝霧
兄×友人=推しCP
自分と兄の誕生日である今日、兄は普通に帰ってこないと思ったのだが二十三時を回る前に帰ってきた。
手にはケーキ屋の箱が、兄はぶっきらぼうな表情で「やる」と押し付けてきたあと、居間のソファに転がって悶え始めた。
兄は自分の双子の兄であるくせに自分とは全然似ていない、二卵性だからなのだろうけど顔つきも違うし身長も性格も全然違う。
なので兄の容姿は客観的にみるととてもよいものだと思っているし、普通に推しである。
だけど今は普通に気持ち悪いと思う、ファンの人に見られたらゲンメツされるんじゃないかと無駄な心配もしてしまう。
「兄、どうした?」
推しのそんな姿はあんまり見たくなかったので問いかけてみる。
兄はソファの上で芋虫みたいに丸まったままボソリと。
「あいつ、が」
あいつとは私の友人でありかつ推し作家のことであろう。
推し作家が何をしたのかと思って兄の言葉を待つ。
「……映画、見た、って」
「ああ」
映画というのは兄が黒幕のCVを務めた例のアニメ映画のことであろう。
友人はそのアニメ映画の監督の作品が大好きなので、公開日当日に見に行くと言っていた。
「……それで、トーヤの声が俺に似てるって……つーか阪本翔太が俺に似てるって……」
似てるも何も本人である。
しかしテレビを一切見ない上に芸能界に全く興味のない我が友人は、大人気アイドル阪本翔太と我が兄が同一人物であることを、知らないのである。
ちなみに友人、阪本翔太の存在自体は高校一年生の頃に赤白歌合戦で知ったらしいが、その時の反応も『赤白にあいつにめっちゃ似てるアイドルが出てて超びっくりした、まさか本人かと思ったけどそんなわけないよね』だった。
本人なんだよなあ、と思ったけど面白かったので黙ってた。
「似てるも何もご本人なのにね。それでなんて? 演技褒められた? 兄、あいつに酷評されたくないっていう理由だけでものすごい指導してもらったんだろ?」
友人が例のアニメ映画の監督の作品の大ファンであることは兄も昔から知っていた。
だからこそめっちゃ頑張っていたのである。
その努力は報われたのだろうか? 私もちょっと前に見たが普通によかったと思う。
ただ、あの友人が満足するレベルだったのかはよくわからなかった。
「……普通に、よかった、て……俺の声にそっくりだったから最初は集中できなかったって言ってたけど……プロでもないのに演技良かったし、インタビューも見たらしくて好感持った、って」
「そりゃあ何より」
なるほどそれは兄が悶えているのも頷ける。
努力が認められてよかったなあ、とにやにやしていたら、兄はボソリと呟いた。
「けど……俺のが好みの顔と声だって……俺のがかっこいいって」
それは自分も前そう言っているのを聞いたことがある。
聞いた時は萌え狂うかと思った。
「どっちも俺なんだよなあ……」
複雑そうだが確実に人前では出せないような喜色が詰まった兄の声に、私はいろんな言葉を飲み込んだのだった。
一週間ぶりに友人の家に遊びに行った。
一人暮らしをしている友人の部屋は狭くて物が少ない、テレビも置いていない。
お土産のハイミルクチョコレートを押し付けると、締切を無事のりきったという友人は気持ち悪い笑顔を浮かべた。
「友、なんか嬉しそうね。締切後でハイになってる?」
「それもある……うひひ……ひひ」
不気味に笑う友人に推しCPセンサーが『ピコーン!』と反応した。
「うちの愚兄が、何か?」
問いかけてみると友人はしばらく「ふへへ」みたいな顔で笑った後、小さくつぶやいた。
「面白かった、って」
「ああ」
兄は友人ことペンネームさいとーみゃーこの大ファンである。
自分が布教したらいつのまにかハマっていた。
活字が苦手な上にアイドル業で時間が取れないのでてっきり本棚の片隅にでも放り込まれることになるのだろうと思っていたら、普通に読んでくれたらしい。
今では新刊の発売日には必ず手に入れる上に特典を得るために本屋を梯子するくらいにはのめり込んでいる。
しかしそんな兄は、さいとーみゃーこの正体が我が友であることを、知らないのである。
というか知っているのは自分と友の母親くらいなものである。
我が友は自分が大人気作家であることを周囲に隠しているのだ、ちなみに表向きはライター業ということにしているようだ。
友は繊細なところがありバッシングと自作の解釈違いが大の地雷なのである。
繊細なくせに人一倍エグい展開の話を書く鬼畜なのが人間って不思議だなって思う、私の推しキャラが一体何人殺されただろうか?
というか、そういう作風だからこそ世間での酷評が人一倍気になるのかもしれないけれど。
だから友人は基本的にネットは限られた情報しか見ないようにしているし、周囲にも自分の正体を隠している。
実は自分が兄にさいとーみゃーこを布教した時には滅茶苦茶怒られた、兄がさいとーみゃーこの大ファンになってくれたからよかったものの、そうでなかったら自分達三人の絆は崩壊していただろう。
「面白かったって言ってくれた……ふへ、ふへへ……」
そのまま壊れたラジオみたいに笑い続ける我が友に、私はいろんな感情を押し殺したのだった。
家には誰もいない、それを確認した後自室に引きこもりしっかりと鍵をかけた。
そうして机の引き出しから、叫びの壺を取り出した。
これは口に当てればどんな大声も小さくしてくれる便利アイテムであり、自分の相棒である。
すうっと息を吸って、自分は叫んだ。
『ああああああああああ!!! なんなんだよあの二人!!!! みんなのアイドルのくせに一人の女のために頑張っちゃううちの兄なに!!!? あんなくっそエグい作風のくせに男一人の「面白い」でニコニコにやにや笑っちゃううちの友達なに!!!? あああああああああ!!! もう、うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
その後もひとしきり絶叫した後、ゼイゼイと息をしながら相棒を口から離した。
そんな時、充電中のスマホが振動した。
今日は確か、おうちデートだって言っていた。
供給の気配に急いで画面を見ると兄からメッセージが。
『ねた』
『ぶさいく』
『くそかわ』
オール平仮名のそんなメッセージと一緒に流れてきたのは我が友の間抜けな寝顔だった。
締切後だから疲れて寝ちゃったんだろうね……AHAHAHAHA……
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
相棒を口に当てる前に私は奇声を発した、ご近所さんに聞こえていないことを祈る。
ああ、今日も推しCPがとうとい。
推しアイドル×推し作家=推しCP 朝霧 @asagiri
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