第2話 妖姫登場

 とあるイベント施設の多目的ホールで神界戦隊ガイナファイブのファンイベントが行われていた。ずらりと並ぶ販売ブースではキャラクターグッズや番組DVDなど様々な商品が並べられ、中高生や家族連れなど大勢のお客さんで賑わっている。

 ホールのステージ部分にはライブショーのためのセットが組まれ、そのすぐ前にサイン会のブースが作られていた。四つ並んだブースにはファンの長い列ができていた。

 それぞれのブースではガイナファイブの戦士役の浅倉佑馬ゆうま、柴崎玲央れお、矢吹颯介そうすけ、篠崎葛葉くずはの四人がファンとの交流に務めている。バトルスーツに身を包み、マスクはかぶらず素顔を出した姿だ。


「これでどうじゃろ?」

 ガイナレッド役の浅倉佑馬がサインしたDVDを、目の前で彼を見上げる子供に手渡した。

「うん、ありがとうガイナレッド」

「こちらこそじゃ。見に来てくれてありがとう」

子供はサインを熱心に見つめていたが、すっと顔を上げた。

「ねえ、ガイナピンクはどうして来てないの?」

「ああ、ピンクは急な任務が入って南米支部に行っとるんよ」

 佑馬はよどみなく答えた。

「残念……、ピンクにも会いたかったのに」

「わがまま言うんじゃないの。皆さんにはいろんな事情もあるんだから」

 傍らの母親が口をはさむ。

「いえいえ、任務による欠席ですので」

 佑馬は苦笑した。子供たちよりお母さま方の方がゴシップに関心が高かったりする。出演者同士の恋愛関係や不祥事、脱退の噂などは耳をそばだてさせる話題だ。実際はガイナピンク役の多賀谷千里ちさとから急な体調不良との連絡があり、欠席となったのだったのだけど……。

「次のイベントには必ずやって来るからな」

「よかった。僕もまた来るよ」

「ありがとう、じゃあまたな」


 親子を見送った佑馬は、ブースの前に並ぶファンたちを眺め、小さなざわめきに気が付いた。行列の十番目くらいに白い着物姿の女性がいて、周りのファンたちが次々と話しかけ、一緒に写真を撮ったりしている。女性の姿はガイナファイブに登場する悪の組織の幹部、妖姫フォクスクイーンそのものだった。


 ファンイベントにコスプレして参加するファンは多い。バトルスーツを自作したり、商品化されている大人サイズの戦闘服を着たりして。だが、女性の扮装はそれらとは一線を画していた。腰まで届く艶やかな銀髪で、遠目で見る容貌はフォクスクイーンそのもの。念入りなメーキャップの賜物なのだろう。純白の小袖に深紅の帯を着け、黒と銀の卍崩しの紋様の内掛けを羽織っている。背後では長くて太い九本の尻尾が空中に浮かびあがりゆらゆらと動いていた。

 写真撮影に高飛車な態度で応じている様子はいかにもフォクスクイーンらしかった。さて彼女は何者だろうと佑馬は思案する。筋金入りのコスプレイヤー、いわゆるレイヤーさんなのか、それとも……。こういうイベントではたまに面倒くさいお客さんに遭遇する。自分はキャラクターそのものだと主張したり、無断でモデルにされたと抗議してきたりするのだ。はたして彼女は……。


 サイン会は進み、女性が佑馬の前にやって来た。間近で見てもフォクスクイーンそのもの、先がとがった耳は血の通った本物としか見えなかった。

「ご来場ありがとうございます。ええと、フォクスクイーンさんとお呼びすればよろしいですか?」

「話がはよおて助かる。さよう、わらわはフォクスクイーンじゃ。この世界のではないがの」

 女性は平然と答え、やっぱり面倒くさいお客だったかと佑馬は内心げんなりした。しかし、にこやかに微笑んで応対する。

「なるほど。それで今日はなんにサインしましょうか?」

「いや、ここには妾らの世界に力をもたらす方を探しに来たのじゃ」

「世界に力を?」

「無数に存在している世界だが、それぞれが独立しているわけではない。他の世界から供給されるエネルギーによって存続している世界もある。妾たちの世界はこの……」

 フォクスクイーンは両手を広げ周囲を見回した。

「神界戦隊の世界からもたらされるエネルギーによって存続しておる。だからこそ妾もこの姿をしているのじゃ。だが、今、妾たちの世界が危機に瀕しておる。周辺部から存在が消えはじめ、どんどん縮小しておるんじゃ。このままでは数日と経たずに全てが消滅してしまうじゃろう。妾たちは必死に原因を探り、ようやく突きとめた。妾たちの世界はこの世界に住む一人の人間の、神界戦隊を愛する強い思いによって生まれ、そして存続していたのじゃ。そのお方が今、神界戦隊を愛する思いに迷いを生じ、思いを失いつつある。妾は世界の壁を越え、その方にお会いして思いを取り戻すようお願いするためにここに来たのじゃ」

 両手を胸の前で組み、縋りつくような目で佑馬を見つめた。

「教えてくれ。神界戦隊を最も愛する者、妾たちの世界の創造主(クリエイター)はどなたなのじゃ?」

「神界戦隊を最も愛する者……ですか?」

 佑馬は彼女の言葉に困惑するばかりだった。

「俺たちも神界戦隊を大切に思っているし、ここに来ておられるファンの皆さん、そして全国のファンだっておる。誰が一番なんて……」

「ふうむ」

 佑馬を見るフォクスクイーンの目つきが鋭いものに変わった。

「要は知らないと言うことじゃな。なら力ずくで明かにするだけじゃ」


 フォクスクイーンはそう言い捨て、踵を返してブースを離れ、背後にセットされていたライブショーのステージに向かった。

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