第2話 Festina lente〜急がば回れ〜


優しい物音で目が覚めた。


蜷が料理をテーブルに料理を乗せている。

「ニチャザです。こちらの飲み物をお持ちしました」

蜷の用意してくれたものは、ペースト状になった黄色い食べ物だった。芋きんとんといった感じだ。

「うまい」

飲み物はブドウジュースのようだった。少量だったが、何故か腹が満たされた。ここの食べ物は全部そんな感じのものが多い気がする。

「お腹こわさないかな」

「それはどういう意味ですか?」

蜷が不思議そうに真人を見つめた。

「ち・・そうじゃなくて!初めて食べるものだから・・美味しかったよ!とにかく・・ありがとう」

「はい」

蜷は心根が素朴だ。ピョーブルパパンそのものがそういう種族なのかもしれない。

会話を楽しむ様子はなく

言葉を発するのは必要なときだけ。

表現の伝達方法は口頭だが、会話ばかりか、感情を読み取る顔の表情はあまり発達していなかった。

蜷が部屋を出て行って、入れ替わりに玄が入ってきた。二人の隙間から眩しい光が差し込んでくる。

「玄」

慌てて飲み込んだニチャザが喉から下へ降りていかない。

「ポピの居場所を探しに行く」

「今から?」

「ここから向こうへ(西を指した)ヒミオルフの世界がある。そこへまず向かう」


用意することは何もない。玄は全て用意を調えていた。

「こちらをどうぞ」

蜷は半透明の布着と顔マスクを手渡した。

「保護服になります。上から着着ください」

不思議な感覚だった。まるで羽衣のような(羽衣は知らないが)手触りで、真人は全身をそれで包んだ。


日の光はもとより、夜の防寒も担っていた。

ここから外へ出て行くにつれて、一日の寒暖差が過酷だという。真人の脳裏に、砂漠の昼夜の情景が浮かんだ。

燦々と降り注ぐ太陽の光。その中をゆくラクダの行商。

そして、満点の夜空を。

「本物の暗闇なのはどこも同じだね」

玄と蜷は同じように真人を見つめた。

「ごめん!・・独り言だよ。ごめん」

ヒミオルフへの旅は、蜷も一緒だった。身の回りのことは、玄以外で必要だった。

そして、寡黙なもう一人〝霖(ナガメ)〟というピョーブルパパンが真人たちに同行する。玄の護衛といった方が正しい。蜷の兄だった。

二人とも、同じように全身保護服を纏っていた。玄、引手の二人以外は真人と同じく、この世界に適応途中なのだろう。


移動手段は徒歩。

時間はわからないが、感覚で五キロほど進んでいる。最初の道はなだらかだったが、あるところからは岩場のようなところが続くようになって、やがて岩場のみとなった。

保護服のおかげで目を開けていられないということはない。布着は不快な密着感もなく、本当に天女の羽衣のようだと思った(知らないが)

「少し、休みたい」

時々、岩に足を取られ何度も挫いた。

蜷はひょうたんの筒を差し出してくれた。

「あと、どのくらい歩くの?」

「あと、太陽が二週・・」

「二日も!?」

太陽が二週する。つまりはそういうことだ。

「歩くしかないんだよね?」

「そうですね」

試した質問を玄は平然と答えた。

そもそも、ヒミオルフというところへ行く理由を聞かされてはいない。目的地はポピではなかったのだろうか。

気分もさえない状態が続く。


歩き続けてふくらはぎがSOSを揚げていた。


玄はもともと、この世界の住人だ。そして、息切れ一つ言わない。時々休む目的は、真人に会わせるだけのものだった。

他の二人も同様で、更に、必要以上の会話すらもなかった。


砂漠にもオアシスがあるように、ここにも水場のような場所があった。地下から空に細く水柱が渦巻きながら上昇している。その所々から弧を描くように水が噴き出していた。

ひょうたんへ水を補給しつつ、夜の暗闇で視界が閉ざされるまで、足はただ、機械運動を続けた。

「ここには動物とかいないんだね」

不思議に思っていたことが口をついた。〝げん〟という、太陽の街から離れるにつれて、住人はまばらに減っていったが、生き物としての存在もそれ以外見つけていない。どんな過酷な場所だって、生物はいる。

「それはどういうものだ?」

霖が火を起こし、蜷は湯を沸かした。


火がはぜる。


「どういえば良いんだろう・・ピョーブルパパン以外の生き物?というか、四足歩行というか、二足もいるけど。言葉を持たない生き物というか・・難しいけど。でも、こうして火を起こすことはするのに動物は知らないって」


人類は火を味方につけたからこそ発展してきたんだ・・・

だが、真人が思う常識はこことは違うこと、と考えを飲み込んだ。


「まあ、いなくても良いんだけどさ」


ただ、歩く手段から解放されることはあっても良いんじゃないかと期待、思い巡らせた。


風の音や虫の音、犬の鳴く声。

これほど無音が続いていると、生きているのかさえ疑いたくなる。

空は、青くて。確かにここは地球だ。

赤い土、岩それしかない。夜は星以外に灯りはなし。

ふと、真人の脳裏に浮かんだのは火星だった。そう思って深呼吸した。

「呼吸は出来ている。うん」


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