6

「生きることを諦めるって、別にそんなつもりじゃあ……」


 言い訳じみた感じになってしまったが実際そういう訳ではない。生きたいとは思っているし何か手があるならなんだってしてやる覚悟はあるつもりだ。

 それでも病気というものは残酷なものでどれだけ努力しようと生きたいと思おうと静かに歩み寄っては命を奪い去ってしまう。


 そうなってしまった時のことを考えることが生きることを諦めていると言えるのだろうか?全ての可能性を考慮するならばやはりこういった考えに至ってしまうのはいた仕方ないことだ。


 だというのに生きることを諦めているだのなんだの言われるのは少し気に食わなかった。しかし向こうも僕の反応が気に食わなかったのかキッと睨みつけてくると早口でまくし立ててきた。


「いや、あなたは完全に諦めてるじゃない。私が一番嫌いなものを教えてやろうか?それは切ないラブストーリーだ。どれもこれもヒロインや主人公が残りの時間をどう使うかや残される人に何を残すかが書かれているけどこれって生きることを諦めているじゃん。どうして周りの人に相談しない?どうしてネットを使わない?もしそのどちらか一方でもやってたら生きれていたかもしれないのに。その書き込みを高名な医者が見たらそれに関する研究を優先的に行ってくれる可能性もなきにしもあらずだし、そうなった場合病気が治る可能性が出てくる。さらに周りの人に相談することによってその知り合いからどんどん繋がっていっていずれどこかで病気を治すヒントが手に入る可能性があるかもしれない。人間5人集まれば世界中全ての人と繋がれるっていうくらいなんだし可能性としては残されている。もちろん今言ったどちらも可能性としてはゼロに等しい。しかし完全なゼロではない。それなのにどうして実行しない?それは心のどこかで生きることを諦めているからなんじゃない?それって今のあなたと全く同じ状況なんじゃないの?」


 光の言っていることにどうしても賛同できなかった。どうしてそんな0.001%の確率もないようなことに時間を費やさなくてはいけないのか。したところで何も変わらないであろうことをするなんて時間の無駄にしか思えなかった。それに……


「周りに相談する?確かに昔は僕にも友達がいたさ。でもそんなことを相談してしまったらその友達のことも苦しめることになるだけだ。わざわざそんな無意味なことをする必要はない」

「はぁ?私のことを利用しようとした奴が何を言ってるんだか。まぁそこは私に対する好感度が低かったってことで一度おいておくとして他人に相談したらその人も一緒に苦しめる?そんなの相談しなかった場合も同じでしょ。友達が病気で苦しんでいたのに相談もしてくれなかったとなると自分って信用されてなかったのかな?とかあのとき気づいてあげられてたらって絶対に後悔するよね?それが分かってるのに黙り続けるってことは現実から逃げてるだけ。まだ友達には今まで通り普通に接して欲しいっていう身勝手な願望の方がまだマシなレベル。まぁ、その言い訳も自分から友達を遠ざけてるみたいだし使えないみたいだけど」


 そう言われればぐうの音も出なかった。僕にも1人親友がいた。だというのに病気を理由に彼を遠ざけるようになってしまった。彼には苦しまないで欲しいからっていうことを表向きの理由にしていたが実際のところ僕は彼が後々どれだけ苦しむことになろうと自分がそれを見なければいいと思っていた。

 どれだけ人のためだと言葉を並べ立てようとも結局は自分のためなのだ。


「私は紛争地域で文字通り何度も死にかけた。致命傷に近い傷を負ったこともあったし傷跡だっていくつも残っている」


 そう言って光が制服のブラウスをめくり上げると脇腹のあたりに思わず目をそらしたくなるような大きくグロテスクな傷跡が残っていた。


「私はなんだってしてきた。たった0.001%でも生き残る可能性を上げるために恥も良心も何もかもを捨てて生きてきた。だというのにあなたはたかだか0.001%生き残る確率を上げるための行動は無駄だと言った。それがどうしても気に食わない。本当に生きたいなら他人のためとか、自分の目で友達が苦しむ姿を見たくないだとかそんな考えは全部捨て去るべき。どんな事をしてでも、たとえみんなから憎まれようとも生き残ってみせる。それくらいの気概を持つべき!それができてない時点で生きる事を諦めている!」


 彼女の言っていることはただの自己中心的で独りよがりでこの世間との繋がりが最も大切である現代の日本の考えとは対極の位置にあるものだった。

 しかしそうやってしか生きてこられなかった光からしたらそんな生ぬるい考えで生きたいとか言っている僕のことがどうしても許せなかったのだろう。


 正直僕には何もかもを捨ててでも生き残りたいとは思えなかった。これじゃあ生きる事を諦めていると言われても仕方がなかった。


 そんな考えが見抜かれていたのだろう。光は僕の顔を見て『チッ』と一度舌打ちを入れると僕の胸ぐらを掴んだ。


「あなたは私を傷つけたくないって言ってたよね!正直な話で初めて友達ができて私は学校という新しい場所で楽しくやっていけている。育ての親であるマアムは私に同情心は持ってくれているが愛情やそう言った類の感情までは持ってくれていない。だから彼女は仕事で家をよく開けて私は基本1人だ。彼女もそれで大丈夫だと思い込んでいる。私はあなたのおかげで初めて他人からの好意、友情、愛情を知ることができた。それが嬉しかった。さっきはあなたに自意識過剰だのなんだのと言ったけどあれは嘘。本当は私を1人の世界から連れ出してくれたあなたが……春陽が好きだ!たとえ春陽がそれを自分勝手な理由でやったとしても私が今の生活を送れているのは春陽のおかげだということは変わらない。私はあなたのことがその……異性として好きだ……。恋愛というものをしたことないからわからないが多分そうなんだと思う」


 顔を赤らめながら恥ずかしげに下を向いて告白してきた光に対して僕は途端に羞恥心を覚えた。


「だから、その……生きろ!あなたが死んだら私は絶対に悲しむ。もしかしたら自殺を選んでしまうかもしれない。それほどまでに春陽が好きだ」


 その言葉にはどこか重みがあった。本当に僕がいなくなったら自殺をしてしまうかもしれない、そう思ってしまうほどに彼女はどこか僕に依存しているような感じがした。


「あっ、はは。これは死ねないな」


 僕はそう呟きながら狭い体育倉庫の天井を見ていた。


「わかった。僕も病気が治せるようどんな手でも使う覚悟だ。だから光も手伝ってくれ」

「分かったよ」


 僕は光に対して協力者になって欲しいという意を込めながら右手を差し出した。そんな僕の右手を光も迷うことなく取った。


 これで僕と光の協力関係は成り立った。これから僕たちは病気を治すためにできる事を全てやっていくことになった。そして……


 この日、光が僕の最後を看取る運命が確定した。


 余談だが光の先ほどまでの口調が『自』らしく、いつものですますという丁寧な言葉遣いはそんな荒々しい言葉遣いではダメだと育ての親から強制されたものだったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る