3

 どうしたものだろうか。


 家に帰ってからも僕は光と少しでも仲が良くなれるような方法を考えていた。しかしいくら考えようが光の思考が他の人とずれているのは明白でそれを理解しない限りは目標を達成することが不可能だということはわかっていた。


 僕はそれほど強くない。僕はもうすぐ死ぬ。死んだら最初こそ悲しんでくれる人がいるだろう。哀れんでくれる人もいるだろう。でもそんな感情もいつかは薄れる。僕は知っている。おじいちゃんが死んだ時みんな悲しい表情をしていた。しかし今となってはおじいちゃんが死んだことを思い出してもまるで他人事のように過去の出来事を語り出す。


 僕はそうなりたくはなかった。誰かに覚えていて欲しかった。


 だから僕は誰かを救い一生誰かの記憶に残るようなことをしたかった。クズだと言われても仕方がないのかもしれない。そんなことをすれば残された人が傷つくのは分かり切っていることだ。


 でも……それでもやはり僕には耐えられない。しかし、普通に生活していれば一生心に残るようなことなんてできるはずがない。そんな中都合よく現れた光を利用しないなんて手はなかった。


 もう一度言おう。僕はクズだと言われたとしても決してやめることはない。忘れられたくない。この世界から自分が消えていくのが怖い。


 そして僕はこんな身勝手な理由から光の気をひく方法を一晩中考えていた。


 翌日、放課後になってからまた光に声をかけた。


「何ですか?私はあなたと馴れ合うつもり何つもりなんて無いですよ」

「馴れ合いじゃないよ。君は昨日情報は自分の身を守るための武器だと言っていた。だから交渉しに来たんだ。君のことを教えて欲しい。代わりに僕がこの街を案内する。この町のことを知っておくことは君にとってもデメリットばかりではないんじゃないかな?地形を知っておくことは情報戦において最も大切なことの一つだと思うんだけど」


 僕の言葉が届いたのか光は考え込むような姿勢を取っていた。それから数秒間考えて答えを出したのか「分かりました」と短く答えると光はさっさと歩き出してしまった。


 それを追うように歩き出して光の隣に並んで歩いた。多くの人はそれをみて驚いたような様子だったがそんなものは無視して一緒に下駄箱まで行った。


 校門をくぐると僕は先導して街を案内することにした。


「ここがこの街で一番大きなショッピングモールだ。ここには色々なものが揃っている。ゲームや本などの娯楽にフードコート、衣服に家具などと品揃えが豊富なんだ」


 それを聞き光は興味深そうにショッピングモールの中を歩き回って商品を見て回っていた。彼女にとってここに売っているものは物珍しいものばかりなのかどこか興奮している様子だったのがどうにも印象に残っていた。


 しかし一通り見て回った後光が不服そうな表情を浮かべているのを見て僕は疑問に思った。


「どうかしたの?」

「この店、武器が売っていない。ナイフも人を殺す用のものではなかったしこんな店があったって戦いには何の役にも立たない」


 一体どんな境遇の人ならばこんな思考になるのだろうかと疑問に感じたがまだ僕は彼女との取引であるこの街の案内が終わっていないのでそれをぐっと飲み込んだ。


「まぁこの街は危険なことなんてないからね。誰かに殺されることもなければ殺すこともない。だからこの街には武器なんて売っていないんだよ」


 一応説明してみたが光はそんなこと知ったことではないと言った様子だったのでこれ以上説明しても無駄だと悟り街案内の続きをすることにした。


「ここがパチンコ屋であそこがラーメン屋、そしてあそこが……」


 光にどこに何があるかなどの説明をしていると目の前から見るからにDQNの3人組が現れた。光は顔だけ見ればヨーロッパ系の綺麗な少女という印象だろう。ナンパ師が声をかけたくなるような気持ちもわからなくはない。


「ねぇ、お姉さん。ちょっと俺たちと遊ばない?」


 そんな典型的なナンパの言葉を吐く3人組は僕のことなんて見えていないかのように光にだけ話しかけていた。僕が彼女を守ろうと前に出ようとしたがそうする前に彼女が動いていた。


 気付いた時には彼女の拳が3人組の1人の顔面にめり込んでいた。そのまま殴りぬけると男は後ろに尻餅をついた。


 隣にいた2人は一瞬何が怒ったのか理解できずに固まっていたがすぐに状況を把握すると光に襲いかかった。


「このクソアマ!」

「ちょっと顔がいいからって調子に乗るな!」


 男2人がブチ切れて光に殴りかかろうとしていたので今度こそ体を張って助けようとしたがまたしても光が先に動いていた。殴りかかってきた男の1人の拳を横にそらすと前のめりになっている男にカウンターの一撃を食らわせて気絶させてしまった。そして残った男の拳も回避すると懐に潜り込み首を締めていた。


 一瞬の攻防で僕には何が何だかわからなかった。


「この国では人殺しはダメだとマァムから聞いています。だからこの場で殺したりはしませんが、もし次また同じことをした場合は容赦なく殺します。それで私が犯罪者になるとしてもそんなの関係ありません」


 そんな光の言動に僕は恐怖を感じた。普通人殺しという行為には誰しもが忌避感を抱く。しかしこの少女からはそれを全く感じられなかった。それが何よりも恐ろしかった。


 どのみち半年後には死ぬというのにいつか彼女に殺されるのではないかと恐怖してしまっている自分が馬鹿らしく思えてきた。


「終わったから早く行こう」


 光が案内するように促してくるが僕はすぐには動くことができずその場で立ちつくしてしまった。


「どうかしましたか?」

「……いや、なんでもない」


 何とか街の案内を続けたがその間も先程の出来事が頭によぎり自分が何をしていたのかあまり覚えていなかった。


 ようやく気持ちに整理が着いてきた頃には夕飯時で夜ご飯を一緒に食べる事になった。


 僕達は回るお寿司のお店に入るとそこで腰を落ち着けた。


「あなたが案内してくれたおかげでこの街の地形について大方把握出来ました。感謝します。では対価の自分の情報について話そうと思うのですが何について話せばいいですか?」

「……あっ、あー、えっと、光の境遇、とか?」


 なぜ疑問形にしたのか自分でも理解できないが彼女の人格を形成した一番の原因であろう彼女の境遇について聞いてみる事にした。


「そうですね。私は生まれてすぐに親にアフリカの紛争地域に捨てられたんです」


 そんな重々しい言葉から彼女の自分語りは始まった。

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