4. Reporting

 春休み中のある日、大和くんのスマホが着信を告げた。

「……なんで政府から?」

「え、政府…」

 大和くんの小さな呟きが耳に入り、驚く。大和くんは耳元に電話口を近づけ、口を開く。

「……何の用だ」

『……、……』

「すまん、スピーカーにしてもいいか」

 私が話の内容を聞きたがっているのが伝わったのか、彼はそう言った。OKの返事が来たのか、彼はスマホをローテーブルに置き画面をタップする。

「……続けろ」

『そんなに口が悪いと嫌われるぞ』

「余計なことを言うな」

 鋭い口調に私の方がハラハラしながら、2人の話に耳を傾けた。

「で、この電話の要件は」

『今、寮には全員揃っているか』

「……確か皆いるはずだが。それが何だ」

『皆で本部に来い』

「なぜ」

『細かいなあ、今回の“姫”に関する色々の報告に来いということだよ』

 皆って、私も含まれているのだろうか。

『もちろんお前もだぞ、涛川夏美』

「……っ」

「いつからいると気づいていた」

『スピーカーフォンにする理由がそのくらいしか見つからなかった』

「わ、分かりました。一緒に行きます」

『いい返事だ』

 その言葉に少しばかり驚きと緊張が緩む。

『そういうことだ。必ず全員連れて来いよ』

「……了解した。日時は」

『春休みで暇なんだろ。今すぐ来い』

 そう言い放って、相手はぶつっと電話を切ってしまった。

「……はあ」

「なんだか急、だったね」

「いつものことだ。アイツらはいつも気まぐれで、突然連絡を寄越しては一方的に切る」

 心底うんざりとでも言いたそうな表情で、彼はもう一度ため息をついた。


 突然の呼び出しに応えて、私たちはみんなが政府と呼んでいるところの本部へと向かった。

「赤穂大和だ。呼び出しに応じて来た」

「お久しぶりですね。チーフが最上階でお待ちです」

 最上階。──私がこんな場違いなところにいて大丈夫なのだろうか。歩きながら、手と足の一緒の方が出そうになる。

「大丈夫か?」

「ううん無理」

「そんなオレらが『政府』って呼んでても、行政にはほとんど干渉できない機関なんだ。気楽で平気だぞ」

「だとしてもさ……」

 そもそも一般人の私は、『政府』と呼ばれるようなところに直接関与することなんてほとんどないんだよ、と頭を抱える。

「不安なら手、繋ごう?」

「うう……お願いしたいところだけど、さすがにそこまでしてもらったら申し訳なくてますますしんどくなって、ああ……」

 めまいがしそうになるのを気力で追いやり、前を向く。それをOKの合図としたのか、皆はエレベーターの方へ向かっていく。ぐるぐる考えていても仕方ない。


「久しいな、“館”の諸君」

「ご無沙汰しております、チーフ」

「して、そちらが今代“姫”だった……」

「な、涛川夏美です」

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、大袈裟な会でもありませんから」

 そう言われて、やっと胸のつかえが取れたように息ができるようになった。

「さて、今回のいろいろについての報告を」

「……夏美、話せるか」

「分かり、ました」

 どこから話せばいいのだろうか。そう思って口ごもる。

「では、私から質問しながら、いろいろとお聞かせ願えますか」

「はい」

 チーフは目元を綻ばせると、では、と口を開いた。

「自分が“姫”であることには、どのようにして気づかれましたか」

「……“野良”の屋敷に連れて行かれて、そこで湊先輩に教えてもらいました。自分が死ぬ運命にあることは、後から調べてみて分かりました」

「なるほど。そしてあなたは使命を果たすと決断したんですね」

「はい」

 メモを取る素振りも見せず、チーフは続きを催促する。

「ちゃんと使命は果たせました。でも彼らが、私が死ぬことを許さなかった」

「では次は“館”の諸君に問おう。どのようにして死なせずに済む方法を見つけた?」

「オレが説明する」

 寧音くんの言葉に、チーフは頷く。

「しばらく前から面識があった、魔法使い兼医者の米沢駆が手伝ってくれた。彼女の血液に黒印病の原因の負の感情が溜まっていると言っていた」

「ほう。それで?」

「彼女の血を吸った。彼女の体が受け止められる量まで、負の感情を減らすために」

「私から寧音くんに黒印病が移って、私は回復しましたが、寧音くんは」

 私はその時のことを思い出して目を伏せる。

「それから、湊先輩に黒印病のことがいろいろと書かれた手帳をもらいました。手帳は、そちらに預けます」

 私は断ってからバッグに入れていた手帳を取り出し、チーフに手渡す。

「ありがとうございます。それで、その後は」

「その手帳に書かれていた方法で、“野良”の屋敷にいた先代の魂と接触しました」

「なるほど…」

「明晰夢の中で、先代の魂を負の感情から解放してあげて。先代が成仏というか、消える時に、寧音くんに残っていた負の感情も持って行ってくれたんです」

「それで最後、ですか」

「“姫”としての役目は、それで果たしました」

「お話いただきありがとうございました。涛川さんは1度廊下で待っていていただけますか」

「わかり、ました」

 なぜここで、とは思ったが素直に指示に従うことにする。ぺこりと頭を下げ、部屋を出る。丁度ソファがあったので、そこに座って待とうと思った。


 しばらくして、みんながチーフ室から出てきた。

「みんな、おかえり」

「ただいま」

 そう返してくれたゆらくんは薄く微笑んでいるが、他のみんなは眉根を寄せていたり、真顔で少し俯いていたりと不機嫌そうだ。

「……何か言われたの?」

「いや特には」

「そう言うなら、いいんだけど」

 不思議だなあと頭にはてなマークを浮かべる。

「とりあえず、帰りましょう」

「そうしよそうしよ」

 そう言って寮に戻った。その後、政府から連絡は一切来なくなった。

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