3. Anger

 * * *


 たぶん、大和くんが怒っているのを見るのは初めてだった。驚いたけれど、怒っている理由もとても分かるのでなにも言えない。

「……そうだ、みんな呼んでくる」

「あ、うん」

 大和くんは部屋を出る。1人になって少しばかり考える。

 私には、人を許さないでずっといることができないのだと思う。気持ちには一区切りをつけてまた生きていきたいと思うから。きっとそういうことだ、と思ったすぐ後、大和くんを先頭にみんなが入ってきた。

「夏美、大丈夫? 痛いとことかない?」

 巳雲くんが心配そうに声をかけてくれる。私は安心させたくて、微笑んで言う。

「何ともないよ、ありがとう」

「そっか」

「……で、いろいろ聞きたいことはあるんだが、とりあえず夏美と湊は今後個人的に会うことはできない。いいな」

「……はい」

 その返事に頷き、大和くんは体の向きを変え博人くんの方を見る。

「次。どうして博人、寮からここに繋がる道なんて知ってたんだ」

「……これは失敗しましたね」

 ふっ、と自嘲して笑い、博人くんは衝撃的なことを言った。

「全員が知らなかったでしょうが、私は元々“野良”の仲間だったのです」

「は……?」

 反応が全員、異口同音に揃う。一瞬しん、と部屋が沈黙に包まれた。

「……つまり、元々は敵だったってこと?」

「えぇ」

 淡々と告げる博人くん。

「私が高校に入る際、それ以前から湊とは面識があり、になるより“野良の吸血鬼”側に来ないかと誘われていました。特に断る理由もありませんし、私は寮には入らず“野良”の側につくことを選びました」

 部屋の全員がぽかんとしていたと思われる。

「……それからしばらくは、“野良”のツートップの片割れと謳われ、そこそこのポジションで湊を支えていました」

「ツートップの片割れ?」

「えぇ、昔の話ですよ。ですがある時、ある話を聞いて、私は1年……いやそれ以下で“館の吸血鬼”になりました」

 それは、と言う博人くん。

「涛川さんについての話をされた時でした」

「え?」

「昔話をされたのです。以前あなたがしてくれたような、湊の恋の話を。ですが私は納得がいきませんでした。なぜあなたのエゴに彼女の子供を巻き込もうとするのか、と」

 当時のことを思い出したのか、彼の瞳に嫌悪と怒りの炎が揺らめいた気がした。

「そのまま口論になり、私はお役御免になりました。そうして私は1度政府を裏切った者のくせ現在はその恩恵に預かるように生きているんです」

 姑息こそくですよね、と薄く笑って言う博人くん。部屋の中はしんと静まり返っていた。

「あのドアの存在も、“野良の吸血鬼”だった時代に湊に教えてもらいました。向こうにいた時もこちらにいても使うタイミングなどないとは思っていましたがね」

「……なんで、言わなかったんだ」

「もちろん面倒事を避けるためですよ。変に言ってそんなのありえないだとか元敵がだとか、言われるであろうことは予想がつきました」

 今回はまあ、と呟く博人くん。

「私の不手際ですね。幻滅しましたか?」

 その言葉に全員がハッとする。私は首を横に振った。

「そんなことない。それぞれの過去がどうであれ、博人くんのその過去のおかげで私は殺されずに済んだんだもん。話してくれて嬉しい」

 それを聞いて、博人くんは安心したように微笑んだ。

「……ありがとうございます」

 その笑顔は、とても素敵だった。



 それからしばらく経った。3月下旬、高校1年の年度が終わる。まだ桜は蕾のままで、少し寒さも残る日だ。

 私は2年に上がれるかとても心配していたが、出席日数もギリギリ大丈夫、テストの点も悪くは無かったため留年は免れることができた。

「夏美、1年間お疲れ様だね」

「うん! よかったぁ、2年生になれるよ」

「また1年一緒だね」

 修了式が終わった後、名残惜しそうにざわめく教室の中巳雲くんが話しかけてくれた。来年度は成績別でのクラス替えがあるため、巳雲だけでなくゆらくんとも一緒のクラスになれたらいいな、と思う。

「1年長かったな〜」

「いろいろあったからね」

「そうだね」

 初日から面倒そうな先輩に絡まれ、普通とは違う寮に入ることになり、しかも同寮の皆は吸血鬼で。

 なんでもなく過ぎると思っていた高校生活はあっという間に変わってしまった。でもこうして全てを終わらせることができて本当によかったと思う。お母さんのことも、寧音くんのことも、助けることができてよかった。

「夏美?」

「あ、ごめんね。いろいろあったなーって考えてぼーっとしてた」

「いろいろ詰まった1年だったもんね。でも来年度も一緒なんだし、たくさん思い出作ろうよ」

「うん」

「さ、センパイたちとゆらに会いに行こ」

 生徒の姿も少なくなった教室から出る。あの寮にもたくさんお世話になって、またたくさんお世話になるんだろうな。


「センパーイ!」

「お、巳雲〜」

「1年お疲れ様だね」

「うん、みんなお疲れ様」

「あと今更だけど、博人センパイは卒業おめでとう!」

「卒業生がこんなところにいては本当はいけませんけれどね」

 私たちは進級してまだ高校にいるけれど、博人くんは3月初めに卒業した。でも行く場所もないから、と私たちの卒業までは寮に居候するそうだ。

「このメンバーでまた1年一緒だね」

「そうだね」

「また1年間よろしくね!」

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