Op.13 Congratulations..?

1. From now on

 そしてそれから2年が経った。今日は私たちの卒業式である。

 寮のみんなと一緒に過ごした2年は、あっという間だったがとても楽しく、充実した時間になった。

 私は将来の進路として、スクールカウンセラーになることを選んだ。“姫”としての役目は、私にとって大きなものだった。私は人の負の感情がどんなに痛いものなのかを知ることができた。だから、心に悩みを抱えて苦しんでいる子を支えてあげたいと、そう思ったから。

 2年の夏頃から必死で勉強して、大学の心理学部に入ることを目指した。巳雲くんもゆらくんも、みんなが応援してくれた。そうして私は念願叶って、第一志望の大学に現役合格することができたのだ。本当によかったと思う。

「夏美、卒業おめでとう」

「ゆらくんも、おめでとう」

「3年間頑張ったね〜!」

「うん、2人が…もちろん先輩3人もだけど、みんながいてくれたから大学受験頑張れたよ」

「頑張れて偉い偉い」

 巳雲くんがわしゃわしゃと頭を撫でてくれる。

「ちょっ、この後写真撮影あるんだから」

「あ、ごめん」

「大丈夫だよ」

 私は手櫛で髪をすっと整える。

「そういえば、2人はこれからどうするの?」

「うーん、悩んでるんだよねぇ」

「僕らは特例で、進路に対する面談とかはないからね」

「そうだったんだ」

 自分のことに必死で、全く気づいていなかった。

「しばらくは様子見かな、したいこと見つける旅みたいな?」

「そっか、やりたいこと見つかったら応援させてね」

「ありがとう、夏美のことももちろんずっと応援してるから」

 そこまで話して、写真撮影の指示が入る。3年間ありがとう、その気持ちを込めてカメラに笑顔を向ける。

 卒業後も頑張るからね。



 その後寮に戻ろうと、そちら方面へと足を運んだ。少ないけれど荷物をまとめて、寮から出なくてはならない。こうして寮にももう来ることができないと思うと、途端に寂しくなってしまう。

 寮の前には、寧音くんが立っていた。

「あ、夏美」

「……寧音くん」

「そんな悲しそうな顔して……寂しいんだな」

「ずっとここでみんなと過ごしてきたからね。思い出たくさんで離れ難いよ」

「オレも出ていかないとか」

 寧音くんの横顔は、寂しそうに思えた。

「……そうだ、卒業おめでと」

「ありがとう、まだ言われてなかったか」

 おかしくてふふ、と笑い合う。

「その制服着てる夏美も、今後はもう見られないんだな」

「そうだね、制服かわいいからもったいないなあ」

 制服は学生の特権だと思う。使うかは分からないが、家にはきっとずっと残しておくだろう。

「……そうだ、寧音くん」

「ん?」

「その、えっと」

 今の今までずっと言えていなかったことを、早く伝えなきゃと思ってはいるものの、思いがから回って言葉が出てこない。少し考えて頭の中を整理する。

「……2年前の、寧音くんの告白」

 その言葉を聞いて、彼は目を見張る。

「すごく遅くなっちゃって、ごめんね。やっと気持ちがまとまったから」

 足元を見てもじもじとしてしまう。何回も脳内シュミレーションをした。ただ口を動かして、6文字を言うだけだ。

「その、わ、私も……」

 言いかけた時、寧音くんがぎゅっと私の肩を抱きしめた。面食らって頓狂とんきょうな声をあげそうになる。

「ね、寧音くん?」

「っ……その、すまん」

 なんだろうか、まるで答えを聞きたくないような反応だった。

「……ごめんな、夏美」

 寧音くんが小さく呟いた──掠れて、今にも消えそうな声で。

「ごめんって、なにが」

「だめだ……今日のオレ変だな」

「どうしたの?」

「………」

 寧音くんは私を硬く抱きしめたまま黙りこくってしまう。不思議で、不安で仕方ないまま、声もかけられずにそのままでいる。そのままどのくらい経ったかは分からないが、寧音くんはおもむろに私を解放して、そしてそのまま私に背中を向けた。

「ちょっ、寧音くん」

「本当に、ごめんな」

「なんで謝るの? 寧音くんがなにしたっていうの」

 少し責めるような口調になってしまう。寧音くんはいたたまれない様子でまた黙りこくってしまう。そのままゆっくりと、寧音くんは歩みを進める。

 ──嫌だ。

 行かせてはならないと強く思った。そしてきっと、彼はもうこちらを振り向くことはしないのだろうとも。

「待って」

「行っちゃだめ」

「ねぇ、待ってよ」

「寧音くん!」

 何度言葉を重ねても、彼は歩みを止めず、こちらを見ることもない。視界が涙で滲む。喉の奥でなにかがつっかえて、言葉が出てこなくなる。息があがり、吐く息は熱くなる。

 行っちゃだめだ、心の中では思い切り叫んでいるのに。私の心の声が彼に届いているのかと問われれば、その答えはもちろん『否』であろう。寧音くんは、寮の分厚い扉の向こうに姿を消した。

「あ……」

 小さく漏れた声と同時に、涙が一筋頬を流れた。



 ───あれ、私なんで泣いているんだろう。こんな道のど真ん中で、ぽつんと突っ立って泣いているなんて。

 この大きな建物はなんだろう、いつもいた寮とは違う気がする。

 ……私、どうしたんだろうか。

「……あー」

 喉も少し枯れているようだ。強くなにかを願って、叫んでいたような気がするが、どうしてそんなことをしていたのかが一向に掴めない。私は首を傾げて、大きな建物に背を向けた。


「あっ、夏美!」

「えっ遥陽先輩?! なんで……」

「卒業おめでとうって言いに来たよ」

「ありがとうございます……!」

 先輩は黒いスーツで、制服姿よりも大人っぽくかっこいい印象だ。

「……そういえば、先輩」

「ん?」

「さっき不思議なことがあって」

 私は先程体験したことを先輩に話した。

「……そんなことがあったんだね」

「はい、何も覚えてなくて」

「高校を離れるのが悲しくて泣きすぎたんじゃない?」

 薄く笑ってそういう先輩。本当に不思議なことがあったものだ。

「……そういうことにしておきます」

「うん、分からないことは悩んでても意味無いからね〜」

 頭は記憶の違和感を訴えるように、どこかを痛ませていた。

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