2. Why did you do

 * * *


 ボクたちより先に戻っていた夏美は寮の前で待っていた寧音センパイと話しているようなので、ゆらと一緒に先に寮の中へ戻る。博人センパイと大和センパイが待ってくれていた。

「おかえりなさい、改めて卒業おめでとうございます」

「博人センパイありがとう〜」

「もうここには戻れないんですね」

「これから先輩方はどうされるおつもりなんですか?」

 そう言われてセンパイ2人は少し考える素振りを見せる。

「私は、少し外国に行ってみようかとも思っています」

「旅行? 留学?」

「しばらく外国で生きようかな、と」

「すごいなぁ」

「大和先輩は?」

「……まだ決まってないな。ゆっくりやりたいことを探す」

「ボクたちと同じだね」

 まだ長い余生、どう生きるかで全てが変わると思う。荷物も片付けなきゃね、など他愛もない話をしていると、唐突に大和センパイが黙った。

「……センパイ?」

「なん、だこれ」

 小さく呟く声が聞こえた。ゆらと目を見合わせて首を傾げる。

「……今、なんか変なものが見えたんだ」

「変なもの?」

 こくりと頷いて、センパイは見たものを噛み砕きながらなのかゆっくりと口を開く。

「……写真みたいなものが映って、それが段々変わっていったんだ。その写真、同時に2枚見えたんだが、1枚は夏美と俺たち、もう1枚は遥陽と“野良”の連中が写ってた」

「は……?」

 どうしてそんなものが、突然。段々変わっていったって、どう変わったんだろうか。

「……その写真から、段々と俺たちが消えて、遥陽の写真からは“野良”のやつらが消えた。代わりにそれぞれを友達が囲んでた」

 センパイの能力は、『世のことわりを曲げるようなことを察知できる』力。つまり、それが表すのは。

「……誰かが、2人の記憶を?」

 その時、玄関の扉が開いた音がした。寧音センパイだろうか。リビングに入ってきた彼の顔は、いつもの彼には不相応な暗い表情をたたえていた。

「寧音センパイ?」

 声をかけても、返事はない。

「……センパイ、夏美は?」

 なにがあったか、きちんと聞かなければならないと思った。ボクはふらふらとどこかへ行くセンパイの背中を追いかけた。


「センパイ、ねぇセンパイってば!」

「……なんだよ」

「やっと返事してくれた。なにがあったって言うの」

 下手したら質問攻めにしてしまいそうになる自分を落ち着かせる。

「……夏美は?」

「すまん」

「なんで謝るの」

「……夏美の記憶からオレたちを消して欲しいって、湊に頼んだ」

 その言葉に驚くと同時に、疑問ばかりが頭を埋め尽くす。

「どうしてそうなるの」

「オレは……」

「ねぇ、ちゃんと説明してよ」

 少し強い口調になってしまったが、それを聞いてセンパイは腹を据えたように口を開く。

「……博人に、湊は能力を持っていたのか、持っていたならそれはどんな能力だったのか聞いたんだ。そうしたら『彼は記憶を操る能力を持っていた』って言われた」

「それはいつ聞いたの」

「博人が元“野良”だって聞いた次の日くらい」

 確信を持って、本当に夏美の記憶を消すための方法となりうるかを聞いた訳ではなさそうだ。

「オレは、夏美に幸せになって欲しいんだ。アイツは多分、あの口ぶりからしてオレの告白をOKしようとしてた」

「は……、告白してたの?」

 意外な言葉にそういう反応しか返せなくなる。

「あぁ、言ってなかったもんな……。でもオレは吸血鬼で、アイツは人間。一緒にいて、オレのせいでアイツも嫌な思いをするかもしれない。だったらこうするしかないと思って」

「なんで?」

 ボクのストレートな疑問符にセンパイは言葉を詰まらせる。

「今まで夏美がボクたちと一緒にいて、そのことが嫌だとか、ボクたちといるとろくな事ないみたいなこと、一言でも言ったことあった?」

「……それは」

「少なくともボクの記憶にはないけど、センパイは心のどこかでそういう風に思われてるって思ってたの?」

 だとしたら、とボクは吐き捨てる。

「そんなの夏美の考えることじゃない。センパイは夏美のどこを見てたの?」

 自然と声に力が入り、大きくなってしまう。

「夏美は、お人好しでおっちょこちょいで、周りにいる人みんなのことが大好きで、どこまでも優しくて強い子だよ。その子が周りと一緒にいるのが嫌だなんて、言うと思うの?」

 怒りと共に、いろいろな言葉が溢れてくる。

「センパイはこうなって後悔してないの?」

「……」

「ボクは後悔してるよ。思いをちゃんと伝えればよかったって。ボクは夏美が好きだって言えばよかった、って」

 俯いて、手をぎゅっと握りしめる。

「……センパイが怖いだけなんじゃないの?」

「……なにが」

「もし夏美と一緒になって、そうして夏美に先に死なれてしまうのが。大切な人を失うのが」

 今までも仲間が自分よりずっと先に老いて、そうしてそのまま死んでいく様を目の当たりにすることは多かった。大切な友人、慕っていた人が死んでしまったのを見ることが1番辛い。

「そんなの夏美には関係ないじゃん、そりゃあの子のことだから先に死んじゃってごめんねとか言うんだろうけど……夏美の幸せには関係ないじゃん」

 彼女が寧音センパイと一緒になることを願っていたのなら、尚のことだ。

「なんで逃げるような真似するの。夏美のため? いや違う、そんなの寧音センパイの自分勝手だよ。幸せになれないかもしれないじゃなくて、自分が幸せにするって思わないでどうするの」

「……」

「───……ボクは夏美のこと諦めないよ。追いかけて、彼女を振り向かせて、ボクが夏美を幸せにする」

 その言葉に寧音センパイはハッとしたように顔を上げる。目線がかち合った。

「センパイが全てを無かったことにしてくれたおかげで、可能性がゼロだったのが少しくらいはプラスになったんだから」

 挑発的に言うと、センパイは黙ったままきびすを返した。

 センパイが後悔していないとは思えなかったから。変な理由で、自分の幸せをないがしろにはしてほしくなかった。

 ボクも、彼女と幸せになるため。今後やることが見つかってよかった。

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