Op.12 I won't forgive
1. Kill me,please.
屋敷のノッカーを2回鳴らす。カン、カン──音は静かに響き、やがていつかと同じようにゆっくりと開く。
「……お待ちしておりました」
「健さん」
「こちらへ」
「……はい」
やっぱりまだ怖い。躊躇いつつも、健さんの後ろをついていく。けれどここまで来てしまったのだから、もう覚悟を決めなくちゃいけない。深く息を吸い、吐く。健さんは湊先輩の部屋のドアをノックし、声をかける。
「湊様、姫様をお連れしました」
「入って」
健さんがドアを開けたままにしてくれる。
「ごめん、2人きりがいいんだ」
「承りました」
そう言って頭を下げ、健さんはドアの向こうに消える。私は先輩に向き直り、口を開く。
「えっと、こんにちは」
「あぁ、こんにちは。来てくれてありがとう」
「いえ……」
「怖がって来ないかと思っていたんだけどね」
やはりお見通しなのか、先輩には。来るのを躊躇ったし、ここまでの道のりの途中で後ろに進路を変えようかと何度思ったことか。あはは、と苦笑する。
「正直、すごく迷いました」
「だろうね」
君はそういう優しい子だからね、と続けた湊先輩。
「そうだな、最後の対談とでもいこうか。なんでも聞きたいことがあれば言ってくれ」
「……そう、だなぁ」
さっき思ったあんな小さいことでもいいのだろうか。その思いが先輩には通じたのか、少し笑って先輩は言う。
「小さいこと大きいこと、曖昧なこと正確なこと。なんでもいいよ」
「……じゃあ、その。この屋敷には裏路地から来られるじゃないですか」
「あぁ、そうだね」
「なにも知らない人が迷い込んだりとかはないんですか?」
「あぁ、この屋敷の存在を知る者だけが屋敷まで飛ばされる。まぁ、そもそもあんなところ人なんてほとんど通らないからね」
なるほど、新発見である。
「じゃあ、次……私がこの学校に入ってきて、どうして普通の寮じゃなくて、吸血鬼たちがいる寮に入れることをOKしたんですか?」
ずっと気になっていた。そもそもあの寮に入れた理由。
「……どうしてだったかな、彼らと絡むのは余り好まなかったから面倒だっただけかも」
「えぇ」
「冗談だよ」
笑った先輩は、そのままにこう言う。
「君が普通の寮にいて一般生徒に混ざるより、彼ら少人数の中にいさせた方が監視しやすかった、とでも言えばいいかな」
その言葉に驚きで息が詰まる。言葉が出ないままぱちぱちと目を瞬かせた私を見て、先輩は苦笑する。
「驚いたかい、申し訳ない」
「い、いえ……」
それはそうだ、相手のゴールは私を使命のまま死なせること。何をしているか知れた方が有利であることくらい当たり前である。
「あの時君が入寮式にいないと聞いて、物事が都合よく進みすぎていて少し怖かったよ」
「……」
声が出なくなってしまう。話は終わりとでも言うようにまた口を開く先輩。
「あとはなにか」
「……私に殺されたい理由を」
「言ってなかったかな、これは失敬。ただ君への殺意を無かったことにするには君に殺されるのが1番簡単かなと思った」
「……なるほど」
私にはよく分からない理由だったが、それで先輩が納得したのならまぁそれでいい。
「殺されたい人の訳なんて、聞いても分からないのが常だよ」
「そう、なんですね」
「分かる方がおかしいようなものだ」
じゃあ、いいか。なぜか分からないがなるほどと腑に落ちたところで、先輩が立ち上がる。
「もうないかな」
「まぁ、はい」
「そうしたら、これを」
と言って取り出したのは、銃だった。鈍く光るその姿に、息を呑む。
「ここには銀の銃弾が
「……銀のもので急所を傷つけられること」
「そう。そういうことだ」
先輩は微笑んだまま何一つ表情を変えずにそれを渡してくる。私は震える手で受け取り、息を整える。銃はずっしりと重く、よく見ると傷や汚れがついている。──昔から使われていたのだろうか。
「……これは?」
「自分が
「え……?」
「俺の記憶が正しければ、確かそっちにもそういうのがいるだろう。言わば『同族殺し』が」
「先輩もだったなんて」
「幻滅したかい? その時代を生き抜くには、仕方のないことだったんだよ」
重くなった空気が、自分の体にのしかかってきているような気分だ。体が重く、動かない。やっとのことで片腕を持ち上げ、トリガーに指をかける。
「もう少し、銃口が撃ちたいところにつくくらい近くの方がいいんじゃないかい? 素人手に急所を撃ち抜くなんて難しいだろう」
「は、はい……」
言われた通り、私は伸ばした腕の先の銃口が先輩の心臓があるであろう場所につくように前に出る。指が震えて叶わない。腕、手に力が入らない。
「先輩……やっぱり私にはできない、です」
弱々しく言うと、彼はふっと笑った。銃の先が掴まれた感覚と、先輩の言葉。
「そうだと思ったよ」
「そうだと思ったって、なんですか」
「そのまま。言葉の通りだよ」
そう言って彼は、私の手から銃をがっと取ると、その反対の手で私の肩をぐっと押す。私はよろけて、部屋の壁に背中を付ける。
「せんぱ……っ」
「おっと、あんまり口を動かさない方がいいと思うよ」
話そうとした私の口は、なにかによって閉じることを妨害される。そのなにかは歯にあたり、硬く無機質な音を立てる。
「それがなにか、なんて分かってるだろう? さっきまで君が持っていたものだよ」
「っ……」
視線を下に落とすと、黒く鈍く光る──先程まで私が指をかけていた、拳銃が見えた。口の中に銃口が向けられているようだ。私はなにも言えないため目線で驚きを示そうとする。
「ふふ、びっくりしてるね」
何がしたいのか、怪訝な目線で聞いてみる。先輩には全てお見通しなのか、また不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「何が目的か、ね。元からこれが狙いだったんだよ。端から自分1人で死ぬつもりなんてなかった」
つまりは、私が今日ここに来ることも、彼のことを殺せないことも、全てが先輩の思惑通りで、そしてこの状況を作り上げるための準備だった、と。
「君を殺して、自分も死ぬ。そういうつもりだった。だから君が使命のまま死んでいても、死なずにこうしてここにいても、君がこの歳でこの世から去ることは決まっていたんだ」
ふふ、とまた笑う先輩。瞳の奥は冷たく、なにも見えない。きっともう、トリガーには指がかかっている。だから先輩の気分次第で、私は
「知ってる? 銃弾ってこめかみから撃ち込まれるよりも口から撃ち込まれる方が致死率が高いんだってさ」
それを聞いて、先輩が本気で私を殺そうとしているのがありありと分かった。カチカチと音が鳴る。
「怖いの? 震えて歯が銃に当たってるのかな」
その音だったのか。克明に突きつけられた“死”に、これまで感じたものとは全く違った恐怖を感じた。桁違いの恐怖、と言えば良いだろうか。
「大丈夫、死ぬ時は一瞬だよ」
大丈夫な訳がない、その死ぬ一瞬が怖くてたまらないのに。私は頭を横に小さく振る。
「ここまできて命乞いかい? 感心しないな」
違う、とも言いきれない。死ぬのは怖いし、死にたくはない。
「……もういいかな」
笑みが彼の顔から消える。それに鼓動がどくんと跳ね、息があがる。ああ、もうだめか。
「じゃあね、不遇なお姫様。死んでも死にきれないだろうがそんなどうでもいい未来のことは俺が知るところじゃないからねぇ」
先輩は最後に心からの笑みを浮かべた。
「ばいばい、君が生まれてからずっと、俺は君が嫌いだったよ」
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