Op.11 Welcome back.
1. Tears
* * *
私は必死で手を伸ばして、儚く小さな魂を抱き締めた。離すまいと、ぎゅっと抱き締める。驚いたようで、小さな魂はずっと黙ってこちらばかりを見ている。少し腕の力を緩めて、顔を見る。
「……つかまえた」
そう言って笑いかける。
「独りで寂しかったの?」
『──うん』
「そっか。でもね、他人を拒まないで」
私も他人は怖い。初めて会う人と1対1で話せと言われたら、不安で不安で仕方ない。それでも他人と関わらなければ生きることができないのだから。
「いろんな人がいて、いろんな人と会うことで自分もいろいろになれるんだよ」
『いろいろに、なる?』
「うん。愛をたくさんもらえれば、優しい人になれるし、厳しさをたくさんもらえば、強い人になれる」
私はお父さんからたくさん愛をもらって、寮や“野良”のみんなから生きる厳しさや辛さを教えてもらった。だからこんなに強くなれた。
「それと、不安で押しつぶされそうな時は、自分に優しくしてあげて。怖いことをもっと怖く考える必要はない。今あることをひとつ乗り越えた自分を褒めてあげる方が素敵でしょう」
『……うん』
「だから、大丈夫。辛い気持ちを許してあげて」
『なんだか、こころがあったかい』
そう言って彼女は笑った。その表情はとても可愛くて、守りたくなるような笑顔だった。その頬に触れたくて、私は手を動かす。途端、彼女は
「あれ?」
あの小さな気配は、どこにもない。本当に、消えてしまった。
驚いて動けないでいると、すぐそこで誰かが地に降り立つ足音がした。かつん、と音が響く。そちらを見上げると、白いレースのドレスに身を包んだ、柔らかな茶髪の女の人がいた。彼女の目がゆっくりと開く。そしてこちらを、見る。
「──夏美?」
それを聞いて、はっとした。どこかで見たことがあると思った。家に飾ってあった写真で、お父さんの隣にいた女の人。つまりは、私の──。
「……おか、さん?」
声は掠れてうまく出せなかったが、それを聞いて女の人は安心したのか表情を綻ばせる。
「あぁ、やっぱり私の夏美なのね……大きくなった」
「おかあ、さん……」
息が詰まる。視界がじわっとにじみ、私はお母さんから目を逸らす。お母さんは私の肩をぎゅっと抱きしめてくれた。そのぬくもりが、とても温かい。
「夏美……本当にごめんなさい。ずっとあなたを傷つけていた」
そのお母さんの言葉に、私はそんなことないと首を横に振る。なにか言いたい、言いたいのに言葉が出てこない。しゃくりあげながら口をぱくぱくとしかできないのである。それを見てお母さんは優しく言う。
「何も言わなくていいわ、辛い思いをさせたぶん思い切り泣いて」
私はそれを聞いて、わんわんと声をあげて泣いてしまう。会えた嬉しさと、さっきまでの緊張からの解放で情緒はぐちゃぐちゃだった。私が泣いている間、お母さんはずっと背中を優しくさすってくれていた。
しばらく泣いて、少し泣き疲れてしまった。ゆっくり呼吸して落ち着かせる。それから口を開いた。
「お母さん、ずっとここにいたの?」
「ええ、ずっとあなたのことは忘れていたけれど、こうしてまた会えた」
「独りで、寂しかった?」
「いいえ……独りじゃなかったわ。月ヶ瀬さんがいてくれた」
その言葉に目を見張る。先輩のこと、分かっていたのだろうか、それとも今分かったのか。不思議ではあったが、先輩の話が出て私はお母さんに伝えたかったことを思い出した。
「あのね……、湊先輩がね」
「ええ、なに?」
「ずっと、お母さんのこと好きだった、って」
「あらまあ」
お母さんはふふ、と笑う。笑顔がかわいいと思った。
「私も月ヶ瀬さんと仲良くできて嬉しかったし、きっと夏斗さんと出会っていなかったら私も月ヶ瀬さんを選んでいたと思うわ、って、伝えてくれる?」
私はその言葉にこくりと頷く。お母さんは私の頭にぽんと手を置いて、撫でてくれる。先輩が『周りに好かれるかわいらしい人だ』と言っていたが、その通りだと思った。
「……あぁ、もうそろそろ行かないといけないかもしれない」
突然のその言葉に、一気に現実に引き戻された気がした。
「え……?」
「ごめんね、夏美。私は魂だけの存在……あなたが夢を見ている間はあなたの前にいられると思ったけど、想像していたよりだいぶ弱っていたみたいね」
また涙が出てきそうになって、私はぶんぶんと首を振る。お母さんは私の頬を両手で包み、顔を近づけておでことおでこをくっつけた。
「大丈夫、今までも頑張って生きてこれたでしょう」
「でも」
「ずっと見ているから。不安な時も幸せな時も私に教えてちょうだい? お母さん、今日こういうことがあってね、って」
「でも、でも……」
「本当にごめんね……」
嫌だ、まだ一緒にいたい。これが夢だとしても、もっとお話がしたい。高校の話、ここまでどんな風に過ごしてきたかの話、大切な仲間の話。
だから、今離したら、もう──そう思ってしまう。
駄々をこねてしまう私を見て、お母さんはいいことを思いついたようにそうだ、と言う。
「これからも時々、夏美の夢にお邪魔しちゃおうかな」
「わたしの、ゆめ?」
そんなことができるのか。
「うん、昔はね。相手を思って、そしてその相手もこちらを思っていてくれれば、その相手が夢に出てくるって思われていたんだって。だから夏美が『会いたい』って思ってくれたら、私も夢に出てこれるかもしれないでしょう」
いい案に、笑みがこぼれる。
「それでいい?」
「会えるなら、それだけで」
「私もあなたに会いたいとずっと思っているわね」
「うん」
「じゃあ、また」
お母さんは立ち上がる。彼女が微笑んだのが見えた直後、涙でにじんだ視界からお母さんの姿は消えてしまった。
どのくらい呆然としていたのだろうか。へたりこんだまま、短い
お母さんに会えた。話ができた。それだけで幸せな時間だった。
そろそろ目を覚まさないといけない。私はよろよろと立ち上がる。その時視界の中に、透明ななにかが映りこんだ。
「……あ」
私はそれを拾い上げ、見た目の既視感に声をあげる。透明でまろやかに光を反射するそれは、正八面体。私が日頃から首に提げていた、寧音くんが残した黒い結晶と少しも変わりない形だ。
「透明……きれい」
淡い虹色の光が眩しくて、私は少しの間目をつむる。次に目を開いた時には、それは指の間から消えていた。一瞬で消えてしまうものばかりで、不思議に思ってしまう。
──あの現実にある結晶も、こんな風に消えてしまったのだろうか。だとしたら、もう。
嫌な考えが頭をよぎり、眉尻を下げる。その時、後ろになにかが降り立つ気配と音がした。驚いて振り向こうとしたが、その前に後ろからぎゅっと抱きしめられる。ふわりと感じたライムの香り。嗅いだことのある香りだった。
「やっと、また会えた」
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