3. The end of suffering

 そして、時は過ぎ夜になり、私たちはまた“野良”の屋敷にいた。

「疲れは取れた?」

「うん、おかげさまで」

 きっと失敗してしまったのは、初めての胸を貫くに慣れなかったから。きっとそうだと、思いたい。でなければまた失敗してしまう。

 あの痛みに耐え抜いた先に、私が願う未来があるんだ。もう少し。

「よし……っ」

 呟いて、頬をぱちんと叩く。必要なのは、苦しみを耐え抜く精神、だ。


「もう体調は大丈夫なのかい」

「はい。きっと今回は大丈夫です」

「きっともうすぐ、先代の魂にも限界が来ると思う、ってさっきあのヤブ医者魔法使いが連絡くれたよ」

「ヤブ医者魔法使い…?」

 瑠夏さんの言葉に私がぽかんとすると、ゆらくんが説明してくれる。

「駆さん、っていう僕たちに協力してくれているお医者さん兼魔法使いの人だよ」

「あ……、私が黒印病で眠った後、症状を見てくれたって言ってた?」

「そうそう」

 早くしなければ、お母さんの魂が消えてしまう──苦しんだままで。

「……頑張る」

「気負いすぎるなよ」

「うん、大丈夫」

 私は大丈夫だ。今回でしっかりと蹴りをつける。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 私は途中で厨房に寄り、水を一杯汲んでから部屋に向かった。

「はい、これ睡眠薬」

「ありがとう」

 夜で若干眠気はあるものの、今回も睡眠薬に頼ることになる。

「じゃあ、おやすみなさい」

「頑張って」

「辛そうだったら、手握るね」

「うん、ありがとう……心強い」

 ドアの向こうにみんなの姿が消えたあと、私は薬を口に含み水で飲み込む。ベッドに入り、まぶたが落ちるままに、夢の中へと落ちていった。



 また、あの真っ白い空間の中である。本当にどこまでも白で、私が立っているところでさえすぐ崩れ落ちて、私も白に染まってしまいそうな、変な感覚に襲われる。

 しばらくぐるぐると周りを見回していると、突如あの儚い姿が現れた。

『……また、あなた?』

「うん」

 少し、姿が大人びた気がする。なにかあったのだろうか。

『………』

「ねぇ、名前は?」

『え?』

「あなたの名前は、なんていうの?」

 もしかしたら、そういった記憶によって、いままでのことを思い出してくれるかもしれないと、そう思った。

『わたし、の……なまえ』

「そう。分かる?」

『……わからない』

 やはり、記憶はないようだ。けれど今朝よりも、意思疎通は図れる。

「あなたを、助けに来たんだ」

『それは、さっきもきいた』

「だから、近づかせて」

『だめ』

 その言葉に、また胸が痛みを訴える。

『わたしをなにからたすけてくれるの?』

「あなたの体にいる、苦しみ」

『わたしべつに、くるしくないわ』

「気づいてなくても、心は苦しんだりしてるんだよ」

 そう、私もそうだった。

 最近はいろいろなことが立て続けに起きすぎて忘れていたが、あの痛みに似たものを、最初の痛みで思い出した。

 お母さんがいないことを教えられたとき。寧音くんが私のために、命を賭してくれていたと知ったとき。同寮のみんなと仲良くしていたことでいじめられていたとき。

 そんなときの、心の痛みだ。胸がぎゅっとなって、涙がにじんで、どうしようもなく痛くなる。ずっと忘れていたけれど、まだ心に居座って痛みを発し続けていた。

「今気づいてなくても、心はずっと痛いままなんだ」

『こころが、いたい?』

「そう。胸が締め付けられて、痛くて、涙が出てくる。そんな気持ちを、あなたはたくさん抱えてる」

 訳が分からない、と言いたげな顔だが、少し毒気は抜かれたような気がする。そう信じて、1歩踏み出す。

『こないでって……!』

 また胸が痛んだ。けれどもう、それはほとんど感じない。私はもう、何度も心を傷つけていた──悲しみ、苦しみ、いろんな感情で。いままでの痛みから考えたら、もう大丈夫だと思った。

『どうしてとまらないの……!』

「あなたを助けたいからだよ」

『いたいんでしょう?』

「このくらい、今までのたくさんの痛みからしたら全然平気だもの」

『そんなことない……だったらどうしてないているの』

 泣いてる? その言葉に頬に触れると、確かに私の頬は濡れている。あぁ、いろいろと思い出してしまったからかもしれないな、と思う。

「辛いときは涙が出るのは仕方ないと思う」

『つらいんでしょう?』

「でもあなたの方が辛いはずだよ」

『ないてまでわたしをきにしないで』

「ううん、気にする」

 私は一気に距離を詰めようと、駆け寄ろうとする。

『こないでってば……!!』

 痛みを、胸だけではなく別の場所にも感じた。

『どうしてそこまでするの? わたし、あなたをきずつけたくないのに……』

 その言葉の悲しみにも、黒印病の元は同調し、私に降りかかる。腕、足にも痛みが襲いかかる。でももう、そんなもの無いに等しかった。

 後ろから寮のみんなが、ぐっと背中を押してくれた気がした。それだけで、強くなれる。

『いやだ……!』

 その言葉には、どれだけの感情があったのだろうか。たくさんの槍のような黒いものが、お母さんの魂の周りを包む。その数にひるむ。だが、もう少しだ。

 私は必死で腕を伸ばして、儚く小さな魂を強く抱き締めた。


 * * *


 夜になって、気配が部屋に入ってきた。

 また、今朝のようなことをするのだろうか。また彼女を無条件に傷つけてしまう。それは嫌だった。

 私は、今朝と同じようにベッドで眠った彼女に近づく。姿は、ちゃんと見える。よく見ると、私と顔が似ている気がした。本当に、彼女が私の娘なのだろうか。

 私は今度こそ彼女が私を助けてくれるだろうと信じて、またその手にそっと触れる。

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