2. Recollection
* * *
私たちは、寮へと戻ってきていた。私の
「大和くん、ごめんね……」
「いいんだよこのくらい」
そう薄く笑ったような声で言って、大和くんは私が落ちないようにしっかりおぶってくれる。大きな背中の上で揺られていると、ふと出会った初めの頃を思い出した。
「……そういえば、最初に会ったときは『なんで人間なんて』ってすごく私のこと嫌ってたよね、大和くん」
「こりゃまた急な話だな」
「そうだったねぇ、どんな心境の変化?」
大和くんは少し考えてから、話し始めた。
「俺は、元々人間が嫌いだった。なんでかは覚えてないけど、たぶん吸血鬼だからって虐げられてた記憶がどこかに残ってるんだろうな……人間が怖くて、大嫌いだった」
ぽつぽつと話される言葉。いつも強く感じていた大和くんの、弱いところが垣間見える。
「だから、人間の血液がないと生きられない自分も、等しく嫌いだった。何度死のうと思ったかなんて覚えてないくらい。実行に移したときももちろんあったが、結局死ぬことはできなかった」
「大和くん──」
「過ぎたことだよ、大丈夫。もう死のうなんて思わないから」
その優しい声に、ほっとする。
「でも、夏美は冷たく当たった俺にも優しかった。他の皆と同じように、優しさをくれた。だから、『人間みんな怖いヤツらばかりじゃないのかもしれない』って思った、だから」
こちらをちらと見て、大和くんは笑った。
「俺はあんたのおかげで、人間嫌いを直せた。あんたを好きになれた」
「それなら、よかったよ。私も最初は怖い人だなって思ってたけど……“野良”の屋敷に助けに来てくれた時は、大和くんが来てくれてほんとに安心した」
「お互い様だな」
寮に戻ると、安心で力が抜けてしまった。膝から崩れ落ちる。
「大丈夫?」
「うん……思ってたより疲れてたし、緊張してたみたい」
「立てる?」
「……肩借りてもいいかな」
「いいよいいよ、もちろん」
巳雲くんに肩を貸してもらい、よたよたと立ち上がる。前にもこんなことがあったな、と思い出す。
「いつもありがとう」
「ううん、このくらいしかできないからさ」
「巳雲くん、同い年なのにお兄さんみたい」
「現に夏美より5倍長く生きてるお兄さん、というかおじいちゃんだよ〜?」
「あはは、そうだった」
巳雲くんはダイニングまで連れてきてくれる。椅子に座らせると、ちょっと待ってて、と巳雲くんはキッチンに消える。なんだろうかとそわそわ待っていると、しばらくしてカップを2つ持った巳雲くんが出てきた。
「急にごめんね、はいこれカフェオレ」
「えっ、いいの?」
「疲れを取るには甘いものが1番でしょ?」
そう言って巳雲くんは私の前にカップを置き、私の隣に座る。
「ありがたく、いただきます」
一口飲むと、優しくあたたかい甘さが口に広がった。ほぅ、と息をつく。
「美味しい」
「ほんと? お口にあったようでなにより」
にこにこしてそう言ってくれる。
「……ねぇ、少し聞いてもいい?」
「うん、なぁに?」
「巳雲くんってここに来る前は、なにしてたのかな、って」
さっきの大和くんの話を聞いていた時、そういえば巳雲くんの昔の話は聞いたことがなかったなと思った。ちょうどいいかなと思った。
「ボク? 特になにもなかったけどねぇ」
「それなら、それに越したことはないんだけど」
「……ボクはね、なんていったか忘れたけれど、実はどこかの国の貴族の出なんだ」
貴族の出、って。こんなところにいていいのか。
「これも事実かは分からないよ? どこかの国のとある貴族の家のお姫様がいました。彼女は独りで外出している途中にさらわれそうになったのを、1人の青年に助けられました」
どこかおとぎ話を話すような様子だった。
「お姫様はその青年に惚れてしまいましたが、彼の瞳は紅く、常人には見えません。それでもいいと彼を婿に取り、そして生まれた子供がボクだった、とか」
「……そのお姫様は、人間?」
「うん」
「ってことは……巳雲くんは人間と吸血鬼のハーフってこと?」
「そうなるね」
衝撃の事実だ。
「だから実は、ボクは弱いけれど心臓も動いているし若干だけど血液も流れてる。人よりゆっくりではあるけれど、吸血鬼よりは歳をとるのも早い」
「……でも、目は紅いし、犬歯も長い吸血鬼の要素も持ってる、と」
「そういうこと。いままでなんで言ってなかったのかって聞かれれば、いろいろ説明が面倒になるからなんだよね」
「……なんで、日本に?」
「たまたまだよ、たまたま母上と父上が日本に旅行に来た時に捨てられた、それだけ」
捨てられた。それを『ただそれだけ』と言い切れるのに、どれだけの悲しみと悔しさがもみ消されているのだろうか。
「……なんか、ごめんね」
「なんでさ? 夏美には話してもいいかなって思ったんだ、謝る必要なんてないよ」
「だって」
実の親に捨てられたという過去は、いつまで経っても深く心に傷を残す。それを思い出して、教えてくれた。辛いことを思い出させてしまったから。
「もう全部過ぎたことだし、日本で捨てられたおかげで夏美にもみんなにも会えたんだから」
ね? と巳雲くんは優しく笑い、私の頭にぽんと手を置く。
「大丈夫。みんながいてくれるなら、ボクは強いままでいられるから」
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