2. Relief
* * *
アルビノに苦しめられ、その救済が、湊先輩の存在だった。それが理由。
「……髪が白くて、でも目が茶色なのはカラコンだったんですね」
「そうそう。ずっと着けていたから、無いと落ち着かなくて」
話してくれて嬉しかった。でも、こんな話を聞いても大丈夫だったのだろうか。そう聞くと、先輩は薄く笑った。
「私から昔話をしようかって言ったんだし、いいんだよ。それに、夏美だから」
「……」
「あ、そういえば」
一瞬で声色が変わる。何事、と思って彼女の顔を見る。
「瑠夏に聞いた。湊様が、全てが終わったら死ぬことを」
息が詰まった。
「あ……」
「その反応からして、事実なんだね」
どうしてこうも私は、思っていることが顔に出やすいのだろう。
「ねぇ、どうしてそうなったの」
「……」
話してしまっても、いいのだろうか。ちら、と扉の方に目を向けるけれど、その方向に先輩がいるはずもなく。
「……私の口からは、なんとも」
「じゃあ、湊様を呼んでくれるかな」
「……はい」
私は言われた通り、先輩の部屋まで行った。
「……先輩」
「もう話は……───どうしたんだい、浮かない顔だね」
「その……、もし先輩が大丈夫なら」
「あぁ、遥陽が詳しい話を聞きたがってるのかな?」
「……はい」
「大丈夫だ、自分で話すよ」
……それならば、それだけだ。先輩の後を追い、遥陽先輩の部屋まで戻る。
「遥陽、入るよ」
「はい」
少し、恐怖がにじんだ声が聞こえた。自分から事実を知ろうとしたとはいえ、慕っていた人が急に死ぬなんて言ったら、もちろん失うのが怖いのはとても分かる。
「遥陽、話を聞く心構えはできているのかい」
「……はい」
「それなら話すよ」
そして湊先輩は、私たちに話してくれたおおかたのことを話した。
自分が私を殺したがっていた理由。もう“野良”、“館”の区別をやめにして、争いを終わらせること。そして私が死んでいても、そうでなくても、このいざこざが終わったら自分は死のうとしていたこと。
全てを聞き終えた遥陽先輩は、浮かない顔をしていた。
「……本当に、死んでしまうのですか」
「こうして2年間ついてきてくれた君には感謝しているよ、遥陽」
「そんないいです、感謝なんて」
「いままでついてきてくれて……」
「言わないで」
このまま言わせてしまったら、彼の死を自分の中で認めざるを得なくなると思ったのだろうか、必死の声が響く。
「言うよ。ついてきてくれてありがとう」
ひゅっと息を呑む音が聞こえ、遥陽先輩は
「あと少し、よろしくね」
部屋に、沈黙が降り積もる。遥陽先輩はいたたまれなくなったのか、悲しくなったのか布団を頭まで被って黙ってしまった。
私はそのあと、寮に戻った。
「……遥陽先輩、大丈夫かな」
部屋でぽつりと、小さくこぼす。心配だが、先輩は強い人だから、きっと大丈夫。
「さて、と」
あの手帳の続きを読まないと。私はページを開き、この間読めなかった部分を読み始める。
「『姫を受け継がれる苦しみから解放する方法』……か」
これが本当にその方法であり、そして私がこれに成功すれば。
「──よし」
ふぅ、と息をついて、私は様々な言葉が書き殴られたそのページに向き合う。小さく書かれた文字、上からバツや線で消された文字、大きく丸で囲まれた文字。全て言葉は支離滅裂だったが、その次のページにはすっきりとまとめられていた。
『ある代の姫が
そういった前置きが書いてあった。本当なら運命に押しつぶされ、私も見なかったであろうこの言葉。湊先輩は、本当は姫を救いたかったんだと思う。
『今代の姫が先代の姫の魂に接触し、魂が抱えている苦しみを癒し、消すこと』
『これまでこの事実に気づいた代は少なく、気づいたとしても試そうとしたが失敗したことも多く確実性は見えづらい』
『接触する方法…姫が
『成功すれば、
『夢の中で姫の魂に接触、その苦しみを癒し成仏させられれば成功』
『姫は不安と悲しみで押しつぶされそうな状況のため気が立っている可能性が高い。刺激すると危害を加えることもあるかもしれない』
「危害を加えてくる……」
私はただの人間。だが相手は魂だけの存在だ。どうやって対応すればいいのだろうか。
次のページには、ただこれだけが書いてあった。
『必要なのは、苦しみを耐え抜く精神』
「……精神」
強い気持ちを持って、魂に向き合う。ただ、そうするだけ。
「──うん、私にはみんながいるから」
きっと気持ちで負けることは、ない。思わず笑みがこぼれてしまう。私がこんなにも強くなれたのは、みんなのおかげだと、改めて思うと少しこそばゆいが本当に感謝しかないと思う。
手帳の1冊を読み終わり、同時に渡されたもう1冊を手に取った。それは、日記のようだった。日本に来てからのことが綴られている。日によって長さは異なるけれど、様々なことが書かれている。
大学に入ったこと。春美──私の母に会ったこと。夏斗──お父さんと会ったこと。2人が付き合っていると知って少しショックだと書いてある。
しばらくは平和な日々が続いたのか、特に記してあることは無かった。
日付が飛んだ先。
『自分は、春美さんが好きだ。でもこの気持ちで彼女を困らせるのは目に見える。だからここにだけ記す。そして気持ちに封をする』
そうか、本当は伝えたかったんだ。でも自分の気持ちで、お母さんを困らせたくはなかった。だから抑えた。
その抑えた気持ちが、いろいろな念──例えば私がお母さんを死なせてしまって悲しく悔しい気持ちとか──とごちゃ混ぜになって、私を強く恨む結果になったのだろうか。
「………」
この気持ちを、伝えてあげたい。先代はお母さんだというから。
会えて、その苦しみから解放できたときに、この湊先輩の気持ちを。そうしてほしくて、この日記も一緒に預けたのかもしれないと思った。
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