Op.9 Falsehood

1. Reunion

「……あぁ、遥陽」

「さっき皆さんが来たとき、遥陽先輩の姿だけ見えなかったんです」

「たぶん、まだ寝込んでる」

「……黒印病で、ですか」

 先輩は首肯する。

「会いたい?」

「……」

 自分から話を持ち出したのに、会いたいのか聞かれると口ごもってしまう。私は彼女に会いたいのだろうか。でも話をしたのに『別に』と言うのもどこか違う気がする。

「……起きているなら、お話もしたいです」

「うん、分かったよ。それならおいで」


 丸い窓のドアの部屋にたどり着いた。

「ここに、遥陽先輩が?」

「あぁ、いるはずだよ」

 少し、緊張する。彼女に会うのはいつぶりだろう……寮に戻って以来か。覚悟を決めて、部屋のドアをノックする。

「───はい」

 小さく、いらえる声が聞こえた。起きている。やめそうになる体にぐっと力を込め、扉を開く。

「失礼、します」

「……なつみ?」

 先輩は、ベッドに横たわっていた。白い肌をして、まるで今にも消えそうな儚さをまとっている。

「……先輩」

「久しぶり、だね」

「はい。先輩、その……」

「私は大丈夫だよ。あなたが助けてくれたんでしょう?」

 そんな、助けるなんて。──でもそう言ったら、先輩が悲しむと思った。

「……ごめんね、嘘ついて」

 はっとした。そう、私はずっとここにいるのは、遥陽先輩とは違うただのメイドなのだと考えていたんだ。遥陽先輩が嘘をついたから。それを信じざるを得なかった。

「あぁするしかなかったんだ」

「分かります、大丈夫です」

「どうしてここにいるのか……不思議?」

「……はい」

「そしたら、昔の話をしようかな」

 そう切り出して、上半身を起こそうとする。しかし上手く腕に力が入らないのか、起き上がれないようだ。手伝おうと思ったが、その前に湊先輩が動いていた。

「湊様……、申し訳ございません」

「いいんだよ。俺は自分の部屋に戻るから、ゆっくり2人で話したらいい」

「ありがとうございます」

 湊先輩は部屋から出、私は遥陽先輩に手招きされて枕元まで近づいた。

 ここからは、遥陽先輩の語りである。


 * * *


 夏美は、アルビノって知ってる? ──そうそう、生まれつき髪とか肌、あと目にメラミンっていう色素が作れなかったり、少ししか作れなかったりする病気。私の白い髪は、アルビノのせいなの。

 生まれてすぐから、周りの人みんなに──親にさえ気味悪がられていた。だから、捨てられた。育児放棄というか、なんというか。

 生まれてから3ヶ月くらい……寝ている間にタオルにくるまれて、私は施設の前に置かれたダンボールの中にいたらしい。


 親も用意周到だよね。その施設は、孤児や訳あって親が子育てできないという子供が集まるところだった。

 そこでも、私は気味悪がられた。髪が白くて、肌も白くて、目は赤い。そんな人と好んで一緒にいるような子は、本当に珍しい。寂しかったし、いじめられて辛かった。けど……もう仕方ないのかなって半分諦めてたんだよね。


 小学校に上がるタイミングで、初めて髪を自然な焦げ茶色に染めた。周りと違う、そう思われるのはもうこりごりだったから。目の赤色を隠すために、茶色のカラコンをした。髪と目の色が変わった自分は、まるで他人のようにしか思えなかった。今までの自分とは、おさらばできると思ったんだ。

 ……でも、結局は変わらなかった。今までの『孤児』というレッテル。周りと馴染めない自分。挙句の果てには、小学校でもいじめられた。そんな自分が、嫌いだった。

 髪は定期的に染め、カラコンはいつも欠かさずつけていた。それなのに結局は変われない。毎日辛かった。


 それから、よく学校を休むようになった。途中で抜け出して、外で過ごすこともあったんだよね。気にしてくれる子も最初はいたけれど、私を助けることで『仲間』だと思われ、いじめが拡大するのを子供ながらに察したのか誰も手出しすることはなくなった。

 先生も同じだった。結局は先生も、私を『問題児』としてクラスの『悪役』と位置づけて、何もしてくれなかった。

 ──どうして先生は助けてくれないのかって? そうだね、私も気になったよ。だから聞いた。

『クラスのみんなが安心して生活を送れているのだから、いいじゃない』

 みんなって、どこまでのみんななんだろう。私は含まれていない、みんな。本当に不思議だった。


 中学も同じような感じだった。何もない私は、なにかを見出そうとして勉強をひたすらした。結果、私は人呼んで“天才”と謳われた。授業には来ないのに、頭が良くてテストはいつも1番。たいていの教科で90点以上を叩き出す。これがあって、先生も私の不登校を認めざるを得なかったようだった。最終的にテストの学年1位は3年間通して私だった。

 あらぬ噂は多かった。校長になにかしているんじゃないか。実は教師とグルで、答えを事前に教えてもらっているのではないか。

 そう言われるのは、辛かった。 

 けれど、勉強を頑張っていたことが自分が学校にいなくてもいい理由にはなった。それだけでよかった。


 湊様と最初に会ったのは、高校受験前の模試の日。模試を受けるために、今通っている高校へ行った。

 その日、なにを間違えたのか、焦っていたのか分からないけれど、カラコンをするのを忘れてしまっていた。アルビノのせいで生まれつき弱視だったから、眼鏡でなんとか誤魔化せてはいたと思う。

 受験する教室に入ると、なぜかいつもと雰囲気が違かった。皆、ざわざわとしているのだ。監督の高校生は既に教室に入っていた。──その高校生は、目が赤かった。


 それだけが理由だったんだよ、この高校に入った理由。私と同じ人がいるのかもしれない。その期待だけが、頼りだった。

 特待生として入学した後、彼が生徒会長になっていることを知った。もう隠すのも面倒で、中3の夏あたりから髪を染めるのをやめていた。カラコンだけは、ないと違和感があって今でもずっとしているんだけど……。

 白い髪のまま、生徒会室に行った。湊様、驚いてた。でも私の方がもっと驚いた──私のことを覚えていてくれたの。あの模試の日の君だよね、って。周りの子がざわざわとしている中、君だけが僕を直視していた、と。


 先輩もアルビノなのか、と聞いた。けれど湊様は『僕は吸血鬼なんだよ』と言った。まさかの返答すぎて、唖然とした。

『でも、君の辛い気持ちはよく分かるんだ。吸血鬼だということ、ずっとずっとそれを隠していた』

 それを聞いて、自分には身寄りがないのだと言った。そうしたら湊様は、自分のところに来るかと言ってくれた。それから、湊様にだけ忠誠を捧げている。

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