3. Farewell
次の日、私は1人で野良の屋敷へ向かった。
もうあそこには、私に危害を加える人はいない。そう考えるだけで、少し心が落ち着いた。
屋敷のノッカーを2回鳴らす。
「……またあなたですか」
「何度もすみません……先輩は」
「昨日と同じ部屋に。もう『通すな』とのお達しは出ておりませんので、ご案内いたします」
「ありがとうございます」
健さんはドアをめいっぱい開き、私を中へ通してくれた。
「よくおひとりでここまで」
「先輩は、私を許してくれたから」
理由はただ、それだけだ。
「そうですか。それならば僕がとやかく言う理由はありませんね」
そう話しているうちに、突き当たりの部屋に着いた。
「湊様、姫が来られました」
「入っていいよ」
ガチャ、とドアを開いた健さんに先輩が呼びかけた。
「健、他のみんなを呼んでくれないか」
「承知いたしました」
腰から体を折り、 健さんは下がっていった。
「夏美、来てくれてありがとう」
「いえ。……大丈夫、ですか」
少し元気がないように見える。
「──情けないけれど、怖いんだ、少し。ずっと前から決めていたのにね」
「誰だって怖いと思いますよ」
でも1番怖いのは、大切な人がいつの間にか死んでしまっていたこと。私にとって、お母さんがそうだったように。
「大丈夫です。力になれるかは分かりませんけど、私がついていますから」
「ありがとう、やっぱり君は強いね」
少し怯えた表情のまま、先輩は笑った。その時小さく2回、ノックが聞こえた。
「ご歓談中申し訳ありません。皆を呼んできました」
「ありがとう。入って」
先輩は立ち上がって、大きなデスクの前に移動した。私はそれを見て、邪魔しては悪いとデスクの横へ動く。
「それで、いかがなさいましたか」
「……みんなに、言わなきゃいけないことがあるんだ」
しばらくの沈黙のあと、覚悟を決めたのか先輩は前にいる仲間を見据えて、口を開いた。
「俺は、館のやつらと夏美に、協力することに決めた。みんなも賛同してくれるかな」
「……全て話されたのですか」
「あぁ。ずっと書いていたあの手帳を渡した」
幸さんは目を少し見開いて、そこまで、と小さく呟く。
「……俺はいいと思います。湊様がそこまでしたのなら、それが1番の理由だ」
「瑠夏も賛成するよー、だって湊様の判断だからね」
「言うことはない。無論湊様についていく」
健さんも深くゆっくりと頷く。それを見て先輩はほっとしたようだった。
「それと、もう1つ。俺はこの騒動が終わったら、もう死のうと思っている」
さすがにこの申し出には、全員が仰天したようだった。しん、と沈黙で空気が張り詰める。
「……お前か、そうか」
カイさんが小さく呟き、きっとこちらを睨みつける。───次の瞬間、私の足は宙に浮いており、さらに首に圧迫感が感じられた。首を、締められている。
「……っ、くる…っ」
「どうせお前が! 湊様になにか吹き込んだのだろう!」
「カイ、よせ」
歪んだ笑顔で、カイさんはまくし立てる。
「あぁそうだよなぁ、自分をずっと殺そうと企んでいた相手だ。憎くて仕方ないんだろう?」
「ち、が……」
「何が違う! お前なんかに湊様の生死を決める権利など……!」
「カイ」
冷えた声が響く。はっとしたのか、首にかかっていた力が緩まった。解放され、膝から崩れ落ちる。気管に一気に空気が入ってきて、咳が零れた。
「……はやとちりをするな。落ち着け」
「も、申し訳ございません」
「これは、俺自身の決断だ。まぁ第一、この騒動が彼女の死で終わっていても、俺は死のうと思っていた」
「どうして、そんな……」
その言葉に薄く、悲しそうに微笑む先輩。
「疲れちゃったんだ」
野良の皆さんは、先輩の表情、声色に事実を見たのかもしれない。全員が押し黙って、微動だにしなかった。
「……身勝手で、ごめんね」
小さな
「湊様が、それを望んでるなら、瑠夏はそれを否定なんてできないよ……」
「本当に、すまない」
「謝らないでよ……悲しくなる、から」
瑠夏さんの声は上ずって、掠れていた。
「このあとはもう、館のやつらと張り合うのはやめよう。やつらにも暖かい心はあった。現に今夏美がこうして生きているのが、その証明なんだと思う」
「───主の仰せのままに」
健さんは跪き、
「ありがとう……」
自分の罪は、自分の死でしか償えない。そこまでの結論に至ったのには、先輩しか知らない辛さや苦悩、覚悟があったのかもしれなかった。けれど私は、彼が望んだことを、本当に実行に移せるのだろうか。
「見ていてくれて、ありがとう」
「いえ……私はなにもしてないですから」
「本当に夏美は、強い良い子だね」
彼はそう言いながら私に近づく。
「カイが言った通りなんだよ。俺も君が自分のことを許してくれた理由がまだ分からない」
……なぜ、なのだろうか。よく考えてみても私にも分からない。
「……なんででしょうか、あの告白があって、あぁ、そうだったんだなって思ったんです」
「……そっか」
困ったように笑い、私の頭にぽんと手を乗せた先輩。
「ほんとに君は、お人好しだなぁ」
「先輩にも言われちゃいました」
「にも、ってことは館のやつらにも言われたのかな」
「はい」
2人で苦笑する。先輩はぎこちなく、私の肩を抱き締めた。
「本当に、ありがとう」
「いえ……」
……そういえば。
「あの、先輩」
「ん?」
「遥陽先輩は……」
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