2. Truth_2

 彼女を引き取った貴族は混乱に陥りました。


 天子を殺してしまった。


 そう、彼女はその時名前は捨てられ、天から力を授かった“天子”と呼ばれていたのです。


 彼らはきっともう、この家は長くないと思いました。


 神から力を授かった天子を、殺してしまったから。


 そうしたことで、神の怒りに触れ、神が家を許さないだろうと。


 家の者たちは焦りました。


 けれどその死を市民の前には隠蔽できても、神には既にバレてしまっているでしょう。


 仕方なくそのまま天子が死んでしまったことを市民に打ち明けると、天子の生まれた村では悲しみと恨みの声があちこちで上がりました。


 その後村で、天子は祀られました。


 苦しみを独りで抱え込まぬよう、我らと分け合ってくれるよう。


 安らかに眠ってくれるように。



 それから200年ほどが経ちました。


 天子は未だに村で代々祀られ、その魂は慰め続けられていました。


 その頃、奇妙な病が都市部で流行り始めました。


 それは、突然頬に黒い印───爪痕のようなものが浮かび上がり、そうなった者は苦しみに悶え、そうして死んでしまうというものでした。


 それは、天子の最期と同じようでした。


 天子を引き取った家の者は、震えました。


 やはり天子は怒っている。


 死なせた我らを恨み、都市部の人間を殺そうとしているのだと。


 その心に神がもっともだと頷き、手を貸したのだと。


 家の者も、その病に倒れるようになりました。


 どんどんと、人が死んでゆきました。



 その頃、都市部の片隅には吸血鬼が集まる建物がありました。


 吸血鬼たちは身を寄せ合い、ひっそりと暮らしておりました。


 流行りの病の存在は吸血鬼たち全員が知っていましたが、誰一人としてその症状が出た者はいません。


 何か手を打たなくてはと思うものの、その術すべはなにも思いつきません。


 皆がリビングで頭を抱えていた時、来客がありました。


 客は、小さな女の子でした。


 彼女は言いました。


 夢に遠い昔の人が出てきて、自分に言った。


『あなたに、今流行っている必死の病を治す方法を授けましょう』


 そのために、生まれた村の東の外れにある大きな館に向かいなさい。


 そう言われたので、ここまでやってきたと。


 どうやってこんな幼い子がここまで無事にやって来れたのかも不思議でしたが、彼らはとりあえず館の中へ彼女を招きました。



 病を治す方法はただ1つだと、彼女は言いました。


 ただ、自分が願えばいいと。


 それだけで、病は消える。


 けれど、自分は死んでしまうのだとも。



 彼女は、かの天子が生まれた村の出だと言いました。


 そしてその、夢に出てきた人は、伝えられている天子の姿にとてもよく似ていたと。


 吸血鬼たちは思いました。


 彼女に病を治す方法を教えたのは、天子の、世界に対するほんの少しの善意、慰みなのかもしれないと。



 館にやって来た幼い子は、世界の安寧を願い事切れました。


 吸血鬼たちは彼女を“姫”と呼び、その役目を全うした姿を称え、敬いました。


 これこそが吸血鬼と“姫”の関わりの始まり、そしてこの世が苦しみで溢れかえることを防ぐための輪廻りんねの始まりでした。


 * * *


「『最初の姫──天子はきっと、不安を取り除く力を持っていたのだろう。そうして取り除いた不安がはち切れて、それに潰されて死んでしまった』……そう、書いてある」

 次には、姫が代替わりする時のことが書いてある。

『姫は亡くなった後亡霊となってさまよっていたようだが、いつしか自分がいる所に姫の魂がるようになった。俺は姫が周りを脅かさないように行く先々でちゃんと拠点を置き、そこに姫を置いた。しばらくは苦しみに耐え現世に残っているが、100年ほど経つとついにその苦しみに耐えられなくなるのか魂は消える。そして取り除かれた苦しみが現世に解き放たれ、それが黒印病となる』

『姫は消える前、黒印病を消す力を少女に授けてどうにかして協力できる吸血鬼の元へ導く』

『姫が消えてから数年経つと、黒印病が流行り出す。次の姫が病を治し……つまり先代が背負っていた苦しみをその身に受け、先代は消え、今代の魂がまた俺のいるところに憑る』

 この連鎖が、私の代で終わりそうなのか。そう考えると大きなことをしようとしているものである。

『姫を受け継がれる苦しみから救う方法』

 次のページを開いたとき、その字に目を疑った。ここは自分で読んでおこうと思い、私は1度手帳を閉じる。

「こんなところ、みたいだよ」

「そうですか。長々と読んでくださってありがとうございました」

「ううん」

「残酷な話だったな」

 その大和くんの言葉に、皆が頷く。ただ純粋だった女の子が、政治に利用され、挙句の果てにはそこで死んでしまった。それが全ての始まりならば、恨むべきは『上に立つ人間』なのかもしれない。

「でも、姫のおかげで世の苦しみが軽くなっていたってことは、姫がいなくなったら」

「苦しみが多い世界になるかもしれないね」

 苦しみが多い世界。それは嫌だけれど、理不尽に死ぬ命が今後も生まれることと比べれば。

「昔……最初の姫の頃からしたら、世界の人口は増えてる。背負っていた苦しみも、分けてしまえば軽くなるよ」

 そう、ゆらくんが言った。

 確かにその通りだ。苦しみは、痛みは、1人に抱え込ませるものではなく、みんなで分け合うべきものなんだ。

「そうだね……、頑張るよ」

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