Op.8 Unravel

1. Truth_1

 湊先輩に託された手帳には、細かく様々な姫についてのことが書かれているようだ。私はみんなの前で手帳を開き、最初のページから読み上げていった。

 ここからは、その内容である。


 * * *


 昔むかし、その昔。


 ヨーロッパのどこかの小さな村に、心優しい健気な女の子がおりました。


 その子は人の話を聞くのが上手で、いつも誰かの不安や相談を聞いてあげていました。


 その不安は様々。


『明日は家族でピクニックなのだけれど、少し天気が心配で……』


『好きな人に告白したいんだけど、勇気が出ない……』


『他の人がすごく成績が良くて……自分に自信が持てないんだ……』


 ほんの一部ですが、このようなことを毎日村の人々から聞き、それに良い返事をかけてやっておりました。


 彼女の噂はすぐに広まりました。


 ──あの小さな小さなはずれの村に、なんでも不安を取り除ける不思議な子供がいるらしいぞ。


 ──彼女が言ったことはいつも正しくなって、不安など感じなくなるのだそうだよ。


 ──予言者なのではないか?


 ──1度話を聞いてもらうだけで、その後の人生は失敗無しになるそうよ。


 ───……まさか、魔女なのでは?


 ──いやいや、魔女はこんなに心優しくないだろう。神から力を分け与えられた特別な子だ。


 噂は独り歩きをし、ヨーロッパ中に広がり、彼女は相談事に追われる日々になりました。


 彼女は話を聞くだけなのにお金は取れない、と初めはチップを断りましたが、何度言っても持ってくる人はいたためありがたくいただくようになりました。


 みるみるうちにお金は貯まり、女の子がいる村は少しずつ発展していきました。


『私の話を聞く能力が、村のためになるのだったら私はそれで幸せです』


 そう、女の子は言ったということ。


 そうしてしばらく経った頃、様々な国の王族や貴族の家から手紙が送られてくるようになりました。


 女の子の家族は大変に驚きました。


 その手紙の中身は等しくこのようなもの。


『不安を取り除く力を、我々──家に』


 そう、彼女の予言者としての能力を買って、貴族たちは家の繁栄のため、彼女を養子に取ろうとしていたのです。


 ですが彼女は予言者などではなく、ただ話を聞いて、相手の不安を取り除くだけの存在。


 貴族の前でただの相談会などできる訳もありません。


 村の皆に聞けば、『彼女を養子に取ればその家は永遠に安泰だ』とまで言われているそう。


 噂が独り歩きしすぎて、手に負えない事態となってしまったようです。


『名だたる名門の貴族様のお家だわ…』

『なぁ、どうする?』


 両親は養子にやるのに好感的でしたが、当の本人はとても不安なようでした。


 自問自答を繰り返して、そうして少しずつ不安を減らしていきました。


 そうして、結局彼女は貴族の家へ引き取られていきました。


 そこでは毎日、引き取り手の貴族が女の子に不安を打ち明けに来ました。


 次の会議がうまく行くか不安だ。


 娘の結婚の準備が穏便に進められるかどうかとても不安だ。


 ここでも、悩みは様々でした。


 でも女の子はまだ幼く、政治のことなど分かるはずもありません。


 曖昧に微笑み、『大丈夫です、うまく行きますよ』と言うだけの日々。


 なんて辛く、退屈になってしまったのだろうかと女の子は嘆きました。


『村に戻りたい』


 そう強く願うも、叶わず。


 彼女は毎日の相談にだんだんと嫌気が差し、与えられた部屋に一日中こもってしまうことが多くなりました。


 ろくに食事も摂らず、貴族の前に姿も見せず。


 ただ独り、孤独なままでいました。


 けれど自分の中に不安は、どこにも見当たりません。


 よく分からない自分の心に困惑し、周りの大人のことも信じられないまま、最期は自分自身の顔に爪を立て、そうして事切れてしまいました。

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