3. Atonement

 長い、自分語りが終わった。

 ずっとずっと、先輩はお母さんが好きで。その無念を晴らしたいと、私を姫として合法的に殺そうとしていた。殺されそうだったことは許し難いが、きっと先輩は本当に、心の底からお母さんのことを思っていたのだと思う。

「ねぇ、夏美───」

「はい」

「こっちに、来てくれないかな……」

 先輩は、不安げだ。ここまでしてきたことをすべて話して、私が許さなかったらどうしようかと、考えているのだろうか。私が先輩に近づくと、先輩は私をぎゅっと抱き締めた。

「夏美、本当にすまない……何度謝っても俺の殺意は本物だったんだ。それでも、こんな俺でも許してくれるのかい……?」

「お母さんはきっと、やり方はたがえど……先輩の気持ちは嬉しかったと思いますよ」

「……そうか」

 ホッとしたのか、先輩の目尻に涙が溜まる。ぽろりと零れる前に、私は手を伸ばしてそれをすくってあげた。

「……もうひとつ、いいかな」

「はい」

「俺が持っている情報は、すべてひとつの手帳に書いてある。こうなるかもしれないと思っていたんだ。それをすべて読み終わして、そして世界が姫の出現の前まで戻ったとき……俺を殺して、その手帳と共に眠らせてほしい」

「え……?」

 自分の耳を疑った。先輩を、殺す?

「どうして、ですか」

「もうやることは全部終わった。君が世界を元通りに戻すのを見届けたら死のうと、ずっと考えていたんだ。大番狂わせがあったらの話だったけれど」

 私が使命を果たして死んでいたとしてもきっと、先輩はそこで全てを終わらせようと思っていたのだろう。

「……それで、先輩はいいんですか」

「うん。“野良”のみんなには寂しい思いをさせるかもしれないけど……もう決めたからね」

「──……分かりました。けど、これだけは」

「なに?」

「死ぬことは、自分で他の“野良”の方に言ってください」

「……そうだよね、事後報告ほど辛いものはないからね」

 最後にお話する機会を、と思った。先輩は少し悲しそうな笑顔で、頷いた。

「そこには、君もいてくれる?」

「はい。もちろんです」



 先輩から手帳をもらい、先輩は少し踏ん切りをつけてからと明日までの猶予ゆうよを以て私たちは屋敷を出た。

「大丈夫だったか?」

「うん、なにも無かった。ただお話を聞かせてもらっただけ」

「どんなお話?」

「……私のお母さんの話」

 それを聞いて相当意外だったのか、巳雲くんがぱちぱちと目をしばたたかせる。

「なんで湊が夏美のお母さんの話?」

「知り合いだったんだって。しかもお母さんが先代の姫だったって」

 沈黙が降りる。驚きで皆声が出ないようだ。確かに私も驚いた──お母さんが姫だったとはさすがに知らなくて。

「そうだったんだな」

「……うん」

 私のせいでお母さんは死んでしまって、でも、言い方は悪いけれどそのおかげで、今私はここにいて、みんなと一緒にいる。お母さんのおかげだ。

「お母さんに、ありがとうって言いたかった」

「深く空に想えば、きっとその想いは届きますよ、涛川さん」

「……そうだよね」

 寮に帰ったら、たくさん話さなくちゃいけないこと、知らなくちゃいけないことがある。ゆっくり事実を噛み砕いていこう。


 寮に戻ってきた私たち。一息ついて、まず話さなくちゃいけないことを口に出す。

「まず、預かった手帳を読む前に……話しておきたいことがあるの」

「なんだ?」

「……先輩のこと」

「湊ですか?」

 その声にこくんと頷く。

「先輩は、全てが終わったら死ぬつもりでいるみたいなんだ」

「は……?」

 みんなの反応が異口同音いくどうおんにそろう。そりゃこんな反応にもなる。あははと私は苦笑して話を進める。

「先輩がすごく長生きなのはみんなも知ってるのかな」

「いや……あいつが日本に拠点を起き出した頃だから、40年くらい前からしか知らない」

「先輩はもう400年生きてるんだって」

「……なるほど、Levensduurレヴェンスダーでしたか。元より長生きの種ですね」

 博人くんがそう言う。術かなにか、と言っていたが、生まれつきそういう種だったということなのだろうか。

「確かに大きな組を率いているリーダー格にはレヴェンスダーが多いかもしれないですね」

「あの伝説のレヴェンスダーだったのか……」

 伝説と言われるほど、稀に見る生まれなのだろう。

「それでね、その……私のお母さんと知り合いだったって言ったでしょう?」

「うん、言ってた」

「先輩とお母さんが同じ大学だったんだって。同じ講義を隣で受けたりして、先輩がお母さんを好きになった」

 帰り道のように、沈黙が降りる。

「……でも私を産むと同時に、お母さんは死んでしまった。だから私を恨んでいたんだって。それで、私が姫だと知って、そのまま任務を果たして、合法的に殺せるように仕組んでいた」

 改めて口に出すと、先輩はすごいことをしていたんだなと思った。

「だから私が死んでいないと分かった今日、私に殴りかかろうとした。……全て自分のエゴだった、って先輩は言ってた」

「……それを夏美は、許したの?」

「───うん」

「……夏美ってほんとお人好し」

 みんなそれに苦笑した。不服だったが、まぁ否定はできないので黙っておく。

「まあそういうことで、私への償いみたいな感じなのかな……彼は死ぬことを望んだ。私に殺されることを望んだ」

「言われた通りにするのか?」

「それが先輩の望むことなら」

 さっきの話を聞いて、恨む気持ちなど微塵もなくなった。代わりにあるのは、彼の悲しみを取り除きたいということ。

「……夏美がいいなら、それでいいんじゃないかな」

 ゆらくんが微笑んでそう言った。いつもゆらくんは、私の意思を尊重してくれている気がする。

「ありがとう」

「それじゃあ、その手帳とやらを見ようか」

「うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る