2. Start of the romance
* * *
まず、自分は長い間を生きているんだ。いつからだっただろうか……確か生まれたときは日本はまだ江戸時代だったかな。
──そう、400年くらい。途方もない時間だろう。普通の人間の5倍の時間をとうに過ごしているんだよ。でもたぶん、俺はまだ死なない。
館のやつらに聞いたかな、吸血鬼の寿命について。……自分の5倍は生きてるって言ってた、うん。普通はだいたいの寿命は400年なんだけど、俺は術かなにかをかけられたのかもしれない。まだまだこんな見た目だ……ざっと数えて、あとここまでの3倍は生きるかもしれない。1200年。そんなに生きるなんて考えられないだろう? ……まぁ、ここまで400年生きてきたじいさんだから、出会いも別れも多かったわけだ。
端的に言うと、俺は君のお母さんを知っているんだ。
今から20年くらい前、俺は今と変わらない姿格好をしていたんだ。その時はどこかの大学で、確か歴史について勉強していた気がする。実際に見ていた時代もあったから、記憶とのギャップが面白かったんだよね。
あぁ、なんで大学にいたか、ね。……退屈しのぎかな。400年生きてきて、人生が退屈だったらもう嫌になって自殺してるよ。
今まで何をって? そうだな、いろんな名前を使っていろんな大学やら国やらに行ってたな。元々俺は日系の家で生まれたから、最初につけられたのは『月之介』。髪が金色で、まるで月の光のようだったからなのかなと思ってる。今の名字が『月ヶ瀬』なのは、最初のことを忘れないため、かな。んで、外国に移り住むたび、その国に合った名前に変えて、各地をふらふらとしていた。
君のお母さんとは、大学の講義で一緒になったんだ。彼女……
あぁ、話が逸れたね。
春美さんと最初に話したきっかけは、たまたま講義の時に席が隣合ったこと。春美さんが、その日たまたま消しゴムを忘れてしまっていたんだ。
『ごめんなさい月ヶ瀬さん。少しだけでいいので消しゴムを貸してくれませんか?』
『あ……はい、どうぞ』
こんな簡単な会話だった。そもそも自分の名前を覚えていてくれたことに驚いたし、あぁやってしまったと困ったような笑顔が、可愛かった。きっかけは小さかったが、それからというものの彼女も日本史の講義をよく取っていたらしくほとんど毎回席が隣合うようになった。
『またご一緒していいですか?』
毎度そう聞いてくるんだ。まぁ会うのは講義のときだけだが、こうしていつも会っていたことで、俺はいつの間にか彼女が好きになっていたんだ。
その後、大学を無事卒業した。彼女は教師になり、俺はまた暇を持て余すようになってしまった。
俺は結局、なにも伝えなかった。彼女に付き合っている人がいるのを知っていたから。俺が気持ちを伝えることで、彼女を混乱させたくないと思った。彼女が幸せなら、俺も幸せだから。
それに、彼女は人間だ。俺よりも確実に先に死ぬ。大切な人が亡くなるのを見届けるほど辛いことはないと、俺は知っているから。
それから3年ほどしただろうか。俺はまだなにをするとも決められず、毎日暇で暇で仕方がなかった。それで家でダラダラしていたある日、君のお父さん……夏斗さんから連絡があった。
あぁ、彼も同じ大学だったからね。時折2人が同じ講義を取っていた時は、俺はそれを遠巻きに眺めていた。
それで、その連絡の内容。
『春美が死にました』
彼はずっと泣いていた。電話をくれたのだが、春美さんが出産と共に亡くなったと、彼は言っていた。とても悲しかった。幸せを願っていた彼女が、幸せになる途中で亡くなってしまった。子供を残して死んだ彼女が哀れだと思った。そして、その命を奪った子供を、恨んだ。
そう……君を恨んでいたんだ。ただこの世に生まれてきただけの、顔も知らなかった君を恨んだ。
それからもっと驚いたのは、春美さんが先代の“姫”だったということだ。──そうかやっぱり、君も知らなかったんだね。
この屋敷には死んだ姫の魂が宿るんだ。春美さんの訃報を聞いた夜、先々代……つまりは春美さんのもう1代前の姫が、生前の姿を纏まとって夢にでてきた。
『私の次の代の子が、役目を終える前に死んでしまったみたい』
『それでは、今回の“厄災”はどう……』
『大丈夫、その子の子供に役目を継がせたわ』
『……そうでしたか』
『彼女も
『は……?』
そこで夢は終わった。
そして先々代の気配が消え、新たな気配。姫が住まう部屋を見てみると、思った通り春美さんが、体をボロボロにしてベッドに座っていたんだ。俺のことは分からなかったみたいだが、ひどく衰弱しているようだった。
それから俺はずっと、君が役目を知ることができるようにここへ連れてこさせたり、そういった本を書房に置いておいたり……。
全部自分のエゴだったんだ。自分が、好きだった人を守れなかったことの理由付けを勝手にして、その理由を潰そうとしてこんなに君を傷つけた。この屋敷で最初に君に吸血した時、このまま吸い殺してしまおうかとも思ったんだ。
本当に申し訳ない。ねぇ、夏美───。
* * *
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