Op.7 Ceasefire
1. Stray vampire
手が震える。久しぶりに、この屋敷にやってきた気がする。
薄暗く、狭い路地からワープできるらしいこの場所。ここには、私を軟禁していた人たちが、敵がいる。
「大丈夫? 無理しなくても──」
「ううん、平気」
薄く微笑んで、ぎゅっと手を握る。自分が怖気付いてどうするんだと気合いを入れる。頑張らないと。
「……行こうか」
震える手のまま、屋敷のノッカーに手をかける。───カン、カン。2度ノックをし、呼吸を整える。覚悟を決めよう。
「どちら様で……」
「急にすみません」
出てきてくれた執事──あぁ、健さんだ。彼は目をまん丸にし、すぐに険しい顔をした。
「なんの御用でしょうか」
「“姫”について、話をしに来た」
「───まだ生きておられる」
私が生きていることに、驚きを隠せないように見えた。そんなに珍しいのだろうか。
「……話の相手は」
「もちろん湊だ」
「───少々お待ち下さいませ」
不安なのだろう、
「大丈夫か? まだ引き返せるぞ」
「ううん、平気」
私が生きていると知って、健さんがあんなに驚いていた。それを見て少し、湊先輩の反応が気になってしまった。変な動機かもしれないけれど、怖いものは無くなった気がする。
しばらく経って、健さんが再び扉を開いた。
「入ってもよろしいとのことです。ご案内いたします」
それを聞き、ホッと安心する。頑張ったな、とでも言うように大和くんが私の頭にポンと手を置いた。言われた通り、私たちは健さんについて行く。
「……全く本当に、あなた方はなんなのでしょうね」
「なんのことだ?」
「いえ、それは湊様にお聞きになるのがよろしいかと存じます」
健さんはそれ以上はなにも言わない、とでも言うように前を向いた。もうしばらく経ち、屋敷の突き当たりの部屋の扉にたどり着いた。ここは、来たことがない。
「こちらにおられます」
今更ながら、少し緊張してきた。ゆっくりと息を吸い、吐く。大丈夫だ。
健さんは扉を2度ノックし、声をかける。
「湊様、お客様でございます」
「入っていいよ」
もうここまで来たら、引き返す訳にはいかない。寧音くんが残してくれた命を無駄にする訳にはいかないのだ。
扉の向こうの先輩は、私を見て驚きの表情を浮かべた。
「本当に……」
「湊先輩。あなたが知っていることを、聞きに来ました」
私は先輩に向かってそう言った。けれど当の先輩は、呆然と私を見つめたまま身動きをしない。……そんなに驚くものなのだろうか。
「───……どうして」
小さく口が動いているのが見える。
「……なんで、君は生きているんだ」
引きつった笑顔を見せる先輩。その表情に、背筋が凍る。
「あの子は、あの子は……お前のせいで死んだのに……!」
疑問を口に出す間も与えず、先輩は私を睨みつけ、こちらへ拳を振りかぶった。驚く私を他所に、寮のみんなが私を後ろに下がらせ私の前に立ち塞がる。さすがに主の突然の行動に驚いたのか、健さんも湊先輩の腕を後ろから押さえていた。
「健……離せ!」
「いけません湊様……! 突然
そう言われて自分がしようとしていたことの間違いを悟ったのか、湊先輩は前に進もうとしていた力を緩めた。
「先輩……」
「あなたは黙っていてください」
先輩に声をかけようとするも、博人くんに止められてしまう。
「湊。今のはどういった意図の行動ですか」
「ごめん……こんなに感情的になるなんて思ってなかったんだ」
「質問の答えには相応しくない解答ですね」
博人くんは冷ややかに目を細める。
「……夏美と、2人にさせてくれないか」
それを聞き、みんなの殺気が一段と増す。
「さっきの今で、それが許されると思うのか」
「そりゃ、ズレた申し出だとは思うよ。でも、彼女にだけ聞いていてほしいんだ」
「私にだけ?」
「“姫”についてじゃなくて、今の行動の理由を聞いてほしいんだ」
先程言っていた“あの子”というのも、私に関係あることなのだろうか。
「理由がどうであれ、2人きりにさせるのは」
「みんな、大丈夫だよ」
そう言うと、みんなは驚いてこちらを振り向く。
「夏美」
「ドアの外で、誰かに待っていてもらえばいいでしょう? もしなにかあったら声をあげる」
「……まぁ、それなら」
「心配しないで。私はそんなに弱くない」
それを聞いて、まだ不安そうな表情をしていた巳雲くんは少しホッとしたようだった。
「全員、廊下にいるから」
「うん」
みんなが部屋の外に出たのを確認して、私は先輩に近づく。
「あぁいいよ、その辺りのソファにでもかけて。あんまり近くにいると、またなにかやらかすかもしれないから」
「あ、はい」
言われた通りに、ソファに腰かける。
「さっきは本当にごめん。あんなにまでなるとは自分も思ってなかったんだ」
「いえ……結局は何事もなかったんですし」
「これは“野良”のリーダーではなく、月ヶ瀬湊として、心から謝罪する」
と、先輩は深く礼をする。それに私は面食らって、少し戸惑う。
「か、顔を上げてください……」
「……ありがとう」
そうしたことで落ち着いたのか、先輩は安心した笑みを浮かべて大きな机に寄りかかる。
「さて、あぁなった理由だけれども……この話をするのは久々だな」
そう前置いて、湊先輩は理由を語ってくれた。ここからは、先輩の語りである。
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