4. Coming back

「夏美!」

 遠くから、みんなの声が聞こえる。物理的な遠さもあるだろうが、ずっと屋敷の中に引きこもっていた体がそろそろ限界を迎えつつあるのも関係あるだろう。

 ひたすらに走った。後ろは怖くて見られないから。

 目の前に大きく見えるのは、私の通う高校。ともするとどこかに行ってしまいそうな意識を懸命に引き留める。

「夏美っ、もうすぐだ!」

「早く、こっちに!」

 ふらふらとよろけそうになる足を1歩1歩確実に引き上げ、踏みしめる。あと、100メートルほど。屋敷からここまで、とても長いと思われた距離。腕を目いっぱい大きく広げた寧音くんの胸に、倒れるように飛び込む。

「っはぁ……はぁ」

「お疲れ様、夏美」

「おかえり」

 その言葉に、肩を大きく上下させながら薄く微笑む。小さく頷き、深呼吸を繰り返す。息切れがだいたい落ち着いた頃、私はみんなに質問した。

「はぁ……っ、大和くん、は……?」

 それに巳雲くんは、

「ゆらが加勢に行ったから、もうすぐ帰ってくると思うよ。2人とも武闘派だヤワじゃないから」

「……そっか」

 それを見ていた博人くんは、急に耳元に手を当てるとトランシーバーに向かって話すようにこう言った。

「大和、ゆら、涛川さんが心配しています。なるべく急いで帰ってくださいね。……えぇ、待っています」

 ……なにをしているんだろうか。

「……博人くん」

「はい、なんでしょうか」

「今のって、なに? 電話、みたいな」

「あぁ。まだ話していませんでしたね」

 博人くんはこちらに近づき、私の頭に手をぽんと置く。優しく、髪をなでられる。

「涛川さんも戻ってきたことですし、ゆっくり休憩も兼ねてお話しましょう」

「は……はい」

 なんだかこそばゆかった。



「さて、先程のあれですが」

 皆がダイニングの席に着き、各々が一息つけた頃。大和くんとゆらくんは傷ついた体を押してまで来なくてもいい、という博人くんの言葉で、自分の部屋で休むことに。よって私を含め4人がダイニングに揃った。

「吸血鬼には、まれに特殊な力を持った者が生まれるのです。私や大和のような」

「大和くんも?」

「アイツは、この世のことわりを曲げるような出来事を察知できるんだ」

 世の、理。そう言われてポカンとする私。

「あー……世の理ってのは例えば、人を甦らせるとか、タイムワープだとか、瞬間移動とかそういう“普通ならできないこと”をやってのける吸血鬼もいるんだ。それを使って、その結果どうなったのかが断片的に分かる。それが大和の能力だ」

 ……瞬間移動って、幸さんの力。

「大和センパイ、夏美が連れ去られた時に時空のひずみを感じたって言ってた。それで、アジトの場所っぽいところも見えたんだって」

「それがきっかけで、涛川さんを助け出すことができたんですよ」

 ……大和くんに、いつの間にかたくさんお世話になってたんだなと思った。あとでありがとうって、言わなきゃ。

「私の能力は、言うなればテレパシーです。片耳を親指でふさぎ、伝えたい相手の名前を呼んだ上で、要件を伝える。相手も同じようにすれば、私が耳を塞いでいる間ならば返答もできる」

 すごい能力だと思った。

「ですが、吸血鬼皆に備わった能力でないおかげで、恨まれることも多いのです。それによって殺された者たちも多いかと」

「……それは、吸血鬼が、吸血鬼を?」

 そう口にして、ハッと気づく。少しためらいつつ、寧音くんの方を見やる。───険しい顔を、していた。

「えぇ、それもありますし……吸血鬼狩りによって無差別に殺されることも多い」

 ……吸血鬼狩り。また、この話が出た。

「その、吸血鬼狩りって、いつの時代のお話なの?」

「……寧音」

「なんだよ」

「この話をするには、元狩る側ハンターのあなたが適任でしょう」

「───……話せばいいんだろ」

 この話題は彼にとっていいものではないのだろう。寧音くんは剣呑けんのんな表情だ。

「いつの時代、か。始まったのは中世ヨーロッパ、魔女狩りは分かるか?」

「あ、うん。庶民の人も被害にあったって」

「それと同時期。吸血鬼はその頃にはもういたからな。16世紀から17世紀に、吸血鬼狩りが1番多かった」

「……みんなっていくつなの?」

「……まぁ、ざっとあなたの10倍は生きているのでは?」

 そう言われて私はぽかんとしてしまう。

「博人センパイ、冗談はやめてあげなよ〜。夏美は純粋だから、そういうの全部信じちゃうんだし!」

「……じょ、冗談?」

「さすがに10倍は言い過ぎましたか、実際には5倍ほどかと」

 だとしてもパンチがある。驚いてしまった。

「吸血鬼の体は永遠を約束された訳ではありませんが、普通の人間より長い寿命を持ちます。見た目で判断はできませんからね」

「年齢の話はそこまででいいだろ。続き」

 その寧音くんの言葉でハッと現実に引き戻される。居住まいを正すと、寧音くんは話を続けた。

「最盛期を過ぎてなお、吸血鬼狩りは細々と続けられた。魔女狩りに関しては、魔女も実際にはいたが庶民を殺っていたことからは逃れられなかった。だが、吸血鬼は見つけるのも簡単だからか、それを撲滅しようと吸血鬼が殺されることは少なくなかったんだ」

 確かに、よく確認すれば吸血鬼と人間の違いはあまたと見つけられるだろう。……でも、だからと言って、私の周りの吸血鬼たちが狩りに遭うなんて嫌だ。

「……オレが吸血鬼狩りに参加してたのは、オレの見た目が13歳くらいの時。今から15年くらい前だ」

 そんなに最近まで行われていたのか。

「オレはその頃ヨーロッパにいた。たぶん、おおやけにはされてないが今も裏では狩りが行われてると思う。親を吸血鬼狩りに殺されて……オレだけが助かった」

「え……」

「……お前も、だったのか?」

 横から、そんな声が聞こえた。見るとそこには、ゆらくんと大和くんが互いに支え合いながらいる。

「ゆら、大和センパイ」

「大丈夫だよ巳雲。自分の判断でここまで来たんだ……それより、寧音」

「言ってなかったもんな、そうだ。お前と同じなんだよ、オレも」

「……じゃあどうして、それをする側に回ったんだ」

「ついて来なけりゃ、殺す。そう言われた」

 ───……やむを得なかったのか。殺されると言われたら、やるしかないと私にも分かる。

「……そうだった、のか」

「あれも、やるしかなかったんだ。今更言ってもどうにもならないのは分かっている……でも、すまない」

「……ちゃんと理由があったなら、許さない訳にはいかない」

 薄く笑って、ゆらくんはそう言った。寧音くんの話が一段落した頃、私は敵のアジトの中で決めたことを話そうと覚悟を決めた。

「……寧音くん、お話ありがとう。それと、私の話も聞いてくれる、かな」

「うん、なーに?」

「私……ね」

 どうしよう、と少しためらう。そのためらいを吹き飛ばすように首を振り、顔を上げた。

「向こうで、本を読んだの。姫についての本。私もこうなるんだって、怖かった。その……あの本の病気って、もう広がってるの?」

「───前、ニュースでやってたよ。原因不明の謎の病気って」

「そう、なんだ」

 じゃあ、やっぱり。

「その病気があるのなら、私は姫の役目をまっとうしたいと思うの」

「夏美?」

「そりゃ、自分が死ぬのは怖い……でも、世界中の人がみんなして死んじゃうよりは、怖くないと思った」

 だから、と少し泣きそうになりながら言う。

「みんなに、協力してほしい」

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