3. Cry or Laugh
想像もしていなかった。“姫”という存在が、こんなにもこの世界にとって大切だということを。私がこの“姫”というものということであれば、私もいつか、こうして死ぬことになる。やはり先輩の言葉は嘘だったのだと悔しくなる。恐ろしさと悔しさ、怒りに視界が滲む。
「どうされましたか、姫様……?」
私より幼く見える、小間使いのような少年に心配される始末だ。彼が差し出したハンカチで、涙を拭う。
「……ありがとう、優しいんだね」
彼の頭を、そっと撫でる。
「いえ……何を、読まれていたのですか?」
「姫の伝説についての本だよ」
「どうなる運命なのか、知ってしまったのですね」
「……怖いと思った」
本音が、ポロポロとこぼれ出す。
「そりゃ、病気が流行って、世界中の人が死んでしまう方が余程怖いのは分かる。でも……」
「自分が死ぬのは嫌だし、怖い……と」
その言葉に、小さく頷く。
「僕は、“姫”のような……英雄と呼ばれるような人々が、少し羨ましいです」
──羨ましいとは、どういうことだろうか。
「僕は、他人にとっては、本当にただの、赤の他人です。でも、そう言った人々は皆に存在を認められ、
少年は悔しそうな、諦めたような微笑みで、フッと笑った。
「ただ忘れ去られるのが、怖いんです」
「……ねぇ、あなたの名前は?」
「僕の、ですか? “ゆうき”と言います」
「どんな字を書くの?」
「優しいに、21世紀の紀です」
「……優紀くん、か。ぴったりな名前」
優しい少年の肩を、私はそっと抱きしめる。
「あなたのこと、私はもし死んだとしても、忘れないから」
優紀くんは、それを聞いて驚いたように息を浅く吸った。
「ひ、姫様……?」
「さっき、優しく声をかけてくれたの、嬉しかったんだ」
幼い少年は、私の顔を見る。
「話を聞いてくれて、ありがとう。その優しさが、私は嬉しかった」
「……姫様も、お優しいですね」
「ううん。その優しさで、世界の英雄じゃなくても、誰かの英雄になれると思うよ」
「───……ありがとうございます」
くしゃっと笑った少年の頭を、優しくそっと撫でる。久々に、人に優しさを向けられ、優しさを向けることができたと思う。こういうことをすると、あぁ自分は生きているんだなと実感できる。
「あぁごめんなさい、そろそろ部屋に戻らないと」
「こちらこそ、僕みたいな端くれが……」
「ううん、ありがとう」
じゃあね、と優紀くんに手を振った。
次の日。今日は確か、土曜日。 学校は休みの日だ。
幹部の人に見つからないようになるべく部屋から出ないようにしよう、と心に決めた次の瞬間。乾いた音が、部屋に響き渡る。私は驚いて、音の方向を振り返った。
「……窓が」
割れている。私は外を確認しようと、割れた窓の隣の窓をがらっと開ける。
「……紅葉が、きれい」
いつの間にか、季節は移ろっていたようだ。
「……戻りたいな、寮に……」
寂しくなってしまい、それを紛らわそうと桜に手を伸ばす。すると、伸ばした手に白い鳩が乗る。
「わ、初めて見た」
白い鳩はこちらを向き、足を見せる。そこには手紙がくくりつけられていた。
「伝書鳩か……ありがとうね」
手早く手紙を取り、鳩を放す。私は、差出人不明の手紙を開く。
「──『窓、開けとけよ』……?」
見覚えのない、乱雑な字。誰からだろうか。
そのまま呆然と外を眺めていると、
「……離れろ」
短い、声。私は指示のままに2、3歩後退る。その声の持ち主に見当がつき、目を見開く。
「っと……。よ、久しぶりだな、夏美」
降り立ったその人の顔を見た瞬間、安堵で涙が出た。
* * *
「そろそろ、取り戻しに行かないとまずいんじゃないか?」
「何を」「夏美を」
寧音はいらだったようにすぐさま言った。
「何をされてるか分からないって?」
「3ヶ月も経ってるんだぞ? もう十分待っただろ。もう一度」
「この間は、強行突破で通用しませんでしたが……なにか算段があるのですか?」
博人先輩が、寧音を冷ややかに見据えて言う。確かに、また武力中心で行ってもあの時のように終わるだけだ。どう考えているのか。
「大和。夏美がいる部屋は、分かるな?」
「あぁ、目星は一応ついてる」
俺はそう返す。まだ確信は持てないが……。
「まず、その部屋の窓ガラスを1枚だけ割る」
「センパイ、もしその部屋が別の人の部屋だったらどうするの?」
そうしたら、俺のせい、か。
「そうはならない。大和がそこだって言えば」
寧音の一言に、俺は驚く。
「そう、だね。ごめんなさい、大和センパイ」
「あぁ、いや……」
信頼してくれてるのか。
「その後、アイツのことだから様子を見に窓辺に来るだろう。そうしたら、伝書鳩を放つ」
なるほど。確かに、1番怪しまれないかもしれん。アナログだが、やむを得ない。
「伝書鳩の手紙には、窓を開けておく指示を書いておく」
あぁ、なんとなく分かった。
「で、その開いてる窓から中へ侵入、夏美を連れ出す……と」
「そういうことだ」
寧音の言い分はよく分かった。
「俺は、この案賛成。野良のやつらに見つからない限りは、これ以上の案は無いと思う」
と、俺は信頼を信頼で返すように言う。リスキーなのは否めないが、今できるのはこれしか無いと思う。
「僕も賛成。窓ガラスを割るまでの侵入経路は後で話すとして」
「ボクも。もちろん完璧とは言えないけど、これ以上話をしても、意味無いくらい」
ゆらと巳雲も、賛成の意を示す。
「───……ここで私が反対しても、効力は小さいですからね」
よし、これで全員だ。
そして、その週の土曜日。
平日、やつらが学校でいないタイミングを狙うのは当たり前。逆を突こう、と博人先輩が提案したことでこの日になった。
手紙を読ませて、自分が中へ侵入するまではできた。あとは……。
「夏美、早くこっちへ」
「やまと、くん、どうして……っ」
……ったく、今の状況分かってんのか。
「助けに来たんだよ、アンタを」
「私を……?」
「そうだ。とりあえず、ちょっと揺れるけど我慢しろよ」
「……分かった」
その声を聞いてから、俺は彼女を抱えた。
「さ、しっかり掴まってろよ」
夏美が少し強く俺の腕を掴んだのを感じながら、俺は窓の外へと身を踊らせた。
* * *
本当に、安心した。大和くんの腕の中、心地良い揺れを感じていた。
「……追っ手が来てるな」
「追っ手?」
「野良のやつらだよ」
不安になる私をなだめるように優しく言う大和くん。
「面倒なことにはしたくないからな。このまま振り切る」
「うん」
落とされまいと、大和くんの腕に
「……くっそ、早いな」
寮までは、あと少し。
「……なぁ、夏美」
「なに……?」
「ここから1人で、向こうまで戻れるか?」
「……自信ない」
「大丈夫、近くまで行けば皆が守ってくれる」
でも、と訴えたくて、私は大和くんの目を見つめる。そんな私に大和くんは頷き、強く声をかけてくれる。
「……大丈夫だ。行けるか?」
「……頑張る」
泣き出しそうな声になってしまったが、そう言ったことで決意ができた。
「なるべく、ここで引き止めるから」
大和くんは私を降ろして、臨戦態勢を取る。その背中がすごく大きくたくましくて、私は安心して駆け出すことができた。
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