2. Legendary

 * * *


 昔むかし、今からずっと昔のこと。


 ある王国にたくさんの吸血鬼が住んでいた。


 彼らは人間として生き、平穏に暮らしていた。


 あるとき、その国である病が流行った。


 その名を『黒印病』という。


 死に際、黒い紋様が頬に走り、それがあらわれた者は暴れ出し、その果てに命を落とす。


 王国の人々は、次々に亡くなっていった。


 遂には、国の中枢を担う王族の人々も亡くなる次第。


 未だ発病していない人々は、いつ唐突に訪れるか分からない死期に怯えていた。



 しかし、その国にいた吸血鬼たちは病にかかることなく、その惨状を国の片隅で見守っていた。


 次々と、王族の人々の訃報を知らせるラジオが流れていく。


「この病は……どうしても治らないのか」


 館で共に暮らしていた吸血鬼たちが皆で考えても、解決策は一向に思いつかない。


 そのとき、館に訪問者があった。


「すみません。今晩だけで良いので、泊めていただけませんか」


「……どなたでしょうか」


「いえ、名乗るほどの者ではありません。第一、そのような名前も持ち合わせておりませんので」


 女のその話を聞いて、吸血鬼の1人は眉をひそめる。


「この国を救うために、この場を訪れた……とでも言えばよろしいでしょうか」


「この国を……?」


 女の意味深な言葉を、吸血鬼はいぶかしみながらも信じ、彼女を迎え入れることに決めた。



「私のことは、“姫”とお呼びください」


「どうしてだ?」


「あいにく、皆様に呼んでいただけるような名前も持ち合わせておりませんし、前にいた国でもそう呼ばれておりましたので」


 名前を持たない、と聞いて皆何事かと耳を疑ったが、彼女が嘘をついているようには思えなかったのでそのまま話を続けるよう促した。


「……了解した。ならば、姫。この国を救うというのは…具体的には?」


「この国に蔓延はびこる『黒印病』たる病は、ご存知ですか」


「今、王族の血をも脅かす……あの病か?」


「えぇ。その病からこの国を救うのです」


「……どうやって?」


 そう聞かれて姫は、優しく微笑んで言った。


「この国にいる全ての感染者から病をこの身に移し、そのまま私が死に絶えれば……この国から病は消え去ります」


「……そんなことができるのか?」


「えぇ。私にならできます」


 全てを悟った微笑みで、姫は言った。


「そういった運命さだめだと、生まれた時から決まっておりましたので」



 その後、姫は吸血鬼たちの力も借りて病を移すための儀式を始めた。


 姫は大きく息を吐くと、静かに目を瞑った。


 吸血鬼たちはその後ろで、それを見つめていた。


 気づくと、彼女の周りに黒い霧のようなものがたちこめていた。


 吸血鬼たちは、戦慄した。


 これほどまでにおぞましいものが、この世界上にあったのか、と。


 いつしか、その霧は彼女の中へと消えていっていた。


 直後。


「───……っ」


 姫の体が、大きく揺れる。


「姫……?」


「いけません! これほどに強い病では、あなた方が吸血鬼ヴァンパイアであったとしても、移してしまいかねませ……っ」


 そう吸血鬼たちに言い放つと、姫はぐっと堪えるように深く、深く息をした。


「……麻酔を」


 言われて、吸血鬼の1人が姫の腕に麻酔の針を突き立てた。


 しばらく経って、姫は麻酔により眠りについた。


 その頬には、黒々と、紋様が走っている。


 爪で顔を掻きむしったような、ハッキリとした黒が。


「これで、いいんだよな」


「えぇ、きっと……姫の言う通りならば、これで彼女が命を落とせば、全世界は救われる」


「残酷、だな」


「何十億という世界の人々の命の重さと比べれば、1人の命は軽い……だとしても」


「姫にとってこの死は、約束されたものであっても、望まなかったことなのだろうな」


 吸血鬼たちは姫の、青白い肌に黒い刻印がなされたその顔を見た。


「……来世では、幸せに暮らせるだろうか」


「それを祈ろう。こんな運命なんて忘れて、姫が幸せに暮らせるように」


 その言葉に、他の吸血鬼たちも小さく頷く。


 沈黙だけが、降り積もっていた。



 そうして、『黒印病』は消え去った。


 姫がどこで生まれ、どのように育ったのかは未だ分かっていない。

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