Op.5 What is the Princess?

1. Princess

 * * *


「つーか、だいぶ今更だけど」

「なーに? 寧音センパイ」

「オレたち、“姫”のことあんま知らないよな」

「……確かにね。こっちにはそういうボキャブラリーって薄いもん」

かけるに聞いてみては?」

「あー、アイツか」

 米沢よねさわ駆。肩書きは『医者』。しかし、本当は魔法使いの末裔まつえいという彼は、オレたちが頼れる数少ない。アイツの住む家は蔵書が多い。確かに一理あるかもしれないな。

「じゃ、行ってくるわ」

「今から行くのか? 連絡とかは」

「いらんだろ。どうせアイツも暇だ」

 そう言って腰を浮かせるオレ。

「ちょっと駆に失礼なのは否めないけど、まぁいいや。行ってらっしゃい」

「あぁ」

 駆は、浮世離れしているからか他人と上手く話せないらしい。『似た者同士』のオレたち吸血鬼には何でも話してくれるが、アイツと会うのも、いつぶりだろうか。


「あぁ、寧音さん! お久しぶりですね、2年ほど音沙汰もありませんでしたが」

「あーすまんな、こっちもいろいろ忙しかったんだ」

 わざとらしい言い訳だ。こういうときの機転は全く回らない。

「それはいいとして、今日はどんなご用向きでいらしたんです? 何かあると、あなた達はいつも私を頼ってくださる」

「“野良”の奴らが知ってそうな“姫”って分かるか?」

「……もしかすると、“悲劇”から世を救う者の、ですかね」

「それ、かはよく分からんが、それについての本ってあるか」

 駆は軽く目を伏せ、考える素振りをする。

「……確か、ここには3冊ほどは。いかんせん、彼女は伝説上での存在。果たしてその存在が、昔本当にあったのかも分からないのですから」

「その中の1つでいい、読ませてくれ」

「えぇ、それならばどうぞ」

 と、微笑んで駆は中へ招き入れてくれた。


 大量にある蔵書の中を、駆は迷わずスイスイと進んでいく。こんな量、よく覚えていられるものだ。

「相変わらず、すごい量だな」

「えぇ。世界中から本が集まる場所ですから」

 魔法使いが代々住んできた、小さな家。というのは外見だけで、中は魔法で拡張された空間が広がっている。異世界空間と繋がっているような感じだ。

「今も、必要でなくなった本たちがここに毎日何十冊と集まっています」

「毎日何十冊……?」

 そんなに増えているとは思わなかった。

「……あぁ、やはりありました。こちらが一番読みやすいと思います」

「小説、みたいだな」

「伝説が語り継がれている書物です」

 それは『姫と吸血鬼』という名前だった。

「借りるぞ、机」

「どうぞ」

 俺が座ると、駆はその横に控えるようにスっと立った。

 さて、姫の物語を。


 * * *


「……はぁ」

 野良の屋敷の私の部屋には、人っ子一人いなかった。私以外……いや、遥陽先輩のようなメイドと私以外は、この部屋に出入りしない。

 食事はメイドが持ってくることも多いが、毒などが入っていないか心配になるため自分で作ることがほとんどだ。つくづく、自分で料理が出来て良かったと思う日々。

「……また、顔色が悪いな」

 自分で見て分かるほど、青ざめて、血の気が引いた顔。気味が悪くなってくる。頭をぶんぶんと振って、その気持ちを霧散させる。

 外には出られないし、今日は久々に屋敷の探索でもしようかと思う。


 朝食を摂り、着替えを済ませ部屋から出、長い廊下や階段を歩き、1階に降りる。片っ端から部屋を見て回るが、ほとんど人気は無かった。

 誰か、重要な役についている人たちに会いそうで怖かったけれど、よくよく考えると今日は平日。学校がある日だ。


「みんな学生だもんな……」

 ……私も、きっと行ってたはず。その瞬間、そう考えたことを少し後悔した。

 顔を上げると、目の前には『書房』という文字があった。

「書房……本、か」

 私はそこに、足を踏み入れる。ここの書房になら、“姫”に関する文献ぶんけんの1つや2つあるだろうと思った。

「あの……」

 書房の守り人のような人に話しかける。

「はい、どうされたかな?」

「“姫”のことが記された本とか……どこかにありませんか?」

「私が知っている“姫”についてなら、6列目の真ん中の棚あたりにあったはずだよ」

 と、書房の奥の方を指さして言う。

「本当ですか。ありがとうございます」

 軽く礼をし、言われた場所を探してみる。

「あ……これ、かな」

 私が手に取ったのは、『姫と吸血鬼』という小説みたいな本だった。私は近くにあった机に本を置き、ペラペラとそのページをめくった。薄々、あの先輩の『“姫”が吸血鬼の嫁』という言葉は嘘なのではと思っていた。この本を読むことで、それが決定づけられるとは思っていなかった。

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