3. Spread

 * * *


「……寧音?」

「……」

 私が話しかけても、彼は返事をしない。ここ1ヶ月ほど───涛川さんがさらわれてから、彼は私たちの前に姿は見せてくれるものの、全く口を開いてはくれなかった。

「涛川さんが心配なのは分かります。ですがこれでは」

「……」

 何度話しかけても、そこには沈黙があるばかりでなにも進展しそうにない。

「寧音、いいかげん」

「───……チッ」

 私が少しイラついたように言うと、舌打ちをしてどこかへ行ってしまった。これではらちが明かない。


 私は、再び少なくなってきた食材の買い出しに行くべく、スーパーに向かった。今日は、どんな献立にしようか。

「涛川さん、今日は……」

 そこまで言って、はっとした。無意識に隣に彼女がいると思っていたようだ。頭をぶんぶんと振り、ふぅと息を吐く。

「私も、寧音と同じか」

 今ここには彼女はいないというのに、私の頭はの風景を描こうとする。早く、彼女にもう一度会いたい。


 私はレジに並び会計を済ませた後、買ったものを袋に詰めていた。

「あら、お久しぶりですねぇ」

「あぁ! 今日は何を買ったんです?」

 何が気になったのか、私はたまたま耳に入ってきた2人の主婦の声に耳を傾けた。

「ねぇ、知っている? 今、原因不明の病気が流行っているんですって」

「聞いたことはありますよ、死ぬ間際になると顔に黒い刺青のようなものが出る、とか」

「拘束しておかないと、死ぬまで暴れ回って家中がぐちゃぐちゃになってしまうそうね」

 聞いたことがない病だと思った。チラッと2人の方を見ると、その顔には薄く、黒い刺青があった。目を疑ったが、周りを見回すとほとんどの人間にその刺青があるようだった。こんなに奇妙な状況、誰も気づかない訳がないが、特段その話をしている人もいない。これは、一大事かもしれない。

「───早く、帰ろう」



「ただいま帰りました」

「あ、博人センパイ。おかえり〜」

 私は台所に荷物を運び、冷蔵庫に入れるものだけ入れてからリビングへと向かった。先程見たものをしっかりと話さなければ。

「皆さん、少し話が───」

『続いてのニュースです』

 なんでもないニュース、だと思った。しかしその気持ちとは裏腹に、ニュースキャスターは深刻な面持ちでゆっくりと事を告げる。

『近頃、原因不明の病が流行しています』

 そのアナウンスに、息を呑む。


『その病の特徴としては、死亡する数日前から黒い刺青が現れ、その頃から病に感染した人々は暴れ回り、死に至るそうです。刺青が現れてから死亡までのスパンは4~7日で、人によっては2週間ほど続くこともあるそうです』

『このような病は、現在までに前例がありません。どのようにして感染するのか、どうすれば感染が防げるのか……何もかも不明な状況です。皆さん十分に注意してください──』


 私たちはしばし、呆然と画面を見つめていた。その沈黙を、ゆらがかき消す。

「それで、博人先輩。何か話そうとしてましたよね?」

「あぁ、すみません。私が話そうとしたのは、このニュースのことです」

「原因不明の病、ねぇ」

「はい。先程までスーパーへ行っていたのですが───」

 私はそこで見たものを説明した。

「……それは、全員?」

「えぇ、確か。そして皆、自分にそれがついていることには、気づいていないようでした」

「つまり、博人センパイには見えて、他の人たちには見えなかった、ってこと?」

 “自分”と、“他の人”との違いといえば……。

「吸血鬼だから、だろ」

「えぇ、その通りですね、大和」

「んで、病状が最悪化した時にだけ、普通に人間にも見えるようになるんだ」

「……あれ、全員ってことはさ」

 巳雲がはっと顔を上げて言う。

「最終的には、全員死ぬってことだよね」

 つまり、いつかは、世界中から、吸血鬼以外が消えゆく。

「……大和。昔、こういった病状が報告されていないか文献でもなんでもいいので探していただけますか」

「了解」

「涛川さんも心配ですが、きっと死なない私たちが、世界を救うべきなのでしょう」

 ……これは、姫の出現にも関係があるのかなど色々と分からないことばかりだ。調べなければ。

「それと、政府の方からなにか連絡は?」

「……なんで政府なんだ」

「国の一大事、私たちだけが無事でいられるということが政府の知るところなのかを知りたいのです」

「なにも来てなかったと思うなぁ」

「……一度、おもむいてきます」


 この学校に吸血鬼が集められるのに政府の機関───『VCI(Vampire Control Institution)』が関わっている。

 吸血鬼が初めて通されたと言われているあの館に、その機関の下集められた吸血鬼たちを“館の吸血鬼”、歯向かい孤立を選んだ吸血鬼たちを“野良の吸血鬼”と呼ぶ。昔こそ館にいるから、それ以外だから、という区分だったが、政府が絡み面倒なことになっているらしい。

 私たち“館”の住民は、『野良』の情報を知った上であの寮に住んでいる。だいたいの見た目が高校生と同じ年齢になると、日本国内のどこにいても吸血鬼であればこの高校の入学が半強制的に決まる。寮に入るかはその人次第だが、入らないという選択をすることは政府の命令を無視することになるためそちら側に行く者は少ない。先輩がいれば入学前に顔合わせをする。

「……王滝? どうしたんだ」

「お久しぶりです、突然の訪問になり申し訳ありません」

「何の用だ?」

「そちらにも情報は入っていますか? 謎の病について」

 政府の職員──元“館”の吸血鬼である。ここに関わる者は全てがそうだ──はその言葉にあぁ、と漏らす。

「もちろんだ。早急に過去の記録を集めているところだが……前例は少ないようでなかなか難航している」

「この病は、吸血鬼はかからないことも?」

「あぁ。この組織のほとんどが把握している」

「そうでしたか」

 それだけか、と尋ねられ軽く頷く。

「そうか。ならさっさと帰るといい。お前をよく思わん奴は少なくないからな」

「ええ、そうします。ご忠告どうも」

 とりあえず、自分の疑問は晴れた。帰ろう。

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