Op.4 Tragedy

1. Memorize

 * * *


 ─────誰かの、声がする。

「……めさま」

 私を、呼んでいるのか?

「ひめさま」

 3度目の声の前に、私は目を開いた。

「お姫様」

「……っ?! だっ、誰……?!」

 弾かれるように身を起こす。目の前に、男の人がいた。

「え、誰って……分からない?」

「はい? だって、はじめまして、ですよね」

 そう言うと、彼は一瞬ポカンとして、眉をひそめた。

「俺のこと、分からないの?」

「分からないも何も、会ったこと無いですよ、私たち」

「月ヶ瀬湊って言うんだけど。覚えてない?」

「……聞き覚え、無いですね」

 私がそう言うと、彼──湊さんは、上体を起こした。

「湊さん? どこに行くんですか」

「自分の部屋。着替えてくる」

 ああ、あと。と続ける湊さん。

「俺のことは湊って呼んでいいから。タメ口でよろしく」

「あ、うん」


 湊がどこかへ行った隙に着替えてしまおうとカラフルな服が並んでいたクローゼットを開けて、白のフリルがついたシャツと水色のレースのスカートを引っ張り出す。それから長い髪を高めに縛る。それが終わった時、湊が入ってきた。

「……。湊、それ誰が選んだの?」

「え? 執事の健。あとは、瑠夏るかのチョイス」

「けん? るか? 誰だそれ……」

「……健、瑠夏。ちょっと来れる?」

 湊が遠くに呼びかけると、部屋のドアが開いた。

「お呼びですか」

「わーっ、湊様……♪」

「湊、“様”?」

 私が怪訝そうに聞くと、るか、という水色の髪をした少年が首をかしげた。

「あれぇ、健を見ても驚いてない? というより湊様の様付けに反応してる?? 何かあったの? 湊様」

「んー、俺にも分かんないんだよね。目が覚めた瞬間、『だっ、誰?!』って聞かれた」

「催眠術が、少し暴走してしまったのかもしれませんね」

 聞こえた言葉の物騒さに耳を疑った。催眠術が暴走? 頭が一瞬ではてなマークでいっぱいになった。


「こういうことかな」

「こういうことかな、じゃないよ全く! 説明してよ、私にも!」

 私は、湊に詰め寄る。

「あー、分かった分かった。説明する、説明するから座って!」

 ソファに座った湊の、机を挟んで反対側に私は座る。瑠夏と健は、座らず湊の傍に立っている。

「君は、俺のお嫁さんなんだ」

「……はい?」

「それで、君をさらいに来た俺たちの敵から守るために催眠術をかけたんだけど。少し強すぎたみたいで、記憶が消えちゃったみたい」

「……何してくれてんの」

 身勝手にも程がありゃしないだろうか。

「まあまあ、落ち着いてよ夏美様!」

「なつみ、さま……?」

 私は瑠夏の方を見て、首を傾かしげる。

「だって、湊様のお嫁さんだからー」

「………ああ、そういうこと」


 * * *


「………ねぇ」

「んー?」

「なんでさ、私の部屋に勝手に出入りできるの?」

 夏美は据わった目で、俺に問いかけた。

「……なんで、って。俺が君の、お婿さんだから、かな?」

「っ……」

 まさかその方面か、とでも言うように、顔を赤くする夏美。本当の目的を忘れて本気で彼女の隣にいたくなる。

「あ、そうだ」

「………ん?」

「今日、夜お部屋にお邪魔する」

「……なんで」

「お婿さんだから」

 逆に、それ以外ある? 俺はそう言って、首を傾げる。

「………あっそ」

「えぇ、何それ?嬉しくないの?」

「嬉しくないよ、全然」

「ふぅん?」

 あ、これが俗に言うツンデレ、ってやつか。うん…やっぱり可愛い。


 * * *


「ふあぁぁ、眠……」

 私はお風呂に入ったあと、部屋に戻った。ベッドに入って少し読書をしていると、扉がノックされた。嫌な予感がする。

「はい」

「来ちゃった」

「いや、来ちゃったじゃない」

 あの昼間の言葉は本当だったのかと少々面食らった。拒否の意味も含めて、一度ベッドまで退散する。

「ね、何しに来たの? 私、もう寝たいんだけど」

「改めて、2人の契りを?」

「───……はい?」

 薄々勘づいてはいたものの、やはりちゃんと言われると驚いてしまう。

「だから、夫婦としての契りを」

「な、なんで今日なの」

「なんとなく」

 湊の気分に振り回されなければならないこちらの気持ちも考えて欲しい。

「いいでしょ? 別に。ほら……君は俺の、お嫁さんなんだから」

 そう言って妖しく笑う湊。その笑顔に、背筋が凍った。こちらを見る瞳が、一気に冷酷なものになった気がした。雰囲気が変わった彼に、私の本能的などこかが逃げろと私に大声で言い始めた気がする。

 少しずつ近づいてくる湊。様々な考えは、ベッドのスプリングがきしむ音で消え去った。

「どうしたの? 黙りこくって」

「……湊。本気、なの?」

「うん、本気」

 気づけば、目の前に湊の顔があった。

「……なにする、つもりなの」

「さぁ? 俺に任せていればいいよ」

 私は不安たらたらなまま、湊から目線を外す。すぐ近くでふっと笑った声が聞こえて、心臓が変に跳ねる。

「そのまま、上体を起こしたままにしてて」

「わかっ、た」

 湊は返事を聞いて頷き、バスローブの襟に手をかけた。ぐっ、と横に引き、首筋を露わにさせる。なにがしたいのだろうか。

「……ここに、恒久の愛の誓いを」

 そういった呟きのあと、首筋に柔らかい感触があった。唇、だろうか。

 その後、息を吸い込む音と、鋭い痛み。

「……ッ!」

 なにが起きているのか、上手く理解ができない。なにかが吸われる感覚と、痛み。気持ちの悪い違和感には、なぜだか思い当たるものがあった。

 ───……吸血される感覚。

 その瞬間、思い出した。自分のこと、湊──先輩のこと。

「────……せん、ぱい……っ」

 か細い声で、そう呼ぶ。すると、一瞬で先輩の動きが止まり、先輩は顔を上げた。

「思い、出したの?」

「何を、したんですか」

「証をつけた。契りの証」

「……っ、ひどい」

 私をこんなにももてあそぶなんて。

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