2. At the enemy's hideout

 * * *


 ゆきさんは目の前の大きな建物の扉を開けた。

「……入れ」

「え?」

「早く、入れ」

「は、はい」

 私が扉の中に入るのを確認した後、ゆきさんはそれを閉じた。

「……ここは?」

「野良の、アジトだ」

「えっ、アジト?」

 “野良”って、巳雲くんがゆきさんのことを呼んでいた、それだろうか。それに巳雲くんが、いつもと全然違う怖い顔をしていた。私にとっても、この人たちは『敵』なのだろうか。

「まあ、座れ。言っておくが俺たちは基本的に、の前以外ではタメ口だ。もちろん、お前に対しても」

「は、はあ」

「お前も、タメ口でいいからな」

「……わ、かった」

 変な感じである。

「ねぇ、って誰?」

「教える訳にはいかねぇな。その前に、俺が教えるとでも?」

 ゆきさんは優雅に足を組んでそう言うと、不敵に笑う。

「っ、それは……。それなら、私が“姫”ってどういうことなの?」

「お前が“姫”だから。それだけだ」

「なっ……」

 ゆきさんのぶっきらぼうな言い分にため息がこぼれそうになる。

「“館”のヤツらは悔しかろうなぁ、姫をあっけなくさらわれて!」

 と、嬉々として告げる彼。

「……“館”とか“野良”ってどういう意味?」

「吸血鬼の分け方だ」

「……分け、方?」

 私はその意味を掴みあぐね、首をかしげた。

「その起源は、この国に吸血鬼が現れ出した頃のこと。確かその時は、あれだ。この国に切支丹キリシタンが増え始めた時代」

 安土桃山時代くらい、か。

「その時の貿易船に、俺たちの先祖が乗っていたんだ」


 * * *


「……南蛮人か?」

「我らが、南蛮人? 否、我らは“吸血鬼”なり」

「きゅう、けつ、き?」

 吸血鬼、と言った男は、地面に字を書いた。

「血を吸う、鬼?」

「鬼ですって?!」

 その一言を機に、ざわめきが広がる。

「───…行くぞ」

 一歩を踏み出せば、人はおののいて後退る。キッと睨めば、目をそらす。吸血鬼のかしらは、目を伏せてため息をついた。

 そして彼らは、とある館へと通されたのだ。


「……?」

 鍵穴がない。しかし、手を伸ばすとカチャッと鍵が外れる音がした。

「………。何だ、この館は」

 いぶかしみつつも、扉を開く。

 彼らが、後に“館の吸血鬼”と呼ばれるものたち。そして、その後館から出ていった吸血鬼たちが、“野良の吸血鬼”と呼ばれるようになっていく。


 * * *


「前置きは長くなったが、まあこんなとこだ」

「え、でも館ってどこ?」

「お前らの寮。そこが昔、吸血鬼が通された館なんだよ」

 頭の中を整理しながら、合っているかの確認のために口に出す。

「私たちの寮にいるのが“館の吸血鬼”で、ここにいるのが、“野良の吸血鬼”?」

「ああ、そういうことだ」

「……じゃあ、“姫”って、何なの?」

 私が呟いたとき、どこからか声がした。

「未来の、吸血鬼のお嫁さんだよ。姫様?」

 聞き覚えのある声に、私は驚く。

 誰かを確認したくても、首が動かない。全身どこも動く気がしなかった。───聞こえた声が、冷酷すぎて。

 心拍数が上がり、呼吸が少し浅くなる。振り返ってはいけないと、私の頭の中の声が耳元でそう訴えている気がした。

「……初めましてではないとはいえ、他人に背中を向けたままとは。失礼だと思わないのかい」

 そう言われてしまえば、振り返らざるを得ない。覚悟を決めて、声の主の方を見た。

「……生徒、会長」

「生徒会長? いやいや。今は“野良”のリーダー、月ヶ瀬湊だよ」

「リーダー……長っていうのが、あなたのことなんですか」

「そういうこと」

 今の状況に生徒のトップである会長の声は似つかわしくないと思った。何か大きなものが、私の中のものがガラガラと崩れた気がした。

「それと、後ろの方は?」

佐倉さくらカイだ、よろしく」

 先程の巳雲くんの剣呑な表情が思い出され、少々今の状況が怖くなる。覚えず右足が後ろに下がる。

「どうしたんだ、逃げ腰じゃないか」

 そう言いながら、彼は私に近づく。逃げたいのに、やはり体は動きそうにない。

「────……ッ」

「ふふっ、俺が怖い?」

「怖くなんて──」

 頬に手を添え、親指で私の唇をなぞる先輩。

「改めて見ると、良い瞳の色をしているじゃないか。……そういう目は、嫌いじゃない」

 そう言って、不敵に笑う。添えられた、温度を持たない手が、冷たい。

「改めて、俺は月ヶ瀬湊。生徒会長は仮の顔、本当は“野良の吸血鬼”のリーダーです、よろしく」

 そう言った先輩を少し見ると、先輩はあの日のように微笑んでいた。

 ショックで身動きが取れずにいると、また新しい声が聞こえた。

「湊様はいつか、僕たちを匿ってくれました」

「……だ、誰」

「申し遅れました、神河かみかわけんです。以後お見知りおきを」

 そう言うと、健さんは優雅にお辞儀する。

「匿ってくれたって、どういうことですか?」

「“野良”の者たちはみんな、捨てられた吸血鬼なんだ。だから、俺がみんなを集めてこういったグループを作っているわけ」

「……なるほど」

 そういうことなのはよく分かったが、私がここにいる理由が全く見当もつかない。

「でも……どうして私はここに?」

「ん、それはね。俺たちは先祖をたどれば館のヤツらに繋がってくるわけだけど……何か事が起こる度、ヤツらは俺たちのせいにし、侮辱して、見下してきた。『政府に見放された反逆者たちだ』って」

 そう言う声が、どんどんと冷たさを帯びていく。

「───もう、我慢の限界がきた。逆襲を、と思っていたときに、“姫”が現れたとの伝達。それで君をここに連れてくるよう、導流や幸に言ったんだ。悪く思わないでね」

 と言いつつ、はあ、とため息をつく。

「それなのに、導流は余計なことしようとするし、幸は荒療治に出るし。全くうちの部下は、やることが1つ多いんだよなぁ」

「……“姫”って、何なんですか?」

「さっきも言ったはずだけど、将来吸血鬼のお嫁さんになる人のことを、俺たちは敬愛を込めて“姫”と呼ぶんだ。君がいれば、俺たちはあいつらに勝てる」

 私が、吸血鬼かれらのお嫁さん……?

「ど、どうして私が」

「さあ、なんていうか、天命ってヤツ? 神様からの命令だよ、きっと」

 神からの命令、か。もし反抗したら、天罰とやらを受けることになるのだろうか。

「さて、俺のお嫁さんになるという誓いを交わそうか?」

 と、私の首元に手をかける先輩。

「──……やめ、てっ」

 ブラウスのボタンに、手がかかる。

「嫌だ……っ!」

 私は先輩の手を振り払い、踵を返して走り出した。

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