Op.3 Mandate
1. Signs
「……はぁ、なんか疲れたな」
「大丈夫? 心なしかやつれたようにも」
「へっ、嘘?!」
「はは、冗談だよ」
私は巳雲くんの方を見て、目をパチクリ。
「冗談、そっか」
本当かと思ったと私は再びため息をつくと、目を閉じて背伸びをする。手を降ろした時、誰かの肩にぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
それを言い終える前に、その“誰か”に手を引っ張られる。
「うわっ?!」
私はよろめくも、腕を引く人は止まらない。そのまま引きずられるようにして、私は校舎の裏に連れていかれた。そして、校舎の壁に背中をつける。
「……お前が、涛川夏美か」
「そ、そうですけど……どうして知っているんですか?」
私が目をパチクリさせると、男の人はいまだに掴んでいた私の手首を顔に近づけた。
「───……長の言っていた通りだな」
その言葉を聞いて、橿原さんも長がどうのとか言っていたなと思った。つまりは、彼も。
「あっ、あの。すごく失礼なのは分かってるんですけど……吸血鬼、ですか?」
「ああ」
「……やっぱり」
その時、巳雲くんが駆けてきた。
「なっ、
「騒がしいな。黙れ」
「知り合い、なんですか?」
恐る恐る聞くと、ゆきさんは、
「直接会ったのは初めてか。お互い名前顔だけ把握しているだけだと思うな」
「……そう、ですか」
不思議な関係だと思った。
少しの間、沈黙が落ちた。
「───……夏美から離れろ、幸」
巳雲くんがゆきさんを睨み、そう言う。いつもより空気がピリついている感じがする。
「嫌だ、と言ったら、どうするつもりだ?」
「もちろん返してもらうよ? 夏美のこと」
「───……こいつは、俺たちが頂く」
「あぁ、そう。負け犬の“野良の吸血鬼”たちが、ボクたち“館の吸血鬼”に勝てると思ってるの?」
「もう、負け犬なんかじゃねぇってこと、証明してやるよ」
ゆきさんは言い放つと、こちらを見た。
「さあ。いくぞ、姫」
「えっ、姫……?」
私がそう呟いた瞬間、体がふわりと空中に浮いた。
「えっ……あれ?」
お姫様抱っこされたのだと分かった次の瞬間、ふっと周りの風景が変わった。ゆきさんは面食らって目をパチクリとさせる私を降ろすと、
「ようこそ、“野良の吸血鬼”のアジトへ」
* * *
「───……チッ、くそ」
ボクは、幸と夏美が消えた虚空をキッ、と睨んだ。アイツらにしてやられた。
「……帰るか」
その時、大和センパイが駆けてきた。
「巳雲、何があった?」
「幸に、夏美をさらわれた」
「あぁ、それで時空のひずみが……か」
「とりあえず帰って、どう奪還するか相談しよう」
「そうだな」
「ただいま」
「おかえり。遅かったね、どしたの? あれ、夏美は?」
「野良のヤツらに、さらわれた」
ボクがそう言うと、ゆらの顔がひきつった。
「……誰?」
「幸。成す術なく、連れていかれた」
「俺も、時空のひずみを感じて駆けつけたんだがな。もうすでに2人は消えていて、巳雲がいるだけだった」
「そっ、か。……橿原にも、昨日してやられたんだ」
「橿原も?」
野良のヤツら、でしゃばりやがって……。
「もう、我慢の限界」
ボクはそう呟いた。
「うん、僕も」
ゆらも、そう賛同する。
「俺もだ」
「これで5人中3人か。半数超えたよ?」
「いや、一応2人にも聞こう。みんなで行った方がいいでしょ?」
「寧音センパイ、博人センパイ、いる?」
廊下でそう叫ぶと、2人は扉の向こうから顔を出した。
「うっせーな、んだよ」
「巳雲? 何かあったんですか」
「ちょっと、話があるんだ。リビング集合ね」
「ええ、分かりました」
「……しゃーねぇな」
「……集まってくれて、ありがと」
「おい、ちょっと待て。夏美は?」
珍しく、寧音センパイがすらすらと話している気がした。
「それに関すること。夏美がさらわれた」
ボクが重々しくそう告げると、話を聞いていなかった2人が目を丸くした。
「なんだって?」
「それは、どういった……?」
「学校から帰ろうとしたら、幸に夏美をとられて、そのままさらわれた」
「ってことは、今は向こうのアジトか?」
寧音センパイの質問に、ボクは頷く。
「うん、きっと。確証はないけど」
「……ついに野良のヤツらが動いたか」
「今まで、鳴りをひそめていたのに……」
その博人センパイの呟きで、ボクはハッと気づいた。
「それにも、意図があるのかも」
「意図?」
「うん。夏美のこと、幸は“姫”って呼んでたんだ。だから」
「“姫”という存在が現れるまで、待っていたってこと?」
ゆらの呟きに、大和センパイが頷く。
「それが、妥当だな」
「僕も、そう思う」
「そもそも、“姫”ってなんだよ」
「今はそれよりも夏美が先でしょ」
「……アジトの場所を探ろう」
「それはもうやってある」
と、大和センパイが言った。
「え、いつの間に」
「時空のひずみを感じた瞬間、頭にアジトと思われる建物と、その周辺の景色が見えた。巳雲に確認して、改めてアイツらのかって」
「それで?」
「それっぽい場所、スマホで調べておいた。きっとそこに、ヤツらがいる」
言い切った大和センパイ。
「ありがと、大和センパイ……そこまでしてくれてるとは思わなかった」
「さぁ、乗り込もうか、アジトに」
「あぁ、夏美を取り戻すためにも」
そして。
「我ら“館の吸血鬼”の威厳のために」
ボクがそう言うと、みんなが頷いた。
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