3. Wake up

 * * *


 まぶしい。陽の光が、閉じたまぶたを刺激する。あぁ、もう起きる時間かと思って、私は目を開く。

「ん……」

「あ、夏美!」

「巳雲くん? なんで、私の部屋に」

 小さく呟いた私の頭に、私が寝ていた理由がハッキリと浮かんだ。

「血、吸われたんだっけ……」

「大丈夫? 具合の方は」

「うん、ちょっとくらくらするけど大丈夫」

 それを聞き、巳雲くんは少しホッとした顔をした。私はゆっくりと体を起こそうとする。

「あ、支える? 大丈夫?」

「うー……」

 ずきずきと痛む頭を抱えて、巳雲くんの腕に助けられながら上半身を起こす。

「ありがとう」

「みんな呼んでくる?」

「ううん、私がみんなのとこに行くよ。お腹も空いたし」

「分かった。でもほんとに無理そうならボクが運んであげるからね」

 その言葉に薄く笑って頷き、私はベッドから出る。

「夏美、2日も寝てたんだ」

「え、そんなに?」

「寝てる間に、血液の量が戻ってきたんだろうね」

 上履きを履いて立ち上がろうとすると、強烈なめまいを感じて膝から崩れ落ちそうになった。

「っ……」

「おっと、大丈夫?」

「うん……ありがとう」

 間一髪、巳雲くんが支えてくれて膝を痛めることは無かったが、めまいの余韻でしばらく動けなくなる。気持ち悪い。

「大丈夫? 無理しなくても」

「平気だよ。ありがとう」

 しばらくしてめまいから回復し、巳雲くんの手を借りつつ廊下まで出る。

 廊下で、たまたまいたと思われるゆらくんと居合わせた。

「あ、夏美! もう体調は大丈夫なの?」

「うん、とりあえずは平気だよ」

「ゆら、悪いんだけど夏美になにか食べられるもの作ってくれないかな」

「あぁ、いいよ。そしたら先に行って作ってくるから、ゆっくりダイニングまでおいで」

「ありがとう」

 ゆらくんは軽い足音とともに階段を降りていった。いろいろとさせてしまって申し訳なくなる。

「さ、ボクらも行こうか」

「うん」


 階段は危ないから、と巳雲くんに抱えてもらいつつも、やっとのことでダイニングまで辿り着いた。2日間寝ていた、というのがなんとなく、身に染みて分かった気がする。

 引いてもらった椅子に座り、息をつく。

「ここまでありがとう、ほんとにごめん」

「謝らないの! ボクが好きで自分からやったんだから、夏美はそれに預かってボクを頼ってよ」

「……うん」

 話が一旦途切れたところで、ゆらくんが料理を運んできてくれた。美味しそうな匂いに、おそらく2日間なにも入れていないお腹がくぅと鳴いて空腹を訴える。

「ほうれん草と小松菜が入ったスープと、少し熱いかもだけどリゾット、プルーンのジャムを入れたヨーグルトだよ」

「美味しそう」

 あまり重くなく、それでいてしっかり食べられるメニュー。考えて、このメニューにしてくれたんだな。

「ちょっと余ったから僕らも食べようか」

「うん、ボクもまだ朝ごはん食べてないし」

 ということで、3人で食卓につき、手を合わせる。

「いただきます」

 一口料理を口にするだけで、優しい味が体の倦怠感けんたいかんを薄めてくれる。

「……美味しい」

「ほんと? よかった」

 にこにこと笑いながら、ゆらくんは嬉しそうにそう言う。これなら病み上がりの私でもいくらでも食べられそうだ。

「そういえば、吸血鬼も食事ってするんだね」

「そうだね。ほんとは食べなくても生きられるけど。まぁ夏美に合わせてるってのもあるかもしれないけど、美味しいものってやっぱり食べたいじゃんか」

「あとは、今までずっと人間と溶け込めるように人間と同じ生活をしてきてたからかな、食事は摂らなきゃって思うのかも」

 そうだ、最初に巳雲くんから吸血鬼だという話を聞いた時にもこんなことを言っていた。

『差別もされない、美味しい血にもありつけるなら、この学校に入ってよかったかもねぇ』

 やっぱり、人間は自分と違うものをことごとく嫌う。なおさら、自分たちに危害を加えるかもしれないという相手と好き好んで一緒にいよう、など思う方が不思議かもしれない。

「今こそこの学校でこうして、吸血鬼の仲間とかがいるから全然なにもないし、普段の生活の中でも吸血鬼、ってことを隠す必要もないからラクなんだけどね」

「あぁ、それぞれ別だったときは、それぞれ大変だったろうね」

「やっぱり幼いときの方が、自制が効かなくて衝動のままに吸血しちゃうことも多くて。僕なんて親を生まれてすぐに亡くしたから、見守ってくれる人もいなくて」

 そのゆらくんの言葉にハッとする。私と似ていると勝手に思った。彼はいつも笑顔だけど、その奥に暗くて悲しい気持ちを、隠してるんだと。

「昔、魔女狩りみたく、一時期吸血鬼狩りってものがあったんだよね」

「吸血鬼狩り? え、でも……弱点ってないんじゃないの?」

「はい、ここで問題。『ドラキュラ』のお話は知ってるよね?」

 突然、巳雲くんがそう言う。

「……うん、知ってる」

「そのお話のラスト、どうやってドラキュラは退治されたんだっけ?」

「……えっと…銀の十字架で胸を刺されてた」

「あたり。じゃあさらに問題。博人センパイは吸血鬼の弱点はって言ってた?」

 そう言われて、私はあのときの博人くんの言葉を反芻はんすうする。

『ニンニクも十字架も、日の光も弱点ではありません』

 ……1つ、足りない。

「銀、以外は無いって」

「ビンゴ! ボクら吸血鬼の弱点は唯一、銀のもの。まぁ急所を刺されたりしない限りはなんの危害も加えられないんだけどね」

「つまり吸血鬼狩りは、銀のナイフとかを使って、吸血鬼を殺してた……ってこと?」

 そう言うと巳雲くんはうんうん、と頷く。

「僕の親は、吸血鬼狩りに殺された」

「ゆら、くん」

「目の前で殺されたんだ。しかもその、殺した犯人は───」

 そう言ったゆらくんの目の奥に、炎のような揺らめきが見えた気がした。

「この館にいる、寧音」

「え……?」

「ゆら、それは初耳なんだけど」

「まぁ、今まで全く口に出してなかったから。アイツは、吸血鬼ということを隠して、同族殺しをしていたんだよ」

 沈黙が、流れる。

 話を聞いている間に、料理はほとんど食べ終えてしまった。でも残っていても、もう食べる気にはならなかっただろう。

「───ごめん、変な空気になっちゃった」

「……ううん、大丈夫だよ」

「食べ終わったなら、シンクに食器置いといてね。あとで片付けとくから」

 じゃあお先に、とゆらくんは立ち上がる。私もそれに続こうとしたが、動く元気が出ず結局巳雲くんに食器を運んでもらってしまった。

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