Op.2 Braking

1. Friend

「うーん……広いなぁ、校舎」

 私は入学式からしばらく経った日の昼休み、校舎内を探索し始めた。本当は入寮式の後にそういう時間があったらしいが、私には関係ないというか、関係なくいなければならなかったのだから仕方ない。

 あ、そうだ。博人くんに、生徒会長に挨拶してこいって言われたんだった。

 生徒会室はどこだろうと私は各教室の廊下に出ているプレートを見ながら廊下を歩く。

「……あ、ここか」

 私は『生徒会室』と書かれたプレートがかかっている教室の扉をノックする。

「……失礼しま」

「じゃまた……ん?」

「ひゃっ?!」

 私が扉を開けようとしたが瞬間、目の前でがらっと開く。その奥で立ちすくむ人、そして私は、その人に驚いて飛びずさる。

「……スミマセン」

「いや、そんな遠くから言われても…」

「副会長? どうしたんですか」

「ん? あぁ、見知らぬ子が」

「生徒会に用?」

 奥から出てきた女生徒の言葉に、私は頷く。

「中、入りなよ」

「あ……はい」


「えっと私、1年A組の涛川夏美です」

「夏美くんか。確か昨日入寮式にいなかった子だな」

「うぐ」

「僕は月ヶ瀬つきがせみなとです、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 生徒会長───湊先輩は、眼鏡の奥の目を綻ばせる。

「あの“館”の子だったよね。わざわざありがとう」

「い、いえ。そんな」

 “館”って、なんだろうか。

「さ、じゃあ順番にあいさつして」

「俺は生徒会副会長、嵐山らんざん疾風はやて。さっきはごめんね、よろしく」

 名前に似つかわしくない、柔和な笑みを浮かべる疾風先輩。

「生徒会書記、小郡おこおり遥陽はるひです。2年です、よろしく」

 純白の髪をした女生徒が言う。

「ほんとは先輩後輩だけど、気軽に話しかけて大丈夫だからね」

 白い肌に、薄く赤がさして、きれいだった。

「生徒会会計、飯舘いいたて礼武らいむです。遥陽と同じく2年です、よろしく頼みます」

「湊先輩、疾風先輩、小郡先輩、飯舘先輩。よろしくお願いします」

 私がそう言うと、湊先輩は頷いた。

「何かあったら言ってね。すぐに対処するからさ」

「はい」

 私は4人に頭を下げ、生徒会室を出た。



 数日後。

「……はぁ」

 私はトイレの鏡の前でため息をついた。

 髪ゴムを外して、髪を櫛でとかす。途中、絡まっていたのか突っかかり、少し痛かった。それから一通りとかし終わって、髪を縛り直す。

「……あれ、涛川さん?」

「あ、小郡先輩。夏美で大丈夫ですよ?」

「うん、分かった。夏美も、遥陽先輩でいいからね。で、どうしたの? 1人で」

「……いや、なんとなく」

「私も、なんとなく」

 私たちは顔を見合せ、笑う。

「ねぇ、中庭で話さない?」

「もちろんです。中庭ってどこですか?」

「こっち」


「わぁ、結構広いんですね」

「うん。ベンチで話そ」

 私たちはベンチに座って、話し始めた。

「夏美はさ、なんでこの高校に入ったの?」

「うーん、なんでだったかな……必死すぎて覚えてないです」

 薄く笑う私。

「まぁ、そうだよねぇ。改めて聞かれるとなんでか、なんてわかるもんじゃないわ。なんかごめんね?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「じゃあそうだな、なにか先輩に話したいこととかある?」

 遥陽先輩は、そう言って話を促してくれる。

「……先輩は、知ってると思いますけど」

「うん、何?」

「私、巳雲くんと、大和くんと、ゆらくんと、博人くんと、寧音くんと同じ寮、なんですよ」

「……え?」

 先輩はぽかんとする。てっきり聞いているものだと思っていたけれど、そんなことはなかったみたいだ。

「あの、5人と? す、すごいね」

 顔がひきつっている遥陽先輩。いかんせん驚きすぎではないだろうか、まるでなにか別のことに驚いているような。

「あ、ごめんね。それで?」

「えっと、5人とも全然カラーが違くて、最初は戸惑ったけど……今はまぁ、仲良くやれてると思います」

「そっか。アイツらが何かしたんなら、一発喝を入れてやろうかと」

 物騒なことを言いつつ、安心したような口調や顔でそう言う遥陽先輩。

「でも……5人と仲良くしてるのを恨まれて、同じ学年の女子に無視されたり、暴言はかれたりしたんです」

「えっ、そうなの? ……大丈夫?」

「はい、今はまだ。少し、キツイけど」

 精神的に、少し応えている。

「……私も分かるよ。その気持ち」

 寂しそうな顔でそう言う遥陽先輩。

「え?」

「私、髪が白いでしょ? ここまで白い髪の人はほとんどいないんだって。それだから、みんなの中に並ぶのすごく目立つの」

 確かに、純白と言っていいほど白い髪。ここまで白いのは、あまり見たことがない。

「でも、私はきれいだと思います」

 白い髪に、それに映える茶色の瞳。確かに奇怪には見えるかもしれないが、それよりも私の目には、美しく見える。

「そう? ありがと」

 遥陽先輩は悲しそうに微笑む。

「でもね、この髪をからかったり、髪白いのキモいとか言って避けられたり。学校に入る度にいじめられたり、冷やかされたり。転校してもどうにもならないから、ここにとどまってるけど。ここでもそういうことを入学当初されて、入学式後3週間くらいで、1回不登校にもなった」

 私は驚いて、目を見開いた。

「今は生徒会っていう居場所があって、会長からも信頼されてるから、一応不登校にはならないし、なれないんだけどね。学校やだなって時はあるの、正直」

 私はその言葉に、なにも言えなかった。

「居場所をくれた会長には、すごくお世話になってるから……」

 先輩はそう言って、ぼうっと目の前を見つめる。

「……遥陽先輩?」

 遥陽先輩はハッと息を呑み、困ったように眉尻を下げた。

「ぼけっとしてた、ごめんね」

 大丈夫だろうか、暗い過去を思い出させてしまった。

「……ねぇ、夏美」

「はい?」

「私たち、似てるよね」

「そう、ですね」

「友達として、やっていけそうな気がする」

「私も、そう思います」

 遥陽先輩は、左手を差し出す。

「よろしくね、友達として」

「…はい、改めてよろしくお願いします! 私は遥陽先輩の味方です」

「それはこっちの台詞セリフ

 遥陽先輩が言うと、どちらからともなく笑い出す。

 きっと、私たちなら───。

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