3. Vampire

 非常にやるせないというか、不安たらたらなまま、私はまだいるというこの館の住民を待った。……大丈夫なのかな、私。

「ごめん、待ったかな」

の住民とは、どういうことだ」

「そんな言い方、ダメだよ大和やまと。なにかあったんでしょ」

「ひとまず、これで全員揃いましたね。では新たな仲間に自己紹介を」

 そう言って彼は、私をまっすぐに見据えた。

王滝おうたき博人、3年S組です。これからどうぞ、よろしくお願いします」

「2年A組、八代やつしろ寧音だ」

 ねおんさんはそう名乗る。やっぱり先輩なのか。

「次はボク、1年A組のあや巳雲です。さっきはほんとにごめんね」

「ううん、大丈夫だよ」

 困ったように笑いながら言う、みくもくん。1年A組なら、やっぱり同クラみたいだ。

「1年S組、時津とぎつゆらです。はじめまして、人間の女の子」

「あ、はじめまして……」

 にこにこと柔和な笑顔を浮かべるゆらさん。優しそうで安心した。

「……」

「大和もなにか言ったらどうなの?」

「───はぁ……、赤穂あこう大和、2年S組。よろしく」

 ぶっきらぼうに言ったやまとさん。

「で、あんたは?」

「あ、っと、1年A組の涛川夏美です。き……今日からよろしくお願いします」

 ぺこ、と頭を下げる。そしてやっとここで、ずっと気になっていたことを聞こうと思った。

「あの、吸血鬼って、本当なんですか…?」

「えぇ、本当です」

 この現代に吸血鬼がいること自体信じ難いが、先程のみくもくんの言い分からするとやはり信じる他無いようだ。

「吸血鬼って、人間とどこが違うんですか? 見た目はそんなに変わらないみたいだけど」

「……話すと、長くなりますね。涛川さん」

「はいっ」

 あ、部活の名残が。

 思ったよりしっかりと出た返事に、自分すら驚いてしまう。

「涛川さん、料理はできますか?」

「は、はい。まあ」

「一緒に昼食を作りながらでも、ゆっくり話しましょうか」

「はい、分かりました」

 ここは寮だけれど、完全にこの人たちしかいないのかと拍子抜けする。まぁ、吸血鬼と聞いて逃げない人は、半強制的にここにいさせられている私以外いないだろうな。


 私たち2人は、台所に向かった。

「何を作るんですか?」

「敬語なんてやめてください。一応、同居者なんですし」

 博人さんがそう言う。

「え、でも先輩ですし」

「いちいち気を張っていても、辛いだけです」

「……そこまで言うなら」

 私は頷く。

「それで、何を作るの?」

「まぁ、冷蔵庫にあるもので」

 ぼちぼちテキトーに作ってください、と続いているような気がして、私は苦笑しながら冷蔵庫の扉を開く。

「……嘘でしょ」

 そこを見て、私は絶句。

「博人くん、買い出し行こう」

「どうしてですか?」

「在庫が少ない」

「本当、ですね。行きましょうか」


「買い出しに行く時は大抵自転車ですけれど、涛川さんは持っていませんからね。どうしましょうか」

「徒歩でもいいよ?」

「いえ、最寄りのスーパーも相当遠いので」

「は、はぁ」

 博人くんは少し考えてから、自転車のサドルにまたがった。

「涛川さんは、後ろに乗ってください」

「えっ、でもそれって、法律違反じゃ」

「ばれなければ、大丈夫ですよ」

「………」

 博人くんが1番しっかりしていると思っていたが、前言撤回しなければならなそうだ。


「あっ、キャベツが安い! ロールキャベツにでもするかな」

 私はとりあえず、頭の中で買うべきものをリストアップした。

「あとコンソメとひき肉と、トマト缶と……」

 カートに乗せたカゴに、商品を入れていく。買うべきものの大体を入れ終わったところで、私は博人くんに質問した。

「この町に、他にも吸血鬼っているの?」

「まぁ、何人かはいると思いますけど」

「へぇ……」

 カゴをレジ前に置き、会計を済ませ外に出る。

「他に、聞きたいことは無いですか?」

 2つのレジ袋を1つずつ手に提げながら、博人くんと私は自転車に乗った。博人くんは袋をカゴに入れ、私は膝の上に置いた。

「聞きたいこと、か。じゃあ、なんでこの学校には吸血鬼が多いの?」

「……我ら吸血鬼は、身寄りのない者が多いんです。だから政府の方から日本の吸血鬼たちはここに入るよう言われているのです。下手にバラつかれて各地で事を起こされるより楽だと思ったんですかね」

「そうなんだ。高校のあとは?」

「さぁ。それぞれ変わりますよ、高校を過ぎればもう一応大人なんですから」



「………」

「………」

 私は玉ねぎをみじん切りにしながら、内心焦っていた。沈黙が耳に痛いほどだ。どうしようか、話しかけるべきか。それとも待つべきか。

「涛川さん」

「………」

「涛川さん」

「………」

「な、み、か、わ、さん?」

「……あっ、はい?!」

「どうしましたか? 何度も呼んでいるのに反応しないなんて」

「えっ? いや、あのー……ごめんなさい」

 博人くんは首をかしげながら、

「大丈夫ですか? 熱でも?」

「ないっ、そんなのないって!」

「そうですか。それならば、吸血鬼について教えてあげますね」

「あっ、うん。お願いします」

「まずは、その起源から。吸血鬼のおこりは、中世の欧州です。どうしてその様なモノが出来たのかは分からないし、分かっていませんが……その姿は人となんら変わりないのに、犬歯だけが異様に長く、体温も、鼓動も感じない」

「えっ、体温も、鼓動も?」

「では試しに、触ってみてください」

 私は少し躊躇いつつも、料理をしていた手を止めて博人くんの左胸に触れる。

「……本当だ」

 何の振動も熱も、私の指先には伝わってこない。人とは違うという事実を再び突きつけられた気がして、私は言葉を失った。

「当然のこと、血だって流れてはいません。なぜ人の血を欲するのか……それは、自分にない血液を、再び自らの体に取り戻したいがためでしょうかね」

「あの、1つ質問」

「はい。どうぞ」

「血を吸われると吸血鬼になっちゃう、っておとぎ話にあったけど、それって本当?」

「……いえ、そんな事例は聞いたことがありませんね。嘘かもしれません」

 ……ふぇぇ、嘘?

「あと、ニンニクも十字架も、日の光も弱点ではありません」

「へ、へぇ」

 刃向かう術は無いのか、と少し落胆する。

「なあ、夕飯まだぁ?」

「まだです。もう少しなので、待っていてください」

 そこで、ロールキャベツが煮終わったことを知らせるタイマーが鳴る。

「出来ましたね。盛り付けて持っていきましょう」

「うん」


 ダイニングにて。

「いただきます」

 私が手を合わせると、ゆらさんが尋ねてきた。

「ねぇ、夏美。吸血鬼について教えてもらった?」

「えっ? あ、はい」

「敬語禁止」

 大和さん──大和くんがそう言う。

「……分かった。起源と、体質? って言うのかな。それと今までの仮説は違う、ってことは教えてもらった」

「そっか、そんなとこか」

 巳雲くんは頷く。

「……他に教えること、ある?」

「……いや、別に?」

「そっかー」

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