2. Unintelligible

 結局あのあと、そのまま扉の奥へと招かれてしまい、現在自分が置かれている状況の理解ができていないままリビングのような広い部屋のソファーに座らされている。

 ねおん、って人はほんとにどこかへ行ってしまうし、まだ入学して間もない私がこんなところでのこのこソファーに座ってなんていいのか。早く戻らなければ、入学早々いろいろやらかしちゃった問題児としてのお墨付きをもらってしまう。それだけは嫌だ。それに、そもそもここはなんなんだろうか。

「おーい!」

「んにゃっ!?」

 突然話しかけられ、驚きで出た変な声に恥ずかしさが募る。

「へへぇ、可愛い反応だねぇ」

「きっ、聞かなかったことにしてくださいっ」

 目の前の男の子は、にこにこと私の顔を覗き込んでくる。

「1年生?」

「は、はい」

「おー、同じだね?ほら」

 そう言って、彼はネクタイを見せる。私と同じ、赤色のネクタイ。

「ほんとだ」

「クラス同じかもだね? これからよろしく!」

「えと、はい……」

 ふわふわとした色素の薄い髪をしている彼はなんだか親しみやすそうな見た目だ。同学年を見つけた安心で、少しだけ息がしやすくなった気がする。

「あの、入寮式には行かなくても大丈夫なんですか」

「ん? ボクは向こうじゃなくて、こっちが寮なんだよ〜」

「こっちが……?」

 ここも寮なのか。なんのために分けているんだろう。ここにいる彼らに、なにか特別な問題とか、事情でもあるのだろうか。……聞いたら、失礼だろうか。

「……あ、ここにいるのがなんでか不思議?」

「……はい」

「なんでか、なんて簡単だよ。ボクらが吸血鬼だからだ」

 彼の口から発されたその一言に、自分の耳を疑った。今、なんて。

「その、吸血鬼って、人間の血を吸う、おとぎ話とかに出てくる……あの?」

「そうそう、それ! 君が知ってるそのお話、おとぎ話じゃなくて、ほんとに起きたことなんだけどね〜」

「本当に、起きた……」

 信じられないけれど、よくよく考えると確かにいろいろな辻褄が合う気がする。さっきのねおんという人の言動といい、寮がと分けられていることといい。まあ美味しそう、なんて言われて喜ぶような思考はあいにく持ち合わせていないが。しかし辻褄が合うとは思ったが、やっぱり意味が分からない。

 キャパオーバーを訴えようと痛む頭の片隅でふと、恐ろしいことが思いついてしまった。

「ころさ、れる?」

 私の小さな呟きを聞いて、目の前の1年は首をかしげる。

「殺されるって、誰に?」

「あ、あなたたち、吸血鬼なんでしょ?」

「うん。どこからどう見ても」

 見た目では分からないけれど、なんとなく人間とは違った雰囲気があるような気がしないでもない。こちらを見つめる紅い瞳に、不安が駆り立てられる。

「血を、吸うんでしょ?」

「まぁねぇ、その日の気分もあるけど」

「……私の血を、吸いたいの?」

「うーん、特段『吸いたいっ! うぁー!』ってなるわけでもないし、別に?」

 彼が本当に私の血を吸いたいのかはよく分からなかったが、だとしても私はここにいたら、いつかは。

「試しに、吸われてみる?」

 にぃ、と笑った彼の唇の間から見える、鋭く尖った八重歯にひゅっと息が詰まる。

「寧音センパイが美味しそうって言うんだもんな。ほんとに美味しいんだろうねぇ〜、君の血」

 ふふ、と紅い目を光らせて妖しげに笑いながら、舌なめずりをする1年男子……もとい、吸血鬼。

 逃げなきゃ。そう強く思うのに。それなのに、体は相反して硬いままで言うことを聞いてくれない。

「差別もされない、美味しい血にもありつけるなら、この学校に入ってよかったかもねぇ」

「……っ」

「体硬いと、痛いよ?」

 ──嫌だ。ぎゅっとつむった目尻から、涙がこぼれる。

「あ……ごめん、怖かった?」

 急に焦ったように、声のトーンがもとに戻った。ただそれだけなのに、緊張から解放されたように体が軽くなった気がした。

「泣かせるつもりなんて無かったんだよ。ほんとにごめん、ちょっと調子乗った」

「大丈夫、です。こちらこそ泣いちゃってごめんなさい……」

「おうおう巳雲みくもぉ、女泣かせるなんてなにしたんだぁ?」

 ねおんさんが戻ってきたようだ。その言葉を聞いて、彼の名前を聞くのを忘れていたなと思った。

「その、ボクらが吸血鬼だって伝えたら」

「なるほど、ビビったんか」

 言い返したいけれど、事実なのでなにも言えない。

「置いて平気だってよ、涛川夏美」

「なんで、名前」

「生徒会のやつが教えてくれた。入寮式いないのそいつだけだって」

 その一言に心臓が跳ねる。問題児認定がこれで確定である。

「ま、入寮式もなにもないよな、ここが寮になるんだもんな」

「なつみ、ちゃん? ここにボクらと住むってこと?」

「そういうことになるな」

「……生徒会の許可が降りたなら、私もつべこべは言えませんね」

 現実味の無かった彼らの言葉が、突然クリアに聞こえた。私がここで暮らす? 吸血鬼の、人とは違う彼らと? なんと雲行きの怪しいことか。

「じゃ、他のやつら呼んでくるか」

「え、まだいるんですか?」

「あと2人」

 この学校に吸血鬼が集められているような多さだ。いや……実際にそうなのか。

「皆さんは、本当に……」

「あぁ、吸血鬼だよ。そしてお前はそんなオレらに気に入られた。その意味が分かるか?」

 悔しいけれど、分からない。小さく首を横に振ると、ねおんさんはふっと笑って言う。

「あんたは、オレらのおもちゃになったんだよ」

「おもちゃ……」

 明らかに自分を『人間』として扱っていないような言い分に、少し腹が立つ。でも、その通りな気がした。

「ようこそ。まだなにも知らない、か弱い迷える少女よ」

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