08話.[だからこそだよ]

「寒いよ……」


 ぶるぶると震えるほどではないけど寒かった。

 これだから春と夏以外は嫌だ、正直四季なんていらない、二季でいい。


「まだ十月ですよ?」

「寒い、乃上君が私を暖めて……」

「できませんよ」


 教室から出ないことで対策をしているけどあまり効果が感じられない、それでも私にできることは椅子に座って縮こまっていることだけだ。

 そういうのもあって彼が教室に来てくれるのはありがたいことだった、廊下でしか会えないということなら一緒にはいられないから。


「ここから移動しましょう」

「えぇ、話を聞いてくれていなかったの?」

「まだ休み時間もありますから大丈夫ですよ」


 い、いや、そういうことが言いたいんじゃないのだが……。

 彼はこっちの腕を掴んで「行きましょう」と変える気はないようだった。

 こういうときに限って彼の兄は来てくれないから諦めて言うことを聞くしかない。


「こ、これでいいですか」

「手より他の部分が寒いんだよ、首のところとか顔のところとか」

「それは頑張って耐えてください」


 だから教室で耐えようとしていたんじゃないか、それを彼が無理やり連れ出してくれたからこうなっている。

 まあ、教室も廊下もそこまで変わらないというのが本当のところだ。

 あと、寒いのは事実だけど暗示のようになってしまっているからやめた方がいいというのも分かっている。


「抱きしめてくれてもいいんだよ? というか、そうするために教室から移動しようとしたのかと思ったんだけど。それとも、一緒にいてくれているのはそういうことじゃないのかな?」


 友達として一緒にいたいならちゃんと友達としてと言うべきだ、それこそ彼こそ気をつけた方がいいということになる。


「このままの距離感でいられたら私は勘違いしちゃうよ」


 寒さはどうでもよくなっていた、が、彼の返事次第では表面だけではなく内面の方にまで影響を受けることになるから……。


「……これは暖めるためにしているだけですから」

「じゃあ授業中にもしてほしいな、そうすればぽかぽかしていて落ち着けるから」

「はぁ、無理に決まっているじゃないですか」


 そんなの分かっている、私なりに冗談を言ってみただけだ。

 ところで、自分で言うのもなんだけど慌てるところとそうではないところの違いというのがよく分からなかった。

 だって抱きしめられているのに冗談を言ってしまえるような余裕があるから。

 これも初めて手を握られたときみたいに時間が経てばなんでしているの!? となるのかな。


「も、もういいですか?」

「あともうちょっと、そうすれば一日頑張れそうだから」


 家族以外に、しかも男の子に甘えるんだぞと昔の自分に言ったらどういう反応をするんだろう。

 情けない笑みを浮かべながらないないと否定する可能性の方が高いか。


「おいおい、学校で変なことをするなよ」

「あ、兄貴か、藤間先輩を説得してくれ」

「でも、滅茶苦茶必死に抱きついているぞ?」

「だからこそだよっ、早く頼むっ」


 宿主を困らせると寄生できなくなるかもしれないからやめておいた。

 んー、これも少し前ならうぎゃあ!? となっているところだったのにどうしてこうなったのか分からない。

 彼や兄が言っているように実は肉食系とかそういうことだったのかな。


「はぁ、やっぱり藤間先輩は強いですよ」

「ありがとね、これで今日も一日頑張れるよ」


 そもそも彼がこうして来てくれるだけで頑張れていたのだが。

 夏休みに長く一緒にいられたのが大きい、もしあのタイミングではなく別のタイミングで出会っていたらこうなってはいなかったかもしれない。

 夏の暖かさを求めて外に出ていてよかった、あのとき「責めたいわけじゃないんだぜ」とすぐに言ってくれてよかった。


「乃上君兄もありがとね、あそこで来てくれていなかったら私は離れられなかったと思うからさ」

「予鈴が鳴ったら離れただろ」

「どうだろうね、もう暖まりたいとかじゃなくて私が乃上君に触れたかっただけだったから」


 どこで学んでも自由ということなら無理やり教室に連れ込んで授業中でも板書をしなければいけないとき以外は手を握っていたかった。

 自分からするなら抱きしめることがいいし、相手からされるなら手を握られる方がいい。

 ただ、さすがに授業中に抱きしめるのはできないからそれで妥協をしようとしているだけだ。


「俺は間違っていた、藤間は弱くなんかない」

「ふふ、この子と優里香ちゃんが変えてくれたんだよ」

「それは違う、元々藤間はそういう人間だったが抑えてきたというだけだろ」

「そうなのかな?」

「ああ、そうだ」


 なるほど、確かに親しい相手がいなければできることではないか。

 全く関わったこととかはなかったのに彼は私のことをよく知っている。

 私が表に出しすぎるのか、それとも、彼が鋭いのかというところ。


「そろそろ名前で呼んでやってくれ、優里香だけなのは不自然だろ」

「や、求めてくれたら応えるつもりだったよ?」

「変えたいなら自分から動いた方がいいぞ、航生が動くのを期待して待っていたら日が暮れちまう」

「ははは、例え航生君が動かなかったとしても日は暮れるよ」

「はは、そんなマジレスはいらないんだよ」


 彼は手を上げて歩いて行った。

 私も最後にもう一度抱きしめてから教室に戻ったのだった。




「手料理を振る舞うのは重いですかね」

「あんまり一緒にいられていないなら難しいんじゃないかな」

「ですよね、でも、物を贈るというのもそれはそれで不自然で……」


 何回も近づく努力をしているらしいけど、残念ながら話すところまではいっていないみたいだった。

 一応一度も話したこともないとかそういうことではないらしいので、私から言えるのはどんどん話しかけるしかないということだけかな。


「優里香がしなければいけないのはそういうことじゃなく、積極的に話しかけるということだろ。そういうのは仲良くなってからでいい、というか、仲良くなってからじゃないといい反応はされないと思うぞ」

「そうだよねえ、でも、なかなか近づきにくいんだよ」

「よし、それならいまから行こうぜ」

「前にも言ったけど私は自分ひとりで――ああ!? そら先輩助けてください!」

「ごめん、いまはそういうことにこだわるべきじゃないと思うから」


 きっかけなんてどうでもいい、最初はそうやって近づくのもありだ。

 そもそもずっと頼るなんてことはできない、いつかは絶対にひとりで頑張らなければいけないときがくるからそのときに頑張ればいい。

 話しかけてこない子のことをいっぱい考えたりするのは稀だ、そのため、これは間違いなく必要なことだと言えた。


「俺もああすればよかったな、そうすればもっと早く変えてやれたのに」

「彼女さんというわけでもないから難しいよ、真海のためだったら君はあっという間に動けただろうけど」

「でも、優里香も友達だからな、困っているようだったら助けてやりたいだろ?」

「うん、だけど私の場合は動くと逆効果になりそうで怖いかな」


 我慢して我慢して我慢して、それでも自分の中にあるもどかしさを抑えきれなくなってぶつけるのだろうが。


「そういうときは頼ればいい」

「自分だけがその子のために動けていないということになるよ? そういうときはどうするの?」

「動かないことも相手のためになるときもある、それになんとかしてほしくて他人を頼ったってことは少しだけでも動いたってことになるだろ」


 そういうものだろうか、そんなのでお礼を言われてしまったら複雑な気持ちにしかならなさそうだ。

 それだったら最初から触れない方がいい、ある意味、動いて失敗したときよりも恐ろしいことのような気がした。

 精神が弱いとありがとうという言葉すら圧みたいに感じてくるから。


「どうだった?」

「ぎこちなかったけど話せていたよ、初対面というわけじゃないからな」

「だが、これを続けられるかどうかだよな」

「大丈夫だろ、藤間先輩から色々と影響を受けているから」

「なるほどな、はは、いい教師が身近にいたってことか」


 最近は臆せず頑張っていたわけだから何故? とはならない。

 頑張ったことで相手にも少しぐらいはいい影響を与えられるということならそれは嬉しいことだ。


「というわけで藤間先輩は返してもらうぞ」

「取ってねえよ」


 教室内とはいえ兄が去り、弟君の方はこちらを見てきた。

 頑張ってくれたわけだから頭を撫でてみたら「俺がする方じゃないですか?」と納得のいかなさそうな顔に。


「私のことじゃないけど動いてくれてありがとう」

「友達が困っていたら誰だってそうしますよ」

「優里香ちゃん的には凄くありがたい存在だよね」

「でも、俺は……」


 なんか複雑そうな顔になって黙ってしまった。

 なにを言いたいのかは分からないから黙って待っていたんだけど、残念ながら予鈴が鳴って駄目になった。

 意味深な終わり方だったから気になって気になって仕方がなかったものの、授業をサボるわけにもいかないし、サボらせるわけにもいかないから頑張って我慢した。


「俺はそら先輩のために動きたいです」

「え、特に困っていることとかは航生君達がいてくれているからないけど……」


 お昼休みになった瞬間に教えてくれたから落ち着かないモードからは変身できたのだが……。


「というか、俺が単純にそら先輩といたいだけなんですけどね……」

「私だって一緒にいたいからこうして行動しているんだよ?」

「……最近はそれだけじゃ足りないんですよね、言ってしまうと真海や兄貴みたいに俺もそら先輩と特別な関係になりたいです」

「航生君もそういうことに興味があるお年頃かー」


 うーむ、いざ実際に求められてしまうとこれはいいことなのだろうかと考えてしまうということを知った。

 どこかでいいところを見せたとかそういうことなら分からなくもないけど、残念ながら私が見せたところは叫んだり慌てたり拗ねたりしていたところだけなんだから。

 そもそも出会ったきっかけだって馬鹿みたいにベンチに転んでいたからだし、ほ、本当にどこを気に入ってくれたんだ彼は……。


「優里香が無理になったから、真海が無理になったから、だから最近知り合ったそら先輩に変えた、そんなことは一切ないので勘違いしないでくださいね」

「無理だから変えたということでも構わないよ、でもさー、相手が私だからさー」

「あ、そういうのはいりません、不満を感じているならこんなこと言わないですよ」

「あ、はい、なんかすみません」


 やはり最近の若い子は強いようで羨ましかった。

 いいか、別に無理やりそう言わせたというわけではないのだからと終わらせる。


「弁当を食べましょうか」

「そうだね、お昼ご飯もちゃんと食べないと駄目だからね」


 付き合い始めたその日ってどうするのが正解なんだろう、泊まるか泊めさせて一緒にいるのが正解なんだろうか。

 それともあくまで普通を意識して別れて、そして翌朝に集まって一緒に登校するとかの方がいいのかな。

 誰かと付き合うということはこれが初めてだから分からない、ただ、一組一組で全然違うだろうからそもそも正解なんてものがあるのかどうかも怪しいところだ。


「あ、航生君が作ってくれたご飯が食べてみたいな、あのときは人数が増えたら困るって断られちゃったから」


 何回も行きましょうと誘われていたらあのときの私でも行っていた。

 一応合わせようとするところはあるからだ、そういうところがあるからこそこれまでもそこまで問題にはなってこなかった。

 協調性とかがなければひとりになるだけではなく、私は周りの子から嫌われていたことだろう。


「普通ですよ? 食材が優秀だからなんとかなっているだけですよ?」

「それでもいいから食べさせてほしいな、大丈夫、その次は私もちゃんと頑張って作るからさ」


 というか、彼の家に行ってみたいという気持ちの方が大きかった。

 真海がいたがれば真海とも話せるから丁度いい。

 なんか家でもあんまりゆっくり話せなくなってしまったからきっかけが欲しかったのもある。


「それなら今日は家に来てください、可能であればそのまま泊まってほしいです」

「じゃあ帰ったらすぐにお風呂とかに入るね」


 充電器とかそういうのを持っていけばお泊り会みたいで楽しめるだろう。

 今回は夜遅くまで起きて静かに話し合いたい。

 場所が場所だからなおさら気をつけなければいけないけど、逆にそれが修学旅行のときにいつまでも寝ないで話し続けるみたいな感じになっていいと思う。


「別にこっちで入ってくれてもいいですよ?」

「ううん、さすがにそれは勇気がいるから入ってから君のお家に行くよ」

「抱きしめることに比べたらそんなの全く勇気はいらないじゃないですか」

「そんなに君のお家で入ってほしいの?」


 いや、ある意味抱きしめることよりも勇気がいることだよ。

 私があくまで普通にいられるのは彼や優里香ちゃんといるときだけだ、ご家族と会うことになったらどうなるのかなんて容易に想像ができる。

 そういうところを見せないためにもこれは必要なことだった。


「俺がどうこうではなく、面倒くさいだろうから言っているんですよ」

「歯ブラシとかを取りに行かなければならなくなるんだから変わらないよ」

「はぁ、とにかく約束は守ってくださいね」

「当たり前だよ、ほら、残りを食べよう」

「……そうですね」


 すぐに違うところを見てしまうところが可愛い。


「今日は寝かせないからね」

「それはこっちが言いたいことですよ、この前なんてあっという間に部屋にこもってしまいましたからね」

「あれは優里香ちゃんの体調が微妙だったからだよ」

「どうだか、本当は俺のことなんてどうでもよかったんですよね」

「いや、他の子がいるときに君だけを優先して行動できるわけがないでしょ」


 体調が微妙だからとはいえ、すぐに彼を頼ってしまうところが怪しかった。

 いいのか悪いのか他の子が好きでいることをその後は教えてもらえたわけだけど、それでも放置はできなかったから仕方がない。


「ほらほら、拗ねないでよ」

「……最初とは本当に変わりましたよね」

「変えたのは君達だよ」


 結局、すぐには直らなかったからご飯を食べることに集中した。

 母が作ってくれるお弁当はいつも美味しくて本当にありがたいことだった。

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