07話.[楽しめたかもね]
「航生、入るよ」
寝すぎていたから早めに目が覚めてしまった。
もう一度寝るということは不可能だったから一階にひとりで移動してきたことになるけど、そら先輩の家にこんな時間にいるのは初めてだから少し緊張している。
なんで分からないけど同性の先輩が好きだということも言っちゃったからなあ。
「航生、起きて」
「……体調はどうだ」
「もう大丈夫」
「……藤間先輩は?」
「まだ寝てるよ、起こすのは悪いからここに来たんだ」
いちゃいちゃしているところを見たくないからここに来たことは知っている。
でも、ずっと自分がいるところでそうするわけじゃないんだから部屋に戻ればよかったのにと言いたくなる。
私からしたらそら先輩といたくてそういうことにしたようにしか思えなかった。
「水着、航生だって見たでしょ? それなのにどうしてまたなの?」
「あのときは優里香を優先していたからな」
「それで今度はふたりきりでゆっくり見たいってこと? なんかそれって変態だね」
「……一緒にいられればそれでいいんだよ、水着は……あんまり関係ない」
「ははは、どうだか」
横に座って意味もなく彼の方ではなく入り口の方を見る。
多分、あの感じだとすぐには起きてこないだろうから話をするならいまだった。
「航生、私はまた失敗をしちゃったよ」
「誘うこともできなかったのか?」
「うん、まあ、頑張れていたとしても当日に風邪を引いて駄目になったんだけど」
「それは誘えなかったことが影響していたんだろうな」
それは間違いなくある、お祭りの日が近づくにつれて精神状態も悪くなっていっていたから。
正直、そら先輩が誘ってくれたときに受け入れればよかったと後悔している自分も存在している。
でも、賭けたくなるというか、可能性が低いとしてもなんとか! って捨てきれなくて断ってしまった。
あのときは「仕方がないよ」と言っていたけど、顔は明らかに残念といったような感じでそれでも複雑な気持ちになった。
「これならまだ参加して空気が読めない人間でいた方がマシだったな」
「俺ら的には大歓迎だったけどな、ふたりきりより藤間先輩も安心できるだろうし」
「航生的には? 本当にそれでよかったの?」
「俺らは別に特別な仲というわけではないからな」
頑張って抑えているだけ、そんな風には見えない。
ただ、私の方がこのままだと嫌だった。
明らかに彼は意識してそら先輩と一緒にいるのに、そのそら先輩は私とくっつけようとしていたぐらいだからだ。
「でも、俺はあの人の側にいたい」
「うぅ、私もあの人の側にいたいよ……」
「じゃ、お互いに頑張らないとな」
「そうだね」
だけど私の方はこのままでいい、この状態で頑張っても空回りするだけだから。
んー、不自然な感じにならないよう行動するのは可能だろうか。
幸いなのは彼自身がそら先輩といたがっていること、そのため、こうしたらどうかなとか言ってみることは可能になる。
「はぁ、ここにいたんだ、起きたらいなかったから心配になっちゃったよ」
で、名前で呼んでみたらどうかなと言う前にここに来てしまった。
聞かれたくないこととかはもう全くないから問題はないと言えばないけど、一応言ってみることでなにかが変わる可能性もあったのにな。
しかもこれ、航生に会いに来たんじゃなくて私のためにだからね……。
「ごめんなさい、寝すぎて早い時間に起きてしまったんです」
「ううん、元気ならいいよ――ん? あ、そういえば乃上君もいたんだっけ」
「「えぇ……」」
「ごめんごめんっ、なんか色々あって忘れちゃっててさ」
というかさ、そら先輩って――いやいやいや! そんなことできるか!
「今日は海辺まで行くからね、少し早めの朝ご飯にしようか」
ここにいる航生君がふたりで行くことにしているから参加するわけにもいかない。
直接見られないというのはもどかしいな、それとも、付いていっちゃう?
近づかなければふたりの邪魔してしまうということはない、つまり本末転倒状態にはならない。
「作れるんですか? 真海がいつも『お姉ちゃんはちょっとした家事もできないんですよ』と言っていましたけど……」
そんな余計なことは言わなくていい、真海ちゃんのイメージだって悪くなるかもしれないんだから。
んー、これを見る限りでは彼にも理由がある気がした。
そういう余計なことは言うのに大事なことはなにも言えていなさそうだった。
「お、お母さんがご飯を炊いてくれているからお湯を沸かしてインスタントのお味噌汁を作ればいいかな~……って」
「俺は食べさせてもらえるだけでありがたいですよ」
「じゃあリビングに行こう」
その前に顔を洗うために彼が洗面所を借りることになったから付いていく。
「タオルとか必要な物を全部持ってきたんだね」
「そりゃまあな、歯とかだって磨きたいし」
「着替えも持ってきて、まるで長期間お泊りするみたいな感じだよね」
「俺はほとんど毎日藤間先輩といたから似たようなものだよ、流石に夕方になれば帰るけどな」
私に足りないのはこういうところだ。
もちろん彼だって遠慮とかはしているだろうけど、自分がしたいことをそれなりにできている気がする。
その点私は迷惑だからとか言い訳をして部屋にこもっていただけだ。
そりゃ行動をしなければなにも変わらない。
そら先輩だってちゃんと行動しているからこそいい生活になっていると思う。
一緒にいたいから誘う、私はそれすらもできていないから断られたこともない。
「なんでこうなのかな~」
「奇麗なタオルがあるから貸してやろうか? 顔を洗いたいだろ?」
「ありがとっ」
「お、おう、じゃあ先にリビングに行っているから」
このままでは駄目だ、このままでいいわけがない。
それこそふたりは無自覚に見せつけてくれている状態だった。
だから本当は真海ちゃん達を偉そうに言える立場ではなかった。
「真海、帰ってこなかったね」
「まあ、部活がないとなれば兄貴といたいでしょうしね」
ふたりで段差に座って海を見ていた。
波の音が落ち着く、格好的にはちょっとあれだが。
「優里香ちゃんも連れてくればよかった」
「治ったばかりですから駄目ですよ」
「あんなにご飯を食べていたのに?」
「色々と複雑だったんじゃないですか、それを食べることでなんとかしたかったのかもしれません」
結局、答えにはなっていない、治りかけならあそこまで食べられはしないだろう。
「俺、藤間先輩ともっといたいです」
「えー、もうずっと一緒にいるけど」
「夏休みだけじゃなくて学校が始まってからもってことですよ」
「なるほどね。そんなの私だってそうだよ、一夏限りなんて嫌だからね」
多分、いま去られたら本気で泣くと思う。
お喋りが好きな自分であっても家族だけがいてくれればそれでいいとなりかねないぐらいだった。
意識していなかったとしても彼らは私を変えたことになる。
変えておきながら去ろうとしているのなら文句だって言いたくなるところだけど、そうではないみたいだから言う必要はなかった。
「はあ~、ここに来たのはいいけど帰るのが大変だね」
「ちょっ、な、なにしているんですか」
「足を借りているんだよ、老体にはきついんだよ」
「……あの日もそれで寝転んでいたんですか?」
「夏の気温が好きだから寝転んでいただけだよ、そうしたら君が怖い顔で『おい』と話しかけてきたんだ」
情けないところを晒して、逃げて、だけどすぐに戻ることになった。
私が二年生だということを知って敬語に変えたのは驚いたな、あのまま「変えないからな?」と続けるかと思っていたから。
「修学旅行とかは楽しめないだろうから君達と出会えたことが、過ごせたことが高校でのいい思い出ということになるんだよ」
「分からないじゃないですか、兄貴と一緒になればきっと楽しめますよ」
「自由に選べるわけじゃないからね、その可能性は低いよ」
手を伸ばして彼の頬に触れる、女の子に負けないくらい奇麗な肌だった。
「君がいてくれたらグループが違っても楽しめたかもね」
「……学年が一緒だったらどうなっていたのかは分かりませんよ、そもそもこうして話していなかったかもしれません」
「そうかな、私は学校で休むことも多いから『おい』って話しかけていたかもしれないよ?」
うん、いま分かったけど私は変なことをしている。
他の誰かとくっつけようとしておきながら毎日一緒に過ごしたりとか、こういうことをしたりとかね。
確かに彼の言うように気をつけなければいけなかった、これとか完全にアウトだ。
突っぱねることができなかったのはこれでも一応女だからだろう。
「ご、ごめん、これもひとりで過ごしきた弊害なんだよ」
「ひとりで過ごしてきたからってこうして触れたりするんですか?」
「だからこそだよ、甘えたくなるんだよ」
「俺を求めているということですか?」
「そりゃ……」
気づいてしまう前に他の子と付き合ってほしいと――いや違う。
でも、彼が誰かと付き合っても別に嫌だとかそのようには感じていなかった。
当たり前だ、なんでもないのに、期間も短いのに、そんな私が独占欲を働かせていたら気持ちが悪いだろう。
「と、とりあえず体を起こしてください」
「うん」
なにかを羽織っているとかそういう状態でもないのに私は……。
簡単に言ってしまえばほっそい棒きれみたいな体で誘惑していたようなものだ。
ま、まあ、足に頭を乗っけていただけだからそこまでではないにしても、うん、服を着ているときと違って健全さがない。
「最初はね、優里香ちゃんが好きなのに隠しているだけだと思っていたの」
「優里香に好きな人がいることは教えていませんでしたからね」
「仮に教えてもらえていたとしても君は我慢しているだけに見えていたよ」
「優里香はいい子ですけど、そういうのは昔から一度もありませんよ」
「あっても関係ないけどね、誰が誰を好きになろうと自由なんだから」
私はともかく彼はやられてしまうかもしれないから着替えて帰ることにした。
ちゃんと約束を守る人間だということが伝わっていればよかった。
「忘れ物はない?」
「うん、それじゃあ行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
夏休みが終わってしまった。
気温が高いからすぐに駄目になってしまうというわけではないものの、すぐに秋になってしまうという現実を恐れている。
「おはようございます」
「おはよう、って、なんでここで待っていたの?」
「そんなの藤間先輩と登校したかったからですよ」
この前もそうだけど言わないで実行することを気に入っているのだろうか。
私がこの時間に出なかったらどうするんだろうとか、そんなに急がなくたって私の友達はふたりしかいないんだから問題ないとか考えながら歩いていた。
「俺は早く秋や冬になってほしいです」
「暑いのが駄目な人って寒いのも駄目なんじゃないの?」
「秋や冬になれば藤間先輩が外をうろうろすることもなくなりますからね」
なるほど、でも、そうなったら私は部屋に引きこもるようになる。
一緒にいたいらしい彼的には耐えられるのだろうか。
まあ、彼だったら部屋に入れてあげてもいい……かな。
そもそもこの前お布団を届けるためとはいえ入っているわけだし、いまさら気にするのもおかしなことだった。
「あ、おはようございますっ」
「あ、朝から元気だね」
「はい! 私はもう前までの星野優里香ではありませんから!」
偉そうだけど元気なのはいいことだった。
急に私もなにかを頑張ろうとしなければならない気がしてきたので、
「優里香ちゃん、またいつか私の家に泊まってよ」
こんなことを言ってみた。
あれは乃上君が自宅にいなかったからこっちに来ただけだ、泊まったことには変わらないけどなんか違う気がするからやり直しがしたい。
「いいんですか!? それなら泊まらせてもらいます!」
「うん、来たくなったらいつでも言ってね」
「ありがとうございます!」
も、もうちょっと落ち着いてくれるとありがたいかな。
自分がこんな感じだからこのままだときっとついていけなくなる――あ、彼を気に入っているのはもしかしたら一定だからかもしれない。
感情的になるというか、慌てたりするのは真海と乃上君兄がいちゃいちゃしているときだけだから安心できるんだ。
「早速頑張らないといけないのでそら先輩に付いていきます、ここからは静かな優里香にモードチェンジします」
「ははは、本当にその好きな人に気に入ってほしいんだね」
「いえ、気に入ってもらいたいのではなく好きになってほしいです」
「ああ、恋をしているならそうだよね」
ところで、乃上君は静かに教室の方に歩いて行ってしまったけど……。
私が悪いわけではないのになんとなく責められている自分が想像できてしまった。
「それではこれで、そら先輩とは別のクラスなので」
「うん、頑張って」
「ありがとうございます」
自分の椅子に座ってのんびりとしていたら急に頭が支えられなくなりそうになったという……。
「よう、航生がいつも世話になっているな」
「乃上君兄か、真海がいつもお世話になっています」
「俺が真海といたいだけだからな」
んー、彼の場合は目の前に大きな壁ができたみたいで不安になる。
ただ、こうして触れたりしてくるところは兄弟で似ている気がした。
頭がガクッとなったのは彼が腕を置いてきたからで、私の頭は物置き場ではないんだぞと文句も言いたくなったけど我慢した。
「やめろよ兄貴っ」
お……っと、意外と近くにいたみたいだ。
不機嫌になられて一緒にいられなくなるよりはいいけど、彼も彼でよくここに来られるなと思う。
私だったら先輩の教室に入ることなんてできない、優里香ちゃんみたいに勇気を出そうとしてもこの前みたいになるのがオチだ。
「おーおー、怖い顔をするなよ」
「これ以上やったら藤間先輩の身長が更に縮むかもしれないだろ!」
だからそんなに小さくないって、あの後調べてみたけど女の子の平均身長は百五十七センチとか八センチとかなんだから。
「ん? お前まだ名前で呼べてないのか」
「お、俺らには俺らのペースってものがあるんだよ、兄貴は余計なことをしていないで真海と仲良くしておけよ」
求めてこないから私からも言わないようにしているだけだった。
求められたら普通に受け入れる、名前呼びの方が仲がいい感じがするからね。
というか、彼のだけ拒んでいたらおかしいからできないと言うのが正しいかもしれない。
「学校が一緒ならそうしたさ、だが、残念ながら俺は高校二年生で真海は中学二年生だからな」
「中学二年生を自由にする高校二年生ってやばいよな」
「いや、お前も知っているだろうが、本当のところは――」
「……まあ、流石藤間先輩の妹って感じがするよ」
「藤間みたいな人間が本気になるとすごいんだよなー」
じゃあ私はまだ本気を出していないということ? あ、確かにそうか。
多分、こんな自分でも彼のことが心の底から好きになれば行動を始める、それこそ彼が最初言っていたように興味があるなら動くしかないからだ。
「駄目だあ~……」
「こいつさ、俺が協力してやろうかって言っているのに聞かないんだよ」
「自分だけで頑張りたいことはあるよ、何回も失敗しているようなら誰かを頼るのもいいと思うけど」
「「うっ」」
何故かふたりが胸を押さえて崩れ落ちてしまった。
それでも頑張ってきた優里香ちゃんが先に復活して「気持ちはありがたいけど自分だけで頑張りたいんだ」と答えていた。
「ちなみに航生も駄目なんだよ、絶対に受け入れようとしないんだ」
「男の子だからだよ、だからこそひとりで目標を達成できるように頑張るんだよ」
「でも、家ではいまの優里香みたいに『駄目だ~』とか言っているんだぜ?」
「お家でぐらいいいでしょ?」
「それを聞くことになるのは俺と両親だからな……」
真海がきっかけとはいえ、いちゃいちゃを見せているんだから似たようなものだ。
自分のことを棚に上げて発言してはならない。
私としても気をつけなければいけないことだからしっかり意識して行動しようと内で呟いた。
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