06話.[明日がいいです]
「結局、優里香ちゃんとは一度も会えなかったね」
「そうですね、もしかしたら会場にすら来ていなかったのかもしれません」
「なにがあったんだろ、全く話せていないからどんな感じなのかも分からないよ」
「俺もですよ、アプリで頻繁にやり取りをするわけではないですからね」
元気でいてくれているのならそれでいい、でも、そうではないということならせめて彼には頼ってほしいと思う。
「なんか心配になるからお家に行ってあげてくれないかな?」
「藤間先輩はどうするんです?」
「私は力にはなれないからその場合は帰らせてもらうよ、前にも言ったようにお母さんが心配性だからね」
不公平と言いたいなら海に行くときに他の言うことも聞くと言っておいた、そうしたら彼も「分かりました、それでも家まで送ってからですけどね」と言ってくれて嬉しかった。
「やっぱりひとりじゃないっていいね、美味しいとかそういうことも言えるからさ」
「そりゃ祭りとかなら誰かがいてくれた方がいいですよ」
「乃上君でよかった」
なかった話だけど、みんなで見て回るとかそういう話になっていたらどうなっていたのかは分からない。
来年からはひとりでいいかなと考えるかもしれないし、逆に気に入っていた可能性もゼロではない。
ただ、どうなるのか分からないというのは不安になるものだからこういう形で助かったことになる。
「優里香が相手でも言っていますよね」
「楽しめたらね」
「もう少し気をつけた方がいいですよ」
私は本当のところを吐いているというだけだ、なにも問題にはならない。
自分の影響力が全くないとかそういう風に考えているわけではない、でも、相手が彼だから尚更そういうことになる。
そもそも近くに優里香ちゃんがいるのに出会ったばかりの私なんてね。
「海、いつ行く? あ、ふたりきりの方がいいのかな?」
「プールのときは優里香ばかりを優先することになりましたからね、俺としてはふたりきりがいいです」
「じゃあ行きたくなったら連絡して」
「明日がいいです、後にするとそのまま夏休みが終わりかねないですから」
「ははは、そんなにいいものじゃないのに」
なんとなく優里香ちゃんも参加ということになりそうだった。
私としてはそれでも全く構わないからその場合は受け入れようと決める。
彼はね、お祭りの雰囲気にやられておかしくなってしまっているだけなんだ。
家に帰ればきっとはっとする、なにを馬鹿なことを言っていたんだろうと後悔することだろう。
でも、断らずに別の日と言ったのは私だから付き合う、彼には付き合ってもらう。
こちらとしても確かに一回だけしか着られないのはもったいない気がする、そう感じている自分もいるからだ。
「送ってくれてありがとう、優里香ちゃんのことお願いね」
「はい、それじゃあまた明日の朝に行きますから」
「うん、待ってるね」
家の中に入ったらすぐにリビングへ突撃した。
母と父のために一応数種類の食べ物を買ってきたから食べてほしかった。
「おかえりなさい」
「ただいま、これ、買ってきたから食べて」
「あら、ありがとう、お父さんと食べさせてもらうわ」
少し確認してみたけど、どうやらまだ真海は帰ってきていないみたいだ。
一応聞いてみると「今日は乃上君のお家に泊まるらしいわよ」と教えてくれた。
お祭りの後にそうするなんて怪しいと妄想が得意な女は呟きつつお風呂へ。
「ふぅ~」
最初から知っていたら弟君の方をこっちに泊まらせたんだけどなあ。
学校が違うというのはちょっとした壁になるだろうし、夏休みの間に真海にはもっと仲を深めてほしいからだ。
「そら、乃上君――あ、弟の航生君が来てくれたわよ」
「え? あ、それならすぐ出るよ」
失敗に終わったとかそういうことの報告のために来たとは考えづらい。
となれば、家でいちゃいちゃしているふたりを見て慌てて出てきたというところだろうか。
「はぁ、はぁ、い、いきなり来てすみません」
「大丈夫だよ、それでどうしたの?」
「泊めてください! それかもしくは藤間先輩が俺の家に来てください!」
「あー、もしかしなくても真海が――」
「そうです! いやっ、真海はいいんですよ、問題なのは兄貴ですから!」
力強すぎる、この前のときといいどれだけ嫌なことなのか……。
「いいよ、それならこっちに泊まってよ」
「ありがとうございます!」
それでもなんとかお風呂には入ってきたみたいだからもう寝られるようだった。
まあ、まだ余裕があるからある程度のところで敷布団を敷こうと決める。
「あ、優里香のことなんですけど、残念ながら家にはいないようでした」
「そうなんだ、ご家族で親戚のお家に行ったりしているのかな」
「いえ、それはないと思います」
「じゃあ本当にどうしたんだろう」
って、こんなことを言っている割には『どうしたの?』とすらメッセージを送っていないのだから話にならない。
ただ、あくまでそれは私の話で、彼の方にもなにも言っていないのがやはり気になってしまうものだ。
「多分、向こうがその気になればまた現れますよ」
「うん、むしろそうじゃないと嫌だからね」
「俺だってそうですよ、優里香とはもう長いので」
リビングだと母がゆっくりしていられないかもしれないからと客間に移動した、全てを言ってしまうと部屋に連れて行くのはできなかったというだけだが。
それにここなら敷いて部屋に戻るという行為が簡単になる、これが部屋からここに移動して、敷いて、そして戻るということになると変わってくる気がしてね……。
「たまに兄貴に騙されているんじゃないかって不安になるんですよ」
「真海は強い子だから大丈夫だよ、逆に相手を攻めているところが想像できるよ」
「それなら藤間先輩も同じかもしれないですね」
「えー、私はそんなことできないよ」
話すこととどこかに行くのに付き合うぐらいが私にできる最大のことだった。
もしかして真海を重ねてそういう風になるのを期待している? やっぱり好きだったけど諦めるしかなかったとかそういうことなんだろうか。
んー、真海の代わりとして求められるというのはなかなかに複雑だあ。
「どれだけ仲良くなっても私は真海にはなれないよ?」
「え? なんで急にそんな当たり前のことを言うんですか?」
「や、私に重ねているのかなーって」
「そんなことしませんよ、大体、そんなことをしてなんの意味があるんですか」
なんの意味があるって、私が実際にそうできるのであれば真海のことを忘れられるかもしれないからだ。
残念ながらそんなのは不可能で、いまも言ったようにたくさん一緒にいてもなにがどうなるというわけではないが。
「もしもし?」
「……家の前にいるので開けてください」
「わ、分かったっ」
慌てて移動して扉を開けるとやたらと弱っているように見える優里香ちゃんがそこにいた。
とりあえずソファに座らせてから温かい飲み物を用意するために台所に移動する。
「はぁ、お祭りには行きましたか?」
「うん、乃上君と行ってきたよ」
別に悪いことをしているわけではないから楽しめたとも言っておいた。
来年もできることなら一緒に行きたい、が、その可能性は低いと考えている。
「私、今日は体調が悪くて行けなかったんです」
「えっ、体調が悪いのに来ちゃったの?」
「最初は航生の家に行ったんです、そうしたらそら先輩の家にいるって教えてくれたので、はい、そういうことになりますね」
弱っているときに一緒にいたくなるなんてこれはもうそういうものだと言っているようなものだ。
私はついに彼女のために動けるということになる。
「客間にいるから先に行ってて、というか、優里香ちゃんは寝なくちゃ駄目だよ」
「はい……」
紅茶を人数分用意してから私も客間へ移動した。
ただまあ、風邪のときに困らせるようなことはしたくないから黙って見ていることにするが。
「悪かったな、普通に別れたんだけど兄貴達がうるさくてさ」
「あはは、あのふたりは仲がいいからね」
「優里香はてっきり先輩と行っているものだと思っていたんだけど、まさか体調を悪くしていたとはな」
先輩? なるほど、だから参加できなかったのか。
彼が知っていたのなら最初から聞いておけばよかった――って、聞いたか、それで分からないって言われたんだ。
じゃあ短期間しか関わっていない私には言えなかったということになる。
「起きたら微妙な感じでね、でも、わざわざ言うのも違うかなーって……」
「言ってくれれば家に行ったけどな、てか、さっきだって行ったんだぞ?」
「あー、さっきまでずっと寝ていて真っ暗だったからね」
「体調が悪いときは寝た方がいい、祭りに行けなかったのは残念だろうけどな」
「……私は今年も無理だったよ」
気になるだろうから挨拶をして部屋に戻ることにした。
乃上君があのタイミングで来てくれてよかったのかもしれない、そのおかげで歯を磨くという行為を短時間で何回もしなくて済んだから。
椅子に座って紅茶をずずずと飲む、私は猫舌だから正直に言ってあつあつよりも多少ぬるくなったぐらいの方がいい。
「あの感じだと乃上君が好きというわけじゃないんだろうな」
私でも分かる、あれは違う人に恋をしている子の顔だ。
だけどどうやら上手くいってなさそうだ、だからといってこちらがなにかをできるというわけでもない。
ここは気づかなかったふりをして相手をしなければいけないところだけど、私にそんなことができるかな。
「そら先輩、入らせてもらいますね」
「あ、うん」
部屋の入り口の方を向くとなんとも中途半端な顔をして彼女が入ってきた。
座らせてあげたいからベッドに座らせてこちらはその前に座る。
「いまそら先輩が呟いていたように私が好きなのは航生じゃありません」
「そうなんだ、じゃあ乃上君に悪いことをしちゃったな」
「私が好きなのはそら先輩と同学年の女の先輩なんです」
「先輩は先輩でも二年生なんだ」
それならまだチャンスはある、少なくとも三年生よりもマシだと言える。
「でも、上手くいっていなくて、これで五回連続で失敗したことになるんですよね」
「そ、それってお祭り……」
「はい、入学してから出会ったわけではないんですよ」
失敗って自分が行動する前に他の人に負けてしまっているだけなのか、それとも、単純に動けなくて~的なものだろうか。
同性だろうがなんだろうが勇気を振り絞らなければできないことというのはたくさんある、私はそういうことを多く経験してきたからなんとなく分かる。
ただ、ここで偉そうに分かるよなんて言ったら怒られそうだったからやめておくことにした。
「ふぅ、そら先輩や航生と話せて少しすっきりしました」
「そっか」
「今日はここで寝てもいいですか?」
「いいよ、それなら敷布団を――君は超能力者なのかな?」
持ってこようとしたらすぐにそれを持った乃上君が部屋に入ってきた。
廊下で聞いていたということだ、いいことなのかどうかは分からない。
まあでも、もう言ったりはしない、そんなことをしても悲しい結果にしかならないから。
「違います、長く一緒にいるとはいっても一緒に寝るわけにはいきませんからね」
「持ってきてくれてありがとう」
「はい、優里香のことお願いします」
「うん、おやすみ」
「はい、明日はちゃんと約束を守ってくださいね」
うなずいたら満足したような笑みを浮かべて出ていった。
とりあえず敷いてそこに彼女を寝転ばせる。
すっきりしたのは精神的にだけだろうからいまは休むことが大切だ。
「明日、なにかあるんですか?」
「あー、なんか水着を見たいとか言ってきてさ」
「航生がですか? ふふ、なんか面白いですね」
「最初は優里香ちゃんのだと思ったんだけど、なんか違かったんだよ」
やばいとか言ってくれたくせによく分からないことを言う。
そもそもそういう見方をしているあの子の方がやっぱりやばいんだ。
何度も言うけど私は百五十五センチだ、基本的に女性はそんな感じだから普通だ。
「航生はそら先輩に興味があるんですね」
「あー、それは私が一緒にいたいって本人に言っちゃったからだよ。心配になるって言ってたし、別に恋愛感情とかそういうのは全くないよ」
今日ここに来ているのだって目の前でいちゃいちゃされるのが嫌だっただけだし、彼女の家に行った際に出てもらえなかったからだ。
また、迷わずにここに来たのだとしても特別な感情があるからではない、逃げられればどこでもよかったことになる。
「ちなみにそら先輩的にはどうですか?」
「乃上君は意地悪なところがあるけどいい子だよ、一緒にいて安心できるからこれから先も一緒にいたいかな」
「それ、本人に言ってあげてください」
「ほとんど隠さずに言っちゃっているからなあ」
「いま、言ってあげてください」
そういうことで直接ではなかったけど部屋から追い出されてしまった――ううん、単純に私が圧に負けていづらくなったというだけか。
一階に移動して客間の前で深呼吸をしたものの、もう夜なのにふたりきりになるのは違う気がしてリビングに行き先を変えた。
もう寝ているかもしれないし、うん、私は普通のことをしただけだ。
「あれ、まだここにいたんだ」
移動できればよかったから電気が点いていたこともどうでもよくなっていた。
「ええ、まだ二十一時半だから」
「お父さんはもう戻ったでしょ?」
「明日もお仕事があるもの」
「まあいいや、お母さん付き合ってー」
真海がいればそっちに相談を持ちかける、なんてこともできたんだけどいないから意味がない。
というか、真海がこの家にいるなら乃上君がこの家に来ることはなかった。
「お母さんは真海が乃上君のお兄さんと付き合っていたのを知っていたんだよね?」
「ええ、だって何回もここに連れてきてくれたから」
「おかしいな、それなのに私は全く気づけなかったけど」
いまと違って帰宅時間が遅いということはなかった。
日曜日はともかくとして、土曜日は部活があったから外に出られるような体力が残っていなかった。
前にも言ったように安心して行動できるのは春と夏だけだ、秋と冬は部屋に引きこもっていたから言ってさえくれれば私だって……。
「私が止めていたのよ、だってあなたは人と関わるのが苦手でしょう?」
「なるほど、じゃあ真海もそういうことなのかな?」
「そうよ」
まあ、知ることができてもそうでなくても変わらなかったというのは確かなことだと言える。
それならいいか、妹が付き合っているというだけで私には関係ないんだしね。
そっちはそっちで自由にやってほしい、巻き込んできたりしなければそれで十分だろう。
「でも、そろそろ寝るわ、あなたも夜ふかしをしないようにね」
「うん、おやすみー」
三十分ぐらい時間をつぶしてから戻ろうと決めた。
それなら頑張ったということが伝わるはずだし、時間的にも自然な感じになるから悪い結果には繋がらない。
「藤間先輩、風邪を引きますよ」
「え……? 夏なんだから大丈夫だよ」
気づいたら何故か目の前に乃上君がいた、足音とかも一切聞こえなかったのにどうやって来たんだろう。
「それでも寝るなら部屋で寝てください、風邪を引かれたら水着が見られなくなるじゃないですか」
「私は時間をつぶしてから――え? あれ、もう二十三時なの?」
「はぁ……」
ソファが気持ち良すぎてどうやら寝てしまっていたようだった。
このすぐに寝られる能力が中学のときにあってくれればよかったのにと自分に文句を言いたくなった。
というのも、受験のときは本当に酷いことになったからだ。
寝なければいけないと考えるほど寝られなくなって、当日は寝不足状態のまま迎えることになった。
もう二度とあんなことにはなってほしくはないと思っているけど、残念ながら三年生になれば今度は就職活動をしなければならないという……。
しかも今後に物凄く影響を与えることだから困ってしまう。
「起こしてくれてありがとう」
「はい」
歯を磨いてから部屋へ。
優里香ちゃんはすやすや寝ていたから私も気持ち良くベッドに寝転べた。
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