05話.[椅子が助かるよ]
八月になった。
八月でも真海は部活を頑張らなければいけないから大変だと思う。
まあ、こういうことを言うと「運動部に所属することを選んだのは自分だからね」と大人の反応をされてしまうが。
「ここ、教えてください」
「ああ、それなら簡単だよ、ここをこうして」
「なんで簡単に解けるんですか? 俺、相変わらず数学系だけは駄目なんですけど」
「一応やってきたからね。大丈夫、やり続ければちゃんと理解できるから」
逆に私は彼と違って運動面が微妙だった。
そこまで酷い成績ではないものの、体育で外にいるのは嫌いだ。
しかもあれは春夏秋冬いつの季節でも実行されるから困る、冬のときのことを考えるだけで体が震える。
そう考えると私がのんびり落ち着ける時間は少ないということだ、それならいまの内に楽しんでおかなければならない。
「乃上君は夏祭り、誰と行くの?」
「誰からも誘われなければひとりで行きますよ、ちなみに去年は友達と行きました」
「優里香ちゃんがどうするのかは分かる?」
「すみません、分からないです」
「いいよいいよ、乃上君が悪いわけじゃないよ」
じゃあふたりと行ける可能性は低いと考えておこう。
実は去年までずっとひとりで行っていたから問題ないというのはあった。
美味しい食べ物が食べられればそれでいい、でも、そう考えつつも友達と来られて楽しそうにしている子達が羨ましかったんだよね。
だけどそういう感情を優先して彼らを巻き込むのは違うので、それ以上は広げずに終わらせておいた。
「今日はとりあえずここらへんでやめておきます」
「そっか、お疲れ様」
「転んでもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
というかこの子、どうして今日はここで課題をやることにしたのだろうか?
優里香ちゃんやあのときの友達が無理だったとしても私以外にもまだまだ友達はいるだろうから違和感しかない。
しかもこれ、連絡をしてから来たわけではないんだ、そういうのも影響して余計におかしく見えてくるというものだった。
「どうして夏祭りのことを聞いてきたんですか、行きたいんですか?」
「行けるなら誰かと行けた方がいいからね」
ひとりでも楽しめるけど信用できる相手と行けるのが一番だ。
結局いまの状態は一緒に行ってくれる存在がいないから言っているようなもの、いや、私は本当に楽しめるけど他者から見たら強がっているようにしか見えないだろうからね。
「じゃあ俺が『一緒に行きたいです』と言ったら受け入れてくれるんですか?」
「当たり前だよ、乃上君や優里香ちゃんなら一緒にいて安心できるからね」
それを狙って口にしたんだからいちいち聞いたりしないでほしいが。
一緒に行けるなら一緒に行く、無理なら無理と言ってくれればいい。
断られてもお祭りを楽しめないというわけではないんだからいいんだ。
「それなら一緒に行きましょう」
「いいの? あ、友達と行くってなっても大丈夫だから」
「約束をしているのにそんなことはしませんよ」
勇気を出した結果疲れたから近いところに私も寝転んだ。
不思議だ、出会ったばかりの男の子とこうしているんだから尚更そう感じる。
ただ、先程はどうしてなんて言ったけど、この前あんなことを言ってしまったから来てくれたんだろうと想像していた。
「真海が帰ってきませんね」
「確かに、もう十三時を過ぎているのにね」
午前中からか午後からか夕方までかと時間は三種類あるものの、夏休みはどれもお昼には終わると言っていたのに帰ってくる気配がない
でも、乃上君兄も部活に入部しているわけではないから会っている可能性がある、いつだろうとなんだろうと彼氏彼女とはいたくなるものなのかもしれない。
「乃上君がお家にいないのをいいことにお家に誘って自由にしているかもよ?」
「あー、兄ならそういうことをしそうなんですよね……」
「それで真海は『あ、汗をかいているから』とか言いながらも受け入れてそうだ」
「……簡単に想像できてしまうのも問題ですね」
私が言いたいのは無理やりはやめてね、ということだけだった。
真海が嫌がっていないなら嫌がられない範囲で楽しくやってほしい。
元々真海の方がしっかりしていたからいまさらその差に悲しくなって気分が下がるということもないんだから。
誰かと延々付き合えなくても誰かといられるだけで十分だ。
まあ、これもそういう存在が現れたら簡単に意見を変えるだろうが……。
「……ただちょっと長くなっただけなのに自由に言うのはやめてくれませんかね、私だってそれならもっとよかったんですけどね」
「あはは、お、おかえり」
「お姉ちゃんはいいけど航生くんは気に入らない! だからお姉ちゃんを連れて出かけてきて!」
「「え」」
そういうことにして私に罰を与えたかったようにしか見えなかった、こちらは外にいても全く苦ではないから全く問題はないが。
「ど、どうします?」
「乃上君の行きたいところに行こう」
「え、えーっと、行きたいところ……」
「ないなら解散にしよう、私はこのままお散歩に行ってくるね」
それでもなにも言わなかったから挨拶をしてから歩き出した。
追い出されたのはともかくとして、いい場所が見つかるかもなんてわくわくしている自分がいた。
お祭り当日、だけど何故か私は乃上君に睨まれていた。
今日はすぐにそういうモードになるから腕を掴んで歩いているのが現状だ。
「機嫌直してよ」
「どこに行くか考えていたのにどこかの誰かさんがあっという間に解散にして行ってしまったからなんですけどね」
「行きたいところがあったのなら止めればよかったでしょ?」
「はぁ、優里香が可愛く見えてきます」
元々人間性とかで勝ててはいなかったから悔しさとかはなかった。
というか、私としては本当に一緒に行けることになったから驚いているぐらいだ。
いやほら、若い子のことだから「やっぱり行けません」となる可能性の方が高かったからさ、ちゃんと守る子なんだなってね。
「分かった、なにか買ってあげるからとにかく機嫌を直してよ」
「……そういうのはいいから今日は一緒にいてください、誘っておきながら離れるとかあり得ませんから」
「離れないよ、君が離れる可能性はあるけどね」
ちなみに優里香ちゃんも誘ってみたものの、残念ながら断られてしまった。
真海の方は彼のお兄さんと行くだろうからとそもそも誘ってはいない。
それでもこうして可愛い後輩君が付き合ってくれているから寂しくはなかった、それどころかプールのときと同じで早く楽しみたくて仕方がないぐらい。
「もうちょっと時間をつぶしてから行きませんか?」
「うぇ、……分かった」
いまの時間は十六時十分、確かに彼の言う通りにした方がいい気がする。
遅い時間になってしまうと売り切れていたり楽しめなかったりするけど、早い時間に行ってしまうのもそれはそれで問題だ。
二十時までは会場にいるつもりだから十七半ぐらいに着くのが一番……かな?
「優里香ちゃんがいなくて残念だったね、君の口からはすぐに優里香ちゃんの名前が出てくるから露骨だよね」
「別になにもありませんからね? 少なくとも優里香の方には――なんですか?」
「ほら、やっぱり出ちゃったよね」
「そりゃ優里香関連の話なんですから当たり前じゃないですか」
私の作戦は尽く失敗しているということになる。
この夏でふたりの関係を前進させたいという私のそれに気づいて離れているということならどうしようもない。
こんなことをするのは初めてだ、だから分かられている可能性は高かった。
「あ、でも、君は真海を気に入っているのもあるか」
「真海は兄貴の彼女じゃないですか」
「本当は好きだったけど諦めるしかなかった、とかないの?」
お兄さんがライバルなら、彼ならそういうことをしそうだった。
兄弟仲は良さそうだったけど、だからこそ争いたくないとかそういうことでね。
「ありませんよ、異性なら誰でもいいというわけではないんですから」
「真海も優里香ちゃんも魅力的だけどなあ」
「じゃあ藤間先輩は魅力的なら誰でも好きになるんですか?」
「うーん、一緒にいて安心できる人なら好きになるかもね」
優しくしてくれる人なら大歓迎だ、逆に悪口を言ってくる人からは逃げたい。
まあ、ちょろいとはいってもやっぱり誰でもいいというわけではないのは確かだ。
むしろそういうことに慣れていない分、人よりも求めてしまう可能性がある。
そして私はそのときに自分が釣り合っていないと強く分からせられるのだろう。
「なんか騙されそうですよね、藤間先輩って」
「そういうことはこれまで一回もなかったけど……」
高校に入学してからはそもそも係の仕事とかそういうこと以外で話しかけられたことがなかった。
中学のときは部活動に入っていたから部内の子と話すことはあったものの、練習が大変とかそういうことだけだったからあまり変わらない。
これでも一応馬鹿すぎるというわけではないのと、自分が嫌なことからはすぐに逃げる人間だというのも影響している気がした。
「そういうところがあるから心配になるんです」
「一緒にいてくれている理由はそういうこと? 友達だからとかそういうことじゃないんだ」
「いや、友達だからこそ心配になるんじゃないですか」
って、お祭りの日にわざわざするような話でもないか。
「そういえば私も乃上君にむかついていたんだよね」
「な、なんでですか?」
「頑張って水着を着たのに『やばいですね』とか言ってくれたからだよ」
しかも優里香ちゃんの方を何回もちらちらと見ていたし、一緒に行っている乙女としては大ダメージだった。
だからむしろこちらがなにかを買ってほしいぐらいだった、それぐらい彼は本当に酷いことをしたんだ。
「それは藤間先輩が小さいからですよ、それなのにほら、なんか本格的だったから犯罪臭さが……」
「小さいって言うけどこれでも百五十五センチはあるんだよ?」
あ、でも、両親が「そらは軽いから運ぶのは楽だね」なんて言っていたのはそこからきているのだろうか。
昔から確かに身長順だと前の方だったから……。
「でも、優里香は百六十センチですからね、真海も似たようなものですし」
「……女の子の身長を男の子がちゃんと把握している方がやばいよ」
「身体測定がある度に本人が言ってくるというだけですよ」
結局待ちきれなくなってやばい男の子を放置して会場に向かうことにした。
身長が低いからなんだ、胸がないからなんだ、誰にだってああいう水着を選ぶ権利があるんだと内で叫びつつ。
というかね、別に特殊な水着とかそういうことではない、普通にお母さんとかでも着ているやつだからおかしくない。
それだというのにあの男の子は心無い言葉で私を傷つけていく。
なんだいなんだい、午前中から一緒にいようとするくせにさと文句を言いたくなってしまう。
「って、調子に乗っちゃってるなあ」
これもあの子がちゃんと来てくれているからだ。
口先だけのものではなく、一緒にいてくれているからこその態度だ。
つまりこれは甘えてしまっているようなものだった。
「早速約束を破りましたね、もう信用できないので手を握っておきます」
「ごめん」
「えっ、い、いや、別に謝らなくてもいいですけど……」
距離感はこのままでもいいけど態度だけは出会った頃に戻さなければならない。
多分、その方が彼は来てくれる、それは優里香ちゃんだって同じだろう。
最初の頃といえば、いや、慌てたとき以外は普通だったか。
いまと大して変わらない、じゃあ上手く対応できていたということになる。
「着いたら最初になにを食べたい?」
「焼きそば……ですかね」
「えぇ、いきなりメイン級を食べちゃったら花火の時間までどうするの?」
「そんなの簡単です。食べ物を買って食べて、それが終わったら話して過ごせばいいんです」
だ、駄目だ、これではあっという間にお金が尽きて話すだけになってしまう。
私にとっては初めてわいわい友達と過ごせることになるんだから悪いことではないんだけど、どうせならバランスよく楽しみたい。
それにほら、なんらかの失敗をしても食べ物を食べていれば嫌な雰囲気もなんとかできるかもしれないからだ。
「あれ、そういえば……」
「なんですか?」
違和感を感じて足を止める。
なにかがおかしい、いつもならありえない状態になっている気がする。
お腹が痛いとかではないし、頭が痛いとかでもない、横に彼がいるのも全くおかしなことではない。
それならなにが……って、ああ!
「な、なんで当たり前のように手を握っているの!?」
「えぇ、今更ですか……?」
あくまでできても私達の仲なら腕を掴むぐらいだ、それ以上のことになってしまったら途端に対応できなくなってしまう。
と、とにかく、会場に着く前に気づけてよかった。
だってこの状態で知り合いと遭遇してしまったら……。
「あれ、お姉ちゃんが航生くんと手を繋いでる」
「本当だな、まあ、あれは航生の方からしているんだろうが」
「お姉ちゃんが大胆になったのかもよ?」
「ないない、藤間がそんなことをできるならここまで航生がてこづってないよ」
こうなることは大体想像できていた。
でも、逃げ去りたくても手をがっしりと握られてしまっているからできない。
それでもどうにかしてふたりから距離を作りたくて彼の後ろに隠れていたら「邪魔みたいだから行くか」と乃上君兄が言ってくれた。
「藤間先輩が自分からしたわけではないんですから気にする必要はないですよ」
「逆になんで君はそんなに普通なの?」
「恥ずかしいことではないからです――あ、着きましたよ」
こうなったら食べ物を食べまくってどこかにやってしまうことにしよう。
残念ながら手を離すつもりはないみたいだし、そういうことでなんとかするしかないから。
「祭りが終わったら海に行きませんか?」
「え、遠いよ?」
往復で一時間もかかる、私が結局行っていないのはそういうのが影響している。
しかもお祭りが終わった後ということは時間が遅いわけだから危ない。
隣に彼がいてくれたとしても怖そうだからせめてお昼とかにしてほしかった。
「水着姿をもう一回見たいんです」
「え、優里香ちゃんが来てくれるかな……」
自由だからいいとはいえ、誘ったのに断られたわけだから可能性は低いだろう。
可能性は低くてもなんとか優里香ちゃんといたいということなら、こっちだって頑張ってあげてもいいが。
「またベタなあれですね、藤間先輩の水着姿が見たいんですよ」
彼は手をちょっと自分の方に引っ張ってから「一回だけじゃもったいないじゃないですか」と言ってきた……。
「違う日の朝とかお昼にしよう、今日無理して行っても楽しめないよ」
「ちゃんと行ってくれるなら我慢します」
「付き合うよ、君はこうしてお祭りに付き合ってくれているんだからね」
……それとも部屋で見る? なんて言えなかった、いや、言わなくてよかった。
同じように水に触れて楽しもうとするのと、見られるためだけに水着を着るのは全く違ってくる。
変な話は終わったからこちらはかき氷を買って食べることにした。
「はあ~、老体には椅子が助かるよ~」
「藤間先輩の体が老体なら酷いことになりますよ」
「年寄りの冗談みたいなものさ~」
冷たくてしゃりしゃりしていて美味しい、あ。
「はい、あーん」
「は!?」
「逆側だから大丈夫だよ、ほら」
差し出したら勢いよく食べて違う方を向いてしまった。
調子に乗っていると先程は考えたものの、家族の相手をしているときみたいにできているから悪く考える必要はないのかもしれない。
「……冷たくて美味しいですね」
「うん、これだけで今日ここに来てよかったと思えるよ」
まだまだお金はあるからまだまだ食べられる、ふふふ。
なので、内側だけはコンプリートしてやるぐらいのやる気でいようと決めた。
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