04話.[壊れてしまった]

「気持ち良さそうに寝ているね」

「はしゃいだ後はいつもこうなんです、まあ、そういうところも可愛いところではありますけどね」

「一緒にいるときに楽しそうにしてくれていたら安心できるよ」


 短時間でふたりを仲良くさせるということは無理だったものの、特に悪い雰囲気とかにならなくてよかった。

 普通に楽しかったし、なんならまた行きたいと思ったぐらいだ。


「なんかこのまま解散は寂しいな」

「でも、もう十六時を過ぎていますよ?」

「ごめん、わがままなんだよ」


 あれだけ遊んだのにまだ遊び足りないのは普段はひとりでいるからだろう。

 こうして一緒に誰かといられるようになってしまうとどんどん求めてしまう、が、ひとりでいいとか強がっているよりもいい状態だから難しいところだった。

 誰だって友達とはいたくなるものだ、でも、迷惑をかけてはいけない。


「帰ってアイスでも食べるよ、だから忘れてね」


 真海と会話をしてもいいし、母と会話をしても楽しめる、ちょっと冷静になって見回してみればいくらでもそういういいことができるんだ。


「いいですよ、ただ、その場合は優里香を送ってからですけど」

「ははは、乃上君は優しいね」

「後半は優里香にばかり合わせていましたからね」


 うーん、自分で言っておきながらあれだけど乃上君は心配になる子だ、仲がいい相手から頼まれたことだけ受け入れておけばいいのにと言いたくなる。

 ただ、ちゃんとこっちのことも見ておいてくれるところが好きだから続けてほしいことでもあるし……。


「優里香、家に着いたぞ」

「……おくってくれてありがとう」

「おう、それじゃあまたな」

「うん、またねー」


 彼女は最後にこちらを抱きしめてから鍵を開けて目の前から去った。

 ちらりと横を見てみると彼もこちらを見ていて「どこに行きたいですか?」と聞いてきてくれたけど、あんなことを言っておきながら行きたい場所とかはなかった。

 それでも無視するわけにもいかないからうーんうーんとベッドの上ではないけど考える。


「それなら公園かな」

「分かりました」


 出会った場所だし、人がほとんど来ないからゆっくり話せる。

 いやまあ、人がいるところだろうとできる話をするだけだからあまり関係ないが。


「ん、ちょっと疲れたね」

「歩いていたわけですからね、水は抵抗になりますし」

「そうだね――あ、ちょっと待ってて」


 今日一緒に過ごしてくれたお礼としてこの前の彼の真似をすることにした、これはお礼だからお金は絶対に受け取ったりはしない。

 プルタブを開けて中身を少し飲むと一気に体が潤った。


「乃上君達からすればなんか怖いよね、出会ったばかりなのにいきなり気に入られすぎていてさ」

「そんなことはないですよ」

「そう?」

「はい」

「とにかく、これまで私はひとりでいたから影響を受けやすいんだよね」


 気をつけてと言うのは違かったからまたごちゃごちゃ考えることになった。


「正直、優里香がああ言った気持ちはよく分かります、初対面のときと比べたら物凄く変わりましたからね」

「水着をわざわざ買うなんて確かに私らしくないって思うよ」

「それもありますし、俺が友達といたときだって話しかけてくれたじゃないですか」

「あれも結局自分のためにしただけだけどね」


 星野さんに意識がいっていたからああいう形にすれば自然と離れられると思った。

 彼の友達なんだからいちいち逃げる必要はなかったけど、向こう的にも気になるだろうから年上らしさを見せたかったのはあるんだ。

 その後も同じ、空気を読めない行動をしたくなかったからみんなで行こうと言ったことになる。


「俺、あのときは凄く困惑しましたよ、もう藤間先輩が別人のようにしか見えませんでしたからね」

「ふふ、いつだって慌てるような人間じゃないよ」


 座って話していたらというよりお気に入りのベンチに触れていることで眠たくなってきてしまった、今回もあそこで大人しく別れておけばよかったと後悔したけどもう遅いというやつだった。


「眠たいんですか?」

「プール施設に行くまでは緊張していたからね、そういうのも影響しているのかもしれない」

「それなら家まで送りますよ」

「ううん、迷惑をかけることになるからここで別れようか」


 今日は一度も情けないところを見せずにいられたんだから最後まで頑張るべきだ、家に帰るまでが~とかそういう言葉があるからね。

 そういうのもあって挨拶をしてからは走った、家に着いたらリビングに突入した。


「おかえりなさい」

「ただいま」

「お姉ちゃんおかえりー」

「ただいま」


 椅子に座って本を読んでいた母とソファに座ってアイスを食べている妹を見られた瞬間に落ち着けたのだった。




「妹ちゃんや、部活がないなら外に遊びに行きましょー」

「え、やだ、だって暑いし」

「ま、まあまあ、あっ、アイスを買ってあげるからさっ」

「ファミリーアイスを買ってあるからいいよ」

「じゃ、じゃあ友達を紹介するから!」


 いまばかりは誰よりも俊敏な動きで行ってもいいのかを確認、そして無事に許可を貰えたから妹ちゃんの腕を掴んで歩き始めた。


「どうせ女の人でしょ?」

「ううん、後輩の男の子だよ」

「はぁ、ついに妄想をするようになっちゃったのか……」


 なんとでも言えばいい、いまから行こうとしているのは本当に後輩君のお家なんだからね。

 きっと直接話をすることになった際には慌てた妹を、くくく。


「着いたよ」

「ん? なんでお姉ちゃんが私の彼氏の家を知っているの?」

「えっ!?」

「まあいいや、押すねー」


 困惑している間に乃上君が出てきて挨拶をしてきた。

 それから妹とも普通に仲良さそうに会話をしていたからなんか一気に疎外感が出てきてどうしたものかと考える。


「乃上君も意地悪だね、付き合っているなら教えてくれてもいいのに」


 隠したところでいつかはばれるものだし、短期間しか関わっていなくても私に言っておけば堂々と一緒にいることができるから間違いなくそうした方がいい。

 なんだ、そういうことか、連絡先とかを聞いてきたのだってそこには全く興味とかそういうのはなかったんだ。

 いや、最初からそうだと分かっていたのにすぐ期待してしまうところは駄目なところだ、直さなければならない。


「え? 真海と付き合っているのは俺の兄ですよ? というか、まさか藤間先輩の妹だったとは思いませんでした」

「藤間真海って自己紹介をしたよね?」

「してたけど、真海って名前で呼んでいたからさ」


 ちなみにそのお兄さんは今日遊びに行っているみたいで会うことはできなかった。

 もし会えたのなら本当に付き合っているのかどうかを確認できたんだけど、残念ながらという結果に終わった形となる。


「いやー、それにしても偶然があるものだねえ」

「本当にな、てか、真海が言ってくれればよかったよな?」

「や、私はお姉ちゃんが航生くんと過ごしていたなんて知らなかったからね」


 そういう話は全くしていなかった、でも、全部が全部私が悪いわけではない。

 というのも妹ちゃんは食事や入浴を終えるとすぐに部屋に戻ってしまうからだ。

 ああして部屋に来るときばかりではないから話す機会がなかったことになる。


「最近話し始めたばかりだからさ」

「プールに行く件だって知らなかったんだよ? いやでもまさかお姉ちゃんが水着を買ってまで行くなんてねえ」

「優里香に影響されたのかもしれないな」

「優里香さんはみんなで楽しみたいタイプだからね」


 それよりこの子、中学二年生なのに敬語を使えてないな……。

 それとも彼が許可をしたのだろうか? それなら問題はなくなるが。


「あれ、藤間か?」

「ひぇ!? だ、誰……ですか?」


 彼よりもさらに大きいそんな男の子が話しかけてきた。

 私のそんな反応を見ておかしくなったのか「はははっ」と笑っている。

 本当に誰かが分からないから妹ちゃんの後ろに隠れた、そうしたらこっちの腕を掴んでから「心配ないよ」と言ってくれたが……。


「俺の兄なんです、乃上圭史けいしという名前です」

「一応同じクラスなんだがな」


 そういえばやたらと大きい子がいたようないないようなという認識度だった。

 関わることもないから話すこともない、そのため、どんどん自分の中からクラスメイトの情報が消えていっていた。

 残ったのは賑やかで楽しいクラスとかそういうのだけ、それでも困らなかったからこの先もきっと変わらないと思う。


「兄貴は真海が藤間先輩の妹だって知っていたか?」

「同じ名字だからなんとなくな」

「お姉ちゃんも酷いね、ちゃんと言ってくれればいいのに」

「ど、どっちも友達とは言いづらいから……」


 自分のちょっとした行動のせいで気まずいことになるなんて考えていなかった。

 驚かせようとした自分への罰か、それならこれで逃げ帰るわけにもいかない。

 なーに、教室にいるときみたいに空気的存在になっておけばいいんだ。

 そうしたこれ以上は悪化しない、私が関わっていたとしても間違いなくそうだ。


「藤間が航生と行動しているとはな」

「俺と優里香が無理やり絡んでいるようなものだけどな」

「もしそうなら逃げているだろ、ずっと残り続けられるような人間じゃないぞ」

「弱い人じゃないよ」

「じゃあ航生や優里香の前では頑張っているのかもな」


 誰の前でだって私は頑張ろうとしている、分かりやすく結果が出てきてくれないだけでそれだけはずっと続けている。

 情けないところを見せないためにもそうする必要があるんだ、だから人よりも人と過ごした後は疲れてしまうんだと思う。

 それでも慣れればきっと変わるはずだった。


「あ、ところでなにがきっかけで外にいるんだ?」

「藤間先輩から誘われたんだ、それで出てみたら真海もいたという感じかな」

「じゃあ真海、俺に付き合ってくれ」

「うん、分かった」


 ほっ、やっぱりいきなり人数が増えると困るから助かった。

 とりあえずふたりが去ってからすぐに謝罪をしておいた。


「お兄さんは乃上君よりもっと大きいんだね」

「あれだけ大きいのに藤間先輩は知らないみたいな反応でしたけど」

「自分のことだけで精一杯だったから、それに去年は別のクラスだったからね」


 まだ七月だから覚えられていなくても仕方がない……よね。

 意識してそうしようとしていなければそんなものだ、きっとこれは彼だって変わらない。


「上がってください、正直、汗が出そうになるので」

「あ、うん、じゃあ上がらせてもらおうかな」


 妹ちゃんの邪魔をするわけにもいかないし、このまま帰るのも微妙だったからありがたい提案だった。

 男の子の家に入るのは初めてだけど、だからって失敗をしたりはしない。

 大人しく存在して、ちゃんと反応しておけば気を使わせてしまうこともなかった。


「どうぞ」

「ありがとう」


 うん、やっぱりこうやって入ってしまえば特に緊張するとかそういうこともない。

 それに無理やり上がらせてもらっているとかではないんだからこれが普通だ。

 むしろ許可をしておきながら文句を言ってくるような子だったら嫌だよ、離れる。


「ところで、どうして優里香の家じゃなくてこっちに来たんですか?」

「男の子の友達がいなかったから紹介したら真海が驚いてくれるかなって期待していたんだ、でも、残念ながら驚くことになったのはこっちだけどね」

「そ、そんなに意外なことなんですか?」

「あはは、少なくとも家族にとっては、だね」


 謎に高く評価してくれる母はともかく、真海の方はそうだった。

 中学生のときに家に連れてくるからねと言った際にはやたらと驚いていぐらい。

 女の子の友達だったのにその反応だったから今回、私は期待してしまったんだ。


「ちなみに真海とはいつ友達になったの?」

「小学生のときですね」


 言っても分からないだろうからとしていたに違いない、隠したかったとかそういうことは微塵もないだろう。

 そもそも私がその頃から彼や彼のお兄さんを狙っていたとかそういうことでもなければする意味がない。


「あ、本当に前々から実は知っていたとかそういうことはないですから、あの日だって本当に心配になったから声をかけただけなんです」

「知っていても知っていなくてもどっちでもいいよ、むしろ知らなかったのならそのまま知らないままの方がよかったかもね」


 気に入りやすいから側にいてほしいとかもう考えてしまっているんだ。

 このまま特に拒絶されることもなく時間が経過したら依存に変わる、そうなったときに困ってしまうのは彼らの方だった。


「そんなこと言わないでくださいよ」

「はは、君は断れなさそうな感じがするから誰かが代弁してあげなければいけないんだよ」

「それは藤間先輩が俺を知らないだけです」

「そっか」

「はい、でも、一緒にいればお互いに知ることができますよ」


 それはまあそうだろう、逆に一緒にいるのになにも知ることができないような結果になるのは嫌だ。

 色々なところを知って、その中のなにかを気に入って、そういうのを繰り返して人は仲良くなっていくと思うから、ただただなにもないまま時間だけが経過していくのは避けたかった。


「ひとりならごちゃごちゃ考えなくて済むからひとりでいいと思っていた、でも、乃上君や星野さんと出会ってからはひとりになることが怖くなったんだ」


 真海と一緒にいようとしたのだってそれだった、この前までの自分であればひとりで出ていたところだというのに誘っていた。


「俺だって学校とかでひとりになるのは嫌ですよ?」

「そうなの?」

「はい、だからこの前の友達とか優里香が来てくれると助かるんです」


 彼の場合は友達がたくさんいるからで、私の場合は友達がふたりしかいないからということになる。

 だから似ているようで一緒ではない、が、いちいち水を差すようなことをする必要はないからそれだけにしておいた。


「今日みたいにいきなり誘うなんてことがあるかもしれない」

「部活に所属しているわけでもありませんし、それでも全く問題ありませんよ」


 許可を貰えたら内でなにかを考えつつも行かせてもらう、許可してくれているんだからと正当化する。

 自分のことだからよく分かっているんだ、あと、自分のために行動しようとすることはなにもおかしなことではないから。


「でも、私が誘ったら本当にしたいことができなくなっちゃうんだよ?」

「特にありませんからね、それに用事があるなら流石に言いますよ」

「いいの? 本当にいいの?」

「不安なんですね」


 そんなの当たり前だ、自分から言っているんだから仕方がないことだ。

 ふたりのどちらかに誘われてどうしようと考えているわけではない、こちらが選ぶ側ではいられていないからそういうことになる。


「よし、じゃあそろそろ帰らせてもらうよ、言いたいことも言えたからね」

「言い逃げはずるいですよ、もう少しぐらい付き合ってください」

「そろそろ真海達も戻ってくるはずだよ、別に私がいなくたって問題はないからさ」


 物理的にごちゃごちゃするのは嫌だった、いつ話を振られるか分からなくて教室にいるときより疲れてしまう。


「ふたりの相手をひとりでしろって言うんですか? 藤間先輩は意地悪ですね」

「え、で、でも、別に目の前でいちゃいちゃしたりは――」

「しますよ! 兄貴も真海も常識がないんです!」


 こ、怖ぁ、感情的になるとちょっと怖い顔も相まってひぇっと言ってしまいそうな迫力があった。

 ちなみにそれと常識がないと言われて自分のことでもないのに悲しくなった。

 あの感じだとお兄さんに誘われて仕方がなくという感じはしない、逆に真海の方が積極的にそういうことをしていそうだ。


「優里香より悪魔ですよ、というわけで、藤間先輩も一度見てください」

「い、嫌だー、私は帰るー」

「ははは、まあまあ、一度ぐらいは見ておいた方がいいですよ」


 ああ、優しい彼が壊れてしまった。

 治せるような技術はないからいますぐにでも放置をして家に帰りたかった。

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