03話.[言いたくなるよ]
「藤間先輩、水着を買いに行きましょう」
「うん、そのつもりで私も出てきているわけだからね」
集合場所に来られているのだって彼女からメッセージが送られてきたからだった。
私だっていつでもなんに対してでも慌てるわけではないから勘違いしないでほしいでほしかった。
「でも、どうせ藤間先輩は航生がいるということで脱ぎませんよね?」
「それでもなんか可愛いのが欲しいなって」
成長するわけではないからこれから先何年でも使えて無駄にはならない。
高校生や大学生ではない人だって水着を着れば楽しめる場所なんだから気にしなくていいだろう。
「参加してくれただけで嬉しいですけど、なんかもったいないですね」
「そうかな? 一緒にいられるからちょっと楽しみだけどな」
「どうせならめいいっぱい楽しみましょうよ、簡単に言ってしまえば服という壁で隠すのはやめましょう」
こうなることは想像できていた、だからこそ脱がされたときとかに問題にならないように今日は出てきたんだ。
私に似合っている物だったら笑われることはない。
自分で自分の体を見て残念な気持ちになることはあるだろうけど、結局それには自分しか関わっていないからそれ以上のダメージとはならない、はずだった。
「どうせなら好きな人も連れてきたらいいんじゃないかな、星野さん的にはその方がいいでしょ?」
乃上君がしっかりいてくれるのであればそれでも構わなかった。
まあ、最悪の場合はひとりで水に触れられていればいいからどうなってもあまり変わらないことだと言える。
「え、好きな人に見られるのは恥ずかしいですよ……」
「乃上君ならいいの?」
「まあ、これまで何回もプールとかに行って水着姿を晒していますからね」
「『可愛いぞ』と言われて照れてそうだね」
「そうなったら普通に嬉しいですね、少なくとも身の丈に合わない物を着ているといわけではないですから」
ぐっ、慌てずに対応できるところが羨ましい。
それこそいまの私の発言はブーメランだった、私も乃上君に見せることになってしまうけど大丈夫なのかな……。
話しかけられただけで「ひゃい!?」とか言ってしまいそうで怖い、なんかキャラを作っているように見られてしまいそうだから嫌なんだ。
私だってできればあんな反応を何度もしたくないのに、というか、ああいう反応を計算してやっているのだとしたら天才だと言いたくなるよ。
「着きましたね」
「ねえ、もし大丈夫そうなら星野さんが選んでくれないかな?」
自分が選んだ物ではなく誰かが選んでくれた物なら恥ずかしがらずに近くに存在していられる気がする。
何故なら私よりもセンスがいいからだ、だからこっちはむしろででんと堂々と存在していればいい。
それをきっかけに乃上君も彼女になにかを頼むかもしれないから、遠回りであっても誰かのために動けるということに繋がる可能性もあった。
「え、いいんですか?」
「うん」
「分かりました、あ、派手な物とかそういうのは選びませんから安心してください」
「ありがとう」
そもそもお腹の肉とかだって全く問題ないから恥ずかしがる必要すらなかった。
ごちゃごちゃ考えるのは当日になにかがあってからでいい、こういうことある度にそうやって考えているのに活かせていないのが現状だ。
あとさ、乃上君は彼女が暴走する可能性があるかもしれないからと頼んできただけだ、それだというのにあたかも友達みたいな感じで参加しようとしていたのはなにをやっているのかという話だった。
「これとかどうですか?」
「可愛いね、あ、だけどちょっと明るすぎるかな」
「暗くすると逆に目立つと思いますよ? 藤間先輩の肌は白いので」
「あー、そっか……って、白い?」
「はい、長時間外にいたら酷くなりそうです」
丁度いいからと薄長袖を着ていたのがよかったのかもしれない。
「でも、せっかくおすすめしてくれたんだからこれにするよ」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください、まだまだこのお店にはいっぱい藤間先輩にお似合いの水着があるはずです」
「ははは、ほどほどにね、星野さんは自分のやつも選ばないといけないんだから」
選んでくれた物を買うと決めていたから適当に見ておくことにした。
ずっと留まっているわけにもいかないから仕方がない、悪いことをしているわけでもないのに店員さんの視線でやられそうになるからね。
「やっぱりあれが一番藤間先輩にいいと思います」
「分かった、じゃあ買ってくるね――って、なんで腕を掴まれているの?」
「試着しましょう」
「いいよ! 大丈夫だから!」
さっさと購入してなにもできないようにしたら「もう、藤間先輩はそういうところがあるんですから」と呆れられたような顔をされてしまった。
と、とにかく値段もそこまで高くはなかったからよかった。
「……私も選ぶので付き合ってください」
「当たり前だよ」
選んでもらっておきながら自分だけ外で待っているとかするわけがない。
なんにもいい結果をもたらせないけど側にいさせてもらうことにした。
「なあ、あれ星野さんじゃね?」
「ん? あ、本当だな」
その隣には袋を持った藤間先輩もいた。
「水着を選んでいるな、はは、彼氏に見せるためだったりして」
「まあ、そういうのもあるかもな」
残念ながら優里香が好きなのは女の先輩だからそれは間違っている。
まあでも、聞かなければ分からないことだから仕方がないことではあった。
「つか、一緒にいる女子は小さいな、もしかして星野さんの妹とか?」
「いや、違うよ、あの人は先輩だ」
「は? んー、ちゃんと食えているのかねえ」
それより俺は夏なのに積極的に外で過ごそうとするところが気になっていた。
しかもいまぐらいの気温が丁度いいっておかしいだろ……。
俺は積極的に外に出たくはないが横を歩いている彼が頻繁に誘ってくるから出なければならないことが多かった。
ただまあ、それがあったからこそ藤間先輩と出会えたわけだからそのことについては特になにも感じていない。
優里香の相手をするなら藤間先輩みたいな存在がいてくれなければ駄目だ、そうでもなければずっと相手のペースで行動することになってしまう。
「話しかけてこいよ」
「え、いいよ、いいから行こうぜ」
「まあまあまあ」
……駄目だ、なんで俺の友達はこういう存在ばっかりなんだ。
運動部に所属している彼の力には勝てずに近づくことになった。
「星野さん」
「ん? あ、こんにちは」
「おう、航生もいるぞ」
「ははは、航生は凄く嫌そうな顔をしているね」
「いや、そうでもないよ、航生はいつもこんな顔だから」
それはどうでもいいが優里香の後ろに隠れてしまった藤間先輩が気になる。
俺がわざと連れて行ったみたいな風に勘違いされたら嫌だぞ。
だが、敢えてここで話しかけるというのも微妙だから……。
「あの、乃上君とちょっと話したいんだけどいいかな?」
「え、あ、どうぞ」
「ありがとう、ちょっと付いてきて」
とかなんとか考えていたら藤間先輩の方から話しかけてきたうえに誘ってきた、もしかしたら優里香と過ごしたことでもう慣れてくれたのかもしれない。
「ふぅ、やっぱり星野さんや乃上君以外だとなんか焦っちゃうよ」
「その割には普通に見えましたけど」
「ははは、ちょっと頑張ってみただけ、情けないところをあんまり見せたくなかったからね」
「そういうことですか」
あれは俺らが悪いと思う、俺も優里香のことを言えないぐらい距離感を見誤ってしまっていた。
「うん、あ、水着買ったからいつでも誘ってね」
「藤間先輩的には海の方がいいですか? プールだとどうしても人の数が多くなりますし」
「え、ふたりが行きたい方でいいよ」
「そうですか、それなら今週の土曜日に行きましょう」
「うん、分かった」
戻ると優里香と彼が楽しそうに話をしていたが、残念ながら彼の好意が彼女に届くことはない。
夏祭りとかそういうイベントにも一緒に行こうと誘ってはいるものの、毎年躱されていて実現していなかった。
友としては協力してやりたいところではある、でも、絶対に変わることのないそんな恋を応援するというのも俺にはできない。
「部活、頑張ってね」
「おう、ありがとな」
彼女も普通に対応しているだけなんだろうがそういう笑顔が引きずりこむんだ。
そういうのもあって諦めた方がいいかな、いやでも頑張る、諦めた方がいいかなと繰り返してしまっている。
「航生、行こうぜ」
「そうだな」
なるべくふたりが一緒にいるところを見たくなかった、あと、こういうことを考えている自分も嫌だった。
ただ、こういうことに関して以外は楽しい奴だから一緒にいたい。
今日だって部活が休みで休んでおけばいいのにわざわざ誘ってくれたわけだし、本当に感謝しているんだ。
「私は別に一緒でもいいけどね」
「え、大丈夫なのか?」
が、やっぱり彼女は残酷な存在で余計なことを口にしてしまった。
感謝したり複雑な気分になったりで忙しい、藤間先輩がいなかったら俺はひとりで帰っていた可能性もある。
「でも、藤間先輩がどうかは分からないから」
「えっと、大丈夫……ですかね?」
いつも通りであれば断る、それかもしくはひとりで帰ろうとすることだろう。
出会ったばかりだが大体は分かる、もし違う結果になったら外にいすぎて弱ってしまっているんじゃないかと不安になるからやめてほしい。
てか、最初は無理だと断っていたのに水着を選んでいる時点でおかしいんだ、優里香はそういうことを強制させるような存在ではないから余計にな。
「私は大丈夫だよ、みんながいいならみんなで行動しよう」
「ありがとうございますっ」
ど、どうなっているんだ今日の藤間先輩はっ。
それとも不意打ち系に弱いだけで普段はこんな感じなんだろうか?
ふたりが歩き出してもまだこちらは動き出せないでいた。
「乃上君? ふたりが離れちゃうよ」
「……い、いま行きます」
慌てた感じでもないし、あのときみたいに自虐的な笑みを浮かべているわけでもない、それどころか柔らかい笑みを浮かべてこっちを見てきているだけだ。
解散になったらすぐに寝ようと決めた、多分体調が悪いのはこっちの方でこれは夢を見ているとかそういうことなんだ。
そのため、夢の中であったとしても早く解散になってほしいと願ったのだった。
「ど、どうかな?」
「おおっ、すっごく似合っていますっ、可愛いです!」
「ありがとう、星野さんも可愛いよ」
「お、お世辞感がすごいですが航生が待っているので行きましょうか」
違う、そんなこと言ったら彼女の方が無理やり可愛いと言っているように聞こえてしまう。
「似合っています」ならいいけど可愛いとまでは言わないでほしかった、まあ、気分が悪くなるようなことはないが。
「航生ー」
「お、やっと来たか」
人が多かったものの、すぐに見つけることができた……って、集合場所を決めてから離れたのだからそれは当たり前だ。
と、というか、なんというかすごいな、腹筋がばきばきで……。
「ねえねえ、どう?」
「似合っているぞ」
「はははー、航生は毎年それだよね」
ま、毎年こんなことをしているのか、それなのに恋仲というわけではないのだから不思議な話だと言える。
「じゃーん! 藤間先輩のはどう?」
「な、なんかやばいですね」
「えー、凄く似合っているでしょー?」
なんかやばいらしい、けど、もうこれしかないから遊ぶしかない。
そこまで高くなかったというだけで水着代で結構飛んだので、今日の入場料だって私にとっては厳しかった。
こういうときはけちくさいから最大限遊んでやろうという気持ちにしかならない、そういうのもあって恥ずかしさなんてもうどこかにいっていた。
「行こう、乃上君は特に入りたいでしょ?」
「え、なんで俺だけなんですか……?」
「え、だって暑いのが苦手だからだよ、だから早く行こう」
動く気配がなかったからふたりの腕を掴んで移動して、入ってからもそのままで離したりはしなかった。
恥ずかしさはどこかにいったけどこの人数は普通に怖い、あと、簡単にはぐれてしまいそうだったから仕方がないんだ。
「藤間先輩ってよく分からない人ですね、最初のときはあんなに慌てていたのに」
「こういうところに来るとわくわくしちゃうんだよね、だから一秒でもじっとしているのが嫌だったの」
足を止めると迷惑になるから歩きながら話していた、でも、このタイミングで顔を見るのは怖かったからあくまで前を見ながらではあったが。
いまのは勘違いでもなんでもなく冷たい声音だった、自分を出したところで拒絶されるのは避けたいから気をつけなければならない。
「それとも、私達だからですか?」
「それもあるよ、ひとりで過ごせる方がよかったのに不思議だけどね」
腕を離して自分の腕を掴む、こうしていないと震えてしまいそうだったからする必要があった。
「ふたりにとっては違うけど、私はふたりみたいな子が現れるのをずっと待っていたのかもしれない」
今日ばかりは賑やかだから慌てなくて済んでいる、が、先程からずっと黙っている乃上君がどう行動するのかが気になるところだ。
「やめろ優里香っ」
で、急な大声にかなりびくっとなった、冗談抜きで飛び跳ねた。
「だ、だってこんなに可愛いことを言ってくれているんだよ? しかも水着姿でなんだよ? 真っ白い背中が私を誘惑しているよっ」
「お、落ち着いてくれ、ここでそのテンションは不味いだろ……」
「はっ!? すぅ……ふぅ、よし、ちょっと落ち着けたよ」
最初のあれも冗談だったからこれも冗談だろう、とにかくこっちが責められるような展開にはならなくてよかった。
それから三周歩いたところで休憩時間となったので、プールから出て休んでいたんだけどなかなか目の前のやり場に困る……。
「航生はいつでもいい体をしているね、筋トレとかしているの?」
「ちゃんとやっている人に比べたら全然だけどな」
「私もスクワットぐらいはするけど贅肉が……」
「十分細いだろ」
「はあ~、男の子ってそうだよねえ」
出るところも出ていてしっかりお腹はへっこんでいるんだから彼の言う通りだ。
それに比べて~なんて同じような失敗は繰り返さない、私は私、彼女は彼女だ。
みんながみんな同じようになってしまったらつまらないからね、それに私を見ることで彼女の魅力に気づけるかもしれないんだから無駄ではなかった。
「ちょっと飲み物買ってくるね」
「それなら俺が行ってくるから藤間先輩と――」
「いいからいいから、行ってきまーす」
私が行ってしまえばよかった、いまはとにかくふたりでいさせてあげたいんだ。
夏休みに一緒に過ごし続けられればなにかが変わる、特に乃上君の方は分かりやすくアピールなどをし始めそうだった。
「んー、やっぱり乃上君は熱いよ、心配になるよ」
「俺はそれより普通に触れてしまうことが心配になります……」
「この前転んだときに触れられてから気になっていたんだ」
「あっ、……俺の方がやばいですよね」
「あはは、あれには驚いたけどさ」
ただまあ、あれが原因で飛び出したわけではないから勘違いしないでほしい。
来ていても来ていなくても私はああしていた、何度足を掴まれようとさすがに長くいることは自分の人間性的に無理だったからね。
「ちゃんとお水とか飲んでる? 倒れられたら嫌だから忘れないでね」
「汗を多くかくだけでそういうことになったことは一度もありませんよ」
「それでもこれからはどうなるのかなんて分からないからね、特に友達と遊んでいると忘れてしまいそうだから……」
って、ふたりで仲良くしてほしいと考えているのにこれでは全く駄目だ。
とはいえ、離れるのも不自然だし、先程も言ったように怖いからしたくはない。
どうすればふたりのためになれるのかを休憩が終わるまで考えていたんだけど、残念ながら当たり前のことしか出てこなかったから捨てておいた。
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