02話.[無理無理無理っ]
終業式とHRが終わって解散となった、これでなにかがあるような気がして不安になる学校生活とは少しだけお別れすることができる。
夏休みは家でのんびりしたり外でのんびりしようと決めていた。
去年は全く問題なく理想通りの時間だったから今年は無理、なんてことにはならないはずだった。
「藤間先輩こんにちはー」
「こんにちは」
ひとりでいることが好きでも話すことも好きな人間だからこういうことになる。
というかね、にこにこ笑みを浮かべて近づいてきてくれているのに対応しないなんてできるわけがない。
「今日は航生がお昼ご飯を作ってくれるんです」
「乃上君ってご飯を作れるんだ」
「はい、私のお母さんと同じぐらいには作れますよ」
彼女のお母さんがどれぐらいのレベルなのかが分からないから上手くイメージはできなかった、だけど女子力が高そうだ。
あと、なんとなく親しくなったら私の母みたいに小言が多くなりそうだった。
まあその、仲良くなるというのが私にとっては難しいわけだが……。
「ところで、藤間先輩も行きますよね?」
「えっ? も、申し訳ないから行かないよ」
「えー! なんでですかっ、私のためにも来てくださいよ!」
私が行くことで彼女のためになれるというわけではない、それどころか気を使わせてしまうだけだろうから大人しく家に帰るだけだ。
それに母がご飯を作ってくれるはずだからそっちでいい、ないならないでいい場所を探す旅に出るから問題ない。
大食いというわけではないし、毎日三食食べるわけでもない、お昼がなくなろうが困ったことはなかった。
「あ、いた、せめて言ってから行けよな」
むしろ言われていない状態で見つけられた彼がすごかった。
幼馴染ではないらしいけど相当仲がいいみたい、わざわざ探しちゃうあたりがそうだよね。
「や、だってこうしないと藤間先輩が帰っちゃうから」
「そりゃ帰るだろ、もう終わっているんだから」
教室に友達がいない自分にとってはいかに早く帰るかという勝負だった、が、今日だって他の誰よりも早く出たのに彼女に捕まってしまったことになる。
仮に少し早く移動を始めたとしても私も同じだけ動いているのだから追いつくのは無理になるはずなのに……。
「航生ー、航生も説得するのを手伝ってよ」
「いや、そんな何人も来られても困るんだけど……」
「ちぇ、じゃあそういうことなので、責めたいなら航生を責めてくださいね」
わ、私はなにも言っていないし、普通に帰らせてくれればそれでいい。
とにかくふたりは靴に履き替えて歩いて行った。
一度帰ってしまえば母もなにかを言ってくることはないからこちらも歩き始める。
「ただいま」
二度手間になるからリビングに入ってから言えばいいかとか考えつつリビングに移動したら寝ている母を発見したものの、起こすのも悪いからブランケットを肩に掛けてから部屋に移動した。
「いい場所を探しに行こう」
あの公園だと人が来たときに迷惑をかけるかもしれないから前に決めていたように川の近くを探していく。
いや、特に川が好きというわけではないし、寝っ転がれる余裕がある場所ならどこでもいいというのが正直なところだ。
それならなんで川かと問われれば、ドラマとかで寝っ転がりながら友達と会話をしているところを見て羨ましく感じたからだった。
まあ、私の場合はそんな存在はいないからひとりで空を見たりするだけだが……。
「あ、藤間先輩だ」
「うぇ、な、なんでここに……」
「あ、ここは航生の家の近くなので」
公園も駄目、ここも駄目、となると遠いところに行かなければならなくなる。
前言った海が見える場所には一応徒歩で行ける距離ではあるけど、帰りが辛くなるからできるだけ避けたいというのが本当のところだった。
でも、こうして偶然があってしまうと疲れてしまうからやるしかないか。
「あ、聞いてくださいよ、食べさせてはくれたんですけどすぐに追い出してきたんですよ?」
「用事があったんじゃない? お友達が多くいるみたいだから誘われたのかも」
「それでも先約は私ですよ? 普通ちゃんと対応してからにするところですよ」
ご飯を作ってもらえたのならしっかりその約束は果たしたことになる、だから仮にお昼から会うという約束をしていたなら仕方がないことになる、よね?
いつだってなんだって彼女のことを優先できるというわけではないだろう、仲が良くてもそこだけは変わらない。
それぞれにしたいことがあるからどうしようもない、コントロールはできないし、他者がしようともしてはいけないことだからそっかで終わらせるのが一番だ。
「まあいいです、それより藤間先輩はどうしてここにいるんですか?」
「気持ち良く寝られるそんな場所を探していたんだ、あ、どこかいい場所を知らないかな?」
「なるほどっ、それなら付いてきてくださいっ」
だらだら探すよりも聞いてしまった方が早い、うん、ちゃんとこうして聞けるような人間でよかった、んだけど……。
「はい、ここがいい場所です」
「ここ、星野さんのお家……だよね?」
「それはそうですよ、そうでもなければここまで自信満々に上がらせることはできませんから」
そりゃそうだ、だってさっき鍵で開けていたんだから当たり前のことだ。
だけどさ、私は外のいい場所でって意味でああ言ったわけで、こうして家に連れ込まれてしまうとそれこそどうしようもなくなってしまう。
聞いておきながら帰るとも言いづらい、となると、何時間でも向こうが言ってくれるまではいることになる……。
「あ、航生の家の方がよかったですか?」
「私は外がよかった……かな」
「あうち!? そ、それなら先に言ってくださいよ!」
むしろ迷うこともせずに自分の家をいい場所だと言って連れて行った彼女はすごいよ、現在進行系で私にはできないことをしているということになる。
「あ、誰か来ましたね、ちょっと出てきます」
高確率で乃上君が来そうだった、で、そうしたら気まずいななんて思った。
悪いことをしているわけではないから堂々としていればいいんだけど、なんかこそこそしているようで引っかかる。
しまった、このタイミングで出ればよかったと後悔してももう遅い、私にできることは今回も黙って待っていることだけだった。
「まったく、鞄を忘れるってどういうことだよ」
「はははー、ごめんごめん」
「しかも散々人には『約束に約束を重ねるとかあり得ないから』とか言っておきながら優里香だって、だって……」
「ああ、この子は友達の藤間そらちゃんだよ」
「……優里香がすみませんでした」
何故か頭を下げてきたから上げてもらうのに時間がかかった、かなり疲れた。
物理的ではなく精神的に疲れるとやっぱり困ることになる、そっちの方は分かりやすく回復させる方法があまりないからだ。
「藤間先輩もちゃんと断ってください、優里香に全部付き合っていたらぼろぼろになってしまいますよ」
「失礼だなあ、私は無茶なこととか言ったりしたりしないのにぃ」
「優里香は一気に距離を縮めすぎなんだよ」
「普通だよ、それに藤間先輩だって普通に対応してくれているよ? なんならここにいるきっかけだって元はと言えば藤間先輩が聞いてきたからだし」
「そうなのか? それならなんか悪かったな」
やっぱり優しい子だ、こういう子が近くにいてくれたらもう少しぐらいは変わるかもしれない、なんてね。
そんな妄想をしていないでそろそろ去ることにしよう。
なんか邪魔をしてはいけない気がするんだ、彼女には好きな人がいても彼にとっては彼女が~なんてことがあるかもしれないからだ。
「いやいやー、結局無理やり連れ込んじゃったみたいだからねー」
「……謝って損した、本当に優里香がすみません」
「だ、大丈夫だよ、でも、私はこれで帰らせてもらうね」
「ちょっと待ってください!」
「ぎゃ――ぐぇ……」
移動したタイミングで足を掴まれたことで倒れ、床とキスをする羽目になった。
色々なところが痛い、胸もないからクッション性能はとにかく低かった。
「だ、大丈夫ですかっ?」
「だ、大丈夫大丈夫、それじゃあ今度こそ私はぁあ!?」
いきなりおでこに触れられてまた大きな声を出してしまったことになる……。
消えたい、恥ずかしい、動けない、……んじゃ困るっ、すぐに動くんだ!
「そ、それじゃあね!」
荷物はいつでも帰れるように握りしめていたから忘れるなんてことにはならなかった、元々帰る気はなかったからいい場所探しを再開する。
お父さん以外で初めておでこに触られたことになる、まあ、そんな人が多くいても怖いからそれでいいが……。
「手、熱かったな」
あの日も汗を結構かいていたから夏は苦手なのかもしれなかった。
体には熱がこもっていて、あれ以上酷くなったら体調を悪くしてしまう、かなと。
どれぐらいの熱さなら問題ないか分かっていないため、私にできることは水分補給を忘れずにしてねと言うことだけだ。
「まあ、それもこうして逃げているならできないんだけど」
独り言がどんどん増えていく。
それでも通行人はいないから問題にはならない、また、いたところで「なんだこいつ」という風な目で見られるだけだ。
正直まだまだ落ち着けてはいないからいっそのこと笑われてしまった方がマシなのではとまで考えて、そんなことになったら外を歩くことが怖くなるという答えが出たからやめた。
結局それから三十分ぐらい探してもいい場所は見つからなかったから大人しく家に帰ると、
「言ってから家を出なさいっ」
「あ、はい」
母に怒られてさらに気分が下がった。
私なりに考えてしたことが全部逆効果になるという残念な一日だった。
なんか悲しくなったから翌朝まで部屋に引きこもったのだった。
「母さんや、お買い物にでも行かないかい?」
あるお菓子が食べたくなってそんなことを言っていた。
ひとりで行くのもいいけどたまにはと母を誘ってみることにした。
荷物持ちだってちゃんとするから安心してくれればいい、そういうことをすることでお菓子も気持ち良く食べられるというものだ。
「この後行こうとしていたの、なにかが欲しいなら買ってくるわよ?」
「いやいや、個人的なものだから私も行くよ」
「そう? それならもう行きましょうか」
よし、それなら早く行って買って食べながら課題をやることにしよう。
私だって毎日必ず外に出るというわけではないからこういうこともある、家にいてもほとんどひとりだから敢えて外に出る必要も本当はない。
窓際に移動してしまえば暖かくていいし、昼寝をしてしまえばあっという間に時間は経過する。
学校生活はそこまで楽しいわけではないけど勉強が嫌いというわけではないからそれをして過ごすのも悪くはなかった。
友達がいなくても腐らずにこういうことを頑張れているのであればこれからも上手くやっていける気がした、なかなか悪くない過ごし方ができている気がする。
「じゃ、お菓子を見てくるね」
「ふふ、そういうことだったのね」
「そうだよ、急に食べたくなってしまったんだよ」
母だって甘い食べ物とかは好きで買うこともあるから恥ずかしく感じる必要はないんだ、食べたくなったら買って食べればいいんだ。
「あれー……」
「ん? あ、藤間先輩じゃないですか」
「……私達ってこうして会うことが多いよね」
「そうですね、もっとも、出会ったばかりですけど」
これは星野さんが来たときのために選んでいるのだろうか? それとも、私みたいに妹がさんがいたりするのかな。
頼まれたら「仕方がないな」と言って行動していそうだ、それこそ彼の方が断れなさそうな人間性である気がする。
「これがおすすめだよ」
「美味しいですよね」
「乃上君のおすすめってなに?」
「俺は……あ、これが好きですね」
「じゃあ今日はこれにしてみようかな」
分かりやすく買いたいお菓子があったからここに来たけどたまには冒険をすることも必要だった、誰かのおすすめであればなんにも知らないお菓子を買うよりも安心できるから助かった形となる。
「それじゃあ邪魔をしても悪いから私は去るね」
「ちょっと待ってください」
「え、うん、どうしたの?」
母は何度も行かなくて済むようにまとめ買いをする人だから焦る必要はない、だからゆっくり付き合ってあげることができる。
とはいえ、星野さんも乃上君もちょっと待ってくれと止めてくるところは困りものだった。
「連絡先を交換しませんか?」
「えっ、私とっ?」
驚きすぎて固まっている間に「はい、それと優里香に教えてもいいですか?」と答えてくれてすぐに落ち着けた。
これは頼まれたから仕方がなくしているだけ、興味を抱いたとかそういうことではないんだから気にしなくいい。
ちなみにこういうことは嫌ではないためうなずいておいた。
「それはいいけど、そもそも求めているの?」
「はい」
打ち込むのに時間がかかるけど見られるのも恥ずかしかったから頑張って打ち込んだ、そうしてメッセージアプリ上ではお友達がひとり増えたことになる。
「そういえばこれも優里香関連のことなんですけど、ずっと『プールに行きたい』と言っているんですよね」
「うん、付き合ってあげたらどう?」
仲良しだから気まずいということもないだろう、それどころか彼の肉体美に見惚れてやっぱり~となる可能性もあった。
好意があるならとにかく一緒にいる時間を増やすしかない、気になっているのなら迷わずに行くと言っていたのだから自分が言ったことを守るべきだ。
「正直に言うと俺ひとりで優里香とそういうところに行きたくありません、なので、藤間先輩に付き合ってほしいんです」
「ええ!? ……あ、荷物番ぐらいならいいよ?」
「え、俺はそういうのではなくて一緒にいてほしいんですけど」
近くにいるということは服を脱がなければならないということだ、そして、全裸では犯罪になってしまうから水着を着なければいけないわけで……。
「む、無理無理無理っ、人が多いところとか苦手だしっ」
「そうですよね。すみません、自分勝手でした」
「あ……」
いや、水着の上に服を着ても問題ないんだからいいか。
ちなみに去られてしまう前に行くよと言ったらいい笑みを浮かべられて、お礼を言われてしまって……。
なんかいまので恥ずかしさとか吹き飛んだ、私はもしかしたらちょろい人間だったのかもしれない。
「そら、そろそろ帰るわよ」
「あ、うん、それじゃあまたね」
「はい、行くときになったら連絡するので」
「うん、待ってるね」
お会計を済ませて外に出る、母はすぐに「暑いわね」と言っていたけど私的にはやはり丁度よかった。
荷物を持たなければ来た意味なんてなくなるから持たせてもらった、外でいるときだけは手伝わせてくれるから不思議な母だと言える。
「ところで、さっきの男の子は誰なの?」
「一年生の乃上航生君、公園で寝ていたときに心配して話しかけてくれたんだ」
「こ、公園で寝ていた……のね」
「ま、まあまあ、人が来たときはちゃんと座っているから大丈夫だよ」
「と、とにかく、お友達がちゃんといるようでよかったわ、この点に関してだけは真海と違って心配になる子だから……」
残念ながらその点だけではなく私は全般的に真海より劣っている。
母もこういうところを見れば変わるかもしれないと考えていたものの、結局変わることはなかった。
いや、平等に見てくれるのは嬉しいよ? だけど同じようにできていると思われているのは微妙な気分になるんだ。
だって実際は空気みたいな存在だし、そのことで良くも悪くも興味を抱かれないからなんとかやれているだけだからね……。
「ああいう子が近くにいてくれるとありがたいわね」
「って、お母さんは知らないじゃん」
「分かるわよ、そもそも怖い子とかだったらあなたは『待ってる』なんて言わないでしょう?」
「おお、さすが私のお母さんだね」
「ふふ、ずっと見てきているのだから分かるわよ」
これは気が変わることを恐れてしているのもあった。
唐突に「やっぱり手伝わせないわ」となるのが母だから間違いではなかった。
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