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Nora
01話.[情けなくなった]
昼寝をするのに最適な気温だった、そのため、外とかそんなことは気にせずにベンチに寝転がっていた。
自宅の近くの公園でしているわけだけど問題はない、残念ながらこの公園に来る人は全くいなくなってしまっていた。
いまの子どもはなんでもスマホ! とかゲーム! とかそういうので盛り上がれるからこうなってしまっているのも当然だと言えるかもしれないが。
「いや、硬いな……」
帰路に就いている最中だったからいいかもなんて考えてしたことになるのに逆効果でしかなかった、移動をするのが面倒くさくなるわ、微妙な気分になるわで散々な結果だと言える。
それでもここで寝転んでいたところでいいことにはならないからよっこらしょと立ち上がる、それからやる気なく移動を始めた。
自宅近くとは行っても五百メートルぐらいは歩かなければならなくなるから私の老体にはよく効いた、これからは寄り道なんかせずにさっさと帰ろうと決める。
「ただいま……」
「おかえり、って、なんでお姉ちゃんの方が遅いの?」
「むしろ部活をやっている妹ちゃんがなんで早いのかな? サボっているとかだったら許さないぞ」
「いや、時間見てよ、十八時過ぎだよ?」
「おぅ、もうそんな時間だったのか……」
お昼ぐらい明るかったから全く意識をしていなかった、夏はこういう点が微妙かもしれない。
まあ、チェックすればいいだろと言われればそれまでだけど、腕時計でもあるまいしいちいちスマホを見るのもねえ……。
「そうだ、アイス食べる? さっきコンビニに行って買ってきたんだ」
「ほーん、それなら食後に食べさせてもらおうかな」
「うん、そうしたらいいよ」
リビングに移動すると鼻歌交じりでご飯を作っている母がいた。
最近で言えば珍しい? 専業主婦だからこういうことも可能になる。
私だって手伝うよと言っているけど残念ながら受け入れてくれないんだ。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
「あなたは部活動に入っているというわけでもないのだから早く帰ってきなさい、心配になるじゃない」
「大抵は近いところでぼけっとしているだけだよ、制服から着替えてくる」
そしてしょうもなくてありえないことを考えている。
例えば学校の蛇口から炭酸ジュースが出ればいいのにとか、階段を上るのは老体には辛いからエスカレーターになってくれればいいのにとかそういう風に。
一応エレベーターは存在しているけど怪我をしている人とかしか利用できない、だから視界に入る度にそういう思いが強くなっていく。
「お姉ちゃん、ちょっといい?」
「おけおけ、さあ、言ってみなさい」
他者のために動くことになるのは嫌だ、でも、それが家族ということになるなら一気に変わる。
むしろ妹ちゃんのためになれるならなんでもする、私にはできないことを頼んできたりはしないから安心して待っていればいい。
「明日彼氏とお出かけするんだけどさ、こっちとこっち、どっちの服がいいかな?」
「なんとっ、妹ちゃんには彼氏がいたのかっ」
「え、言ってなかったっけ? あ、そういえばお母さんには言っていたけどあの日もお姉ちゃんは今日みたいにいなかったか」
そうか、じゃあ心配はいらないな、だってその子が動いてくれるだろう。
ちなみに服については露出が少ない方を選んでおいた、そんなものを増やさなくたってきっと彼氏君的には問題ないだろうからだ。
「ありがと、最強の相談相手がいるから楽をできてるよ」
「楽しんできて」
「うん、お姉ちゃんも友達とお出かけしてきたらいいよ」
うぅ、いまので一気に萎えた、誰にだって友達がいるわけではないのに彼女は酷いことを口にした。
そういうのもあって悲しくなって引きこもっていたら母に怒られたから一階へ、酷い妹とは一緒にならなかったからまだ救いだと言える。
「母さんや、母さんは学生時代、どんな感じだったの?」
「唐突ね。そんなことはいいから早く食べてしまいなさい、あなたの好きなプリンも買ってあるから」
「いいから教えてよ」
現時点ではプリンとかアイスとかそういうのは魅力的に感じていない。
無理だとは分かっているけど自分が問題ないって話を聞いて思いたかった。
「普通よ、授業に集中をして、お休みの日はお友達と遊んで、という感じね」
「彼氏とかいなかったの?」
「お父さんが初恋の相手だから」
聞いておいてなんだけど次元がちげぇ……。
調子が悪くなりそうだったからご飯を食べて茶碗を流しへ持っていった。
ちゃんと挨拶と感謝を忘れずにして、それからお風呂に入ることにした。
「あ、いまから入ろうと思っていたのに」
「それなら先に入りなさい、お姉ちゃんは年上だから我慢できるのです」
「いいよ、一緒に入ろ」
「ははは、じゃあそういうことにしましょう」
いいさ、妹ちゃんがいる限りそっちの心配はいらない。
母だってある程度待てば孫を見られるのだからこっちになにかを言ってきたりはしないだろう。
「ねえ、剃り残しとかない?」
「うん、あ、産毛がある」
「それは仕方がないよ、よし、これなら問題ないよね」
「ちょっと待った、まだそういうのは早いよ」
「違うよ、プールに行くからだよ」
ああ、それなら気になってもおかしくはないか。
ただ、本当にそれだけならいいんだけどね、なんかそれ以上のことがありそうで不安になってしまった。
が、こんなことを言ったら怒られそうだったからやめておいた。
「今日もいい気温だな」
私は七月の気温が特にお気に入りだった。
人によっては暑いと言うかもしれないけど、秋ですら寒いと感じてしまう私には丁度いい感じなのだ。
「おい」
「んー? うぇっ、す、すみませんすみませんっ、いますぐどきますので暴力はやめてくださいっ」
所詮家族以外にはこんな感じだった、あのふざけたキャラを続けられるのは家の中でだけだ。
残念ながらもうあそこにはいられなくなってしまったから違うところを探すことにしたんだけど、
「待てよ、別に責めたいわけじゃないんだぜ」
「そ、そうなの……?」
「当たり前だろ、俺はただ寝っ転がっていたから心配になっただけだ」
なるほど、確かにごろっと寝転がっていたら気になるか。
私にとってはよくてもいまは真夏みたいなもの、熱中症とかで病人に運ばれる人なんかもいるからね。
「で、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
「そうか、それならいいんだ――あ、ちょっと待ってろ」
ぼけっと見ていたら「ほら」と飲み物を渡してこようとした。
私相手にこんなことをしてなにがしたいんだと固まっていたら「驚かせてしまったからな」と違う方を見ながら答えてくれたが。
「気にしなくていいよ、それより君こそしっかり水分補給をしなよ」
「俺も買うから問題ない、だから飲んでくれ」
お、おいおい、一目惚れとかそういうことじゃないだろうな? 私なんかを相手にするだけ無駄だからやめた方がいい。
あと、私はひとりでいられる方が好きだ、ひとりなら気を使わなくていいから楽でいい。
「俺は近くの高校に通っている乃上
「私は藤間そら、高校二年生だよ」
「えっ、あっ、……なんかすみません」
「いいよいいよ、というかそんな反応をされるとは思わなかった」
悪口を言ってくれなければそういうところはどうでもよかった。
それにこの自己紹介はきっと無意味なものになる、学校で会うなんてこともないだろうから私達は今日だけの関係だ。
でも、怖い顔なのに優しい子というのが実際にいるんだと分かってなんか安心できた、これで他者を見るだけでびくびくしてしまうような私はもういなく――それはないか。
「冷たくて美味しいね、これ、ありがとう」
喉は乾くから実はありがたいことだった。
というのも、問題ないからって調子に乗って外で過ごし続けたときに酷いことになったからだ。
「……汗とかかいてないんですね」
「うん、私的にはこれぐらいが一番だから」
「はっ? あっ、……こんなに暑いんですよ? ただこうして喋っているだけでも額から汗が出てくるぐらいなのに……」
「ははは、人それぞれ違うんだから気にしなくていいよ」
しかももう夏休みになる、部活をやっていないのであれば家にいられるんだから彼的にも安心できることだろう。
どんな人間だろうと汗をかけば体臭が心配になる、そういうのを気にしなくていいというだけでかなり楽になりそうだった。
「君が来てくれてよかったよ、来なかったら夕方まで寝ちゃっていたかもね」
そうしたらまた母に「早く帰ってきなさい」と言われてしまう。
本当に心配性な人だからなるべく不安にさせるようなことはしたくないんだけど、私も私でひとりの時間というやつが欲しいから難しくなる。
十八時ではなく十九時まで外でぼけっとしていた際にはわざわざ探しに出てしまったぐらいだった。
妹ちゃんの
「家じゃ駄目なんですか?」
「心配性な母がいるからねー」
「それなら余計に出ると不味いんじゃ……」
「あ、出かけることにはなにも言わないから」
ところでこの子はいつまでいるんだろうか。
場所はもう最初のベンチのところまで戻ってきているけど、簡単に言ってしまえば動きづらい状態だった。
怖そうな子ではないから逃げる必要はないものの、だからこその難しさがあるというか……。
「あ、あのさ、こうして外にいたということはなにか用事があったんじゃないの?」
「あ、そういえばそうでした、友達と約束をしていたのを忘れていました」
「えっ、じゃあ早く行ってあげてよ」
「そうですね、それじゃあこれで」
お金は残念ながら持っていなかったから返すことができなかった。
あの子が見えなくなってから体を倒して空を見る。
「いい天気だぜ……」
同じ高校ならいつか会えるだろう、そのときにちゃんと返せばいい。
誰だこいつという顔をされても構わない、私は私のためにそうするだけだ。
積極的に困らせたいわけではないから十二時には体を起こして帰路に就いた。
「ただいま」
「やっぱりそらだったのね」
「真海はデートだからこんなに早く帰ってこないよ」
ほら、こうやって毎回じゃないけど玄関のところまで来てしまうぐらいだからね。
たまに自分の方が精神的に強いんじゃないかと考えるときがある、が、すぐにありえないと終わらせる連続だった。
私より弱いわけがない、私より弱かったら親はやれないはずだ。
「上手くいけばいいけれど」
「大丈夫だよ、私とは違――ぶぇ、な、なんでぇ……?」
「そんなこと言わないの、あなただって真海と同じようにできるじゃない」
……少し親ばかなところも問題だった。
授業参観とかにだって毎回忘れずに参加しているのになんでここまで高評価でいられるのだろうか? それとも、残念なことは分かっていても認めたくないから自分をそうやって洗脳しようとしているとか? ……そっちの方がありえそうだ。
「ご飯を作るわ」
「たまには私が作るよ、お母さんは座ってて」
「いいわ、あなたが座っていてちょうだい」
くっ、こういうところもどうにかならないだろうか。
だけど母はずっとこんな感じだからいまさら言う方が間違いの可能性も――いや、正当化しようとしているだけかと苦笑したのだった。
あと五日で夏休みになる。
テストは終わっている状態だから大人しくしているだけであっという間に時間が経過するから問題はない。
それにしても私も二年の夏まで頑張ってこられたんだな、やっぱり精神力は意外と高いのかもしれなかった。
「あ」
この前の後輩君を見つけてしまった、しかもこっちに歩いてこようとしている。
友達と一緒にいるから話しかけるべきかどうか悩んでいる間にもどんどんと、どんどんとこっちに……。
「でさ、航生だったらそういうときどうする?」
「俺だったら迷うこともせずに近づくぞ、興味があるのに近づかないなんてもったいないからな」
いやまあ大体想像はできていたけど学校でも話しかけるわけがないよね。
あのときは私が大袈裟な反応をしたから自分が引っかからないようにするためにジュースを買ってくれたりしたんだ。
というか、どうしてこの階にいるんだろう? あ、先輩の友達がいるからか。
「ちょっと待ってくれ」
「ん? うん、分かった」
私がもっとしっかりしていたのなら上手くサポートしてあげるんだけど残念ながらそれはできそうになかった。
まず間違いなく一緒にいたら彼の方が先輩といった風に見られることだろう、私はそういうことがある度に縮こまる羽目になるんだ。
虚しい気持ちになるだけだからお金だけ返して関わらない方がいい、自分は自分で守らなければぼろぼろになっていってしまうだけでしかない。
「藤間先輩――」
「ひぎゃああ!?」
「ちょっ、落ち着いてくださいっ」
「……な、なんの用なの?」
女の子の友達もこっちを見てきている。
変に知り合いみたいな雰囲気を出すのは危険だ、……もしかしたら「誰ですか」と言ってしまった方がよかったのかもしれなかった。
ただ、そんなことを考えたところでもう遅い、私にできることはこれ以上失敗しないようにすることだけだ。
「こんなに簡単に会えるなんて思っていなかったです」
「……どうしてこの階を歩いていたの?」
「ああ、それは彼女が気になる先輩――」
「ちょ、ちょっと! 簡単に話したりしないでよ!」
「はは、悪い」
この感じだと彼氏彼女の関係というわけではないみたいだ。
つまり、無駄に敵視されることもないということだからかなりほっとした。
それならびくびくしていても仕方がないからちょっと待っててと言って離脱する、それからすぐに財布を握りしめて戻った。
「はい、昨日はありがとう」
「別にいいんですよ?」
「ううん、こういうのはちゃんとしないと駄目だから」
邪魔をしても悪いから少し移動し、壁に背を預けて座る。
「はあ~……」
情けない、そもそも大声を出してしまうなんて周りに迷惑だ。
どうしていつもこうなんだろう、一応真面目に生きてきたのに全くそういうところが成長してくれていなかった。
学生時代だからなんとかなっているだけで社会人になったらこういう幼さからクビに、なんてことも……。
「あははっ、大きなため息ですね!」
「ひぎゃ――んー!」
「慌てなくて大丈夫ですよ、問題なさそうなら手を離します」
こくこくこくと慌ててうなずいたらちゃんと押さえるのをやめてくれた。
それから横に座って「私は星野
「航生といつ知り合ったんですか?」
「き、昨日、ベンチで寝転んでいたら心配して話しかけてきてくれたんだよ」
「それなら誰だって心配になりますよ」
問題行為らしいから今度は川が見えるようなそんな場所で寝転ぶことにしよう。
家族相手にだけではなくてみんなに迷惑をかけたくないから変えていけばいい。
幸い、こうして言ってくれれば実行できる能力はあるから大事にはならない。
「へえ、なるほどなるほどー」
「え、あ、え」
「藤間先輩は可愛いですね、好きな人がいなかったのなら藤間先輩を手に入れたかったんですけどねえ」
こ、怖っ、肉食獣みたいな顔をしているよ、女の子がしていい顔ではないよ。
あとは一緒に行動していた乃上君はどうしたのと聞きたくなるけど、教えるかわりになにかをしてと求められそうだったからできなかった。
「こら、困らせるな」
「あはは、ばれちったー」
「ばれたというか、俺は最初から近くにいたよ」
「じゃあ警戒されないようにしたんだね」
「まあ、それはある、藤間先輩を驚かせたくなかったからな」
い、いや、これでも凄く驚いています。
はぁ、やっぱり年上がこんなのじゃ駄目だと凄く情けなくなったのだった。
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