第6話 『ゴールデンカムイ』考察~北海道の土地の権利書は有効か?

 ゴールデンカムイ284話に出て来た『北海道各地の開拓の進んでいない広大な土地の権利書』。

 これは果たして有効なのでしょうか。


 結論から言うと、作品内でのこれからの扱いはわかりませんが、歴史的には残念ながら有効ではないと思います。


 なぜ有効ではないか。

 それは似たような前例があるからです。

 前例というのは『ポルトメン事件』です。


 ポルトメンとは、アメリカ合衆国公使館書記官の名前です。

 幕末の頃、幕府の小笠原壱長行外務事務総裁は、ポルトメンに『鉄道敷設と使用の免許状』を与えます。

 明治維新が起き、明治2年2月、ポルトメンはその免許状を新政府の免許状に書き替えて欲しいと要求しました。


 伊藤博文たちは日本の鉄道が外国人によって敷設され、外国人によって運営されるようでは困ると、幕府と取り交わしたという約束を、新政府は受け継がないと断ります。


 また、ポルトメンに与えられた免許状は慶應3年12月のものでした。

 これは大政奉還の後です。

 政権はもう幕府から朝廷に移っています。

 つまりは幕府にはもうその権限はありません。

 また、この免許状は小笠原壱長行が勝手に出したものとされました。


 このポルトメン事件の流れと、ゴールデンカムイの作中で蝦夷共和国の榎本武揚さんと契約したという権利書の流れを照らし合わせてみてください。


 幕府は箱館戦争の頃には、もう大政奉還しています。

 権利書は榎本さんが勝手に出したものと言えます。


 ポルトメン事件の話を続けます。

 ポルトメンはアメリカ合衆国公使館書記官ですので、日本政府に鉄道免許状は無効だと、書き換えを断られたと、デロング米国公使に訴えます。

 

 デロング公使は怒り、日本に強く抗議します。


「すでに鉄道敷設に必要な人員も採用して、鉄道を作る材料も船に積んでいるのに、今になって約束を違えられるなんて、失望したし、ものすごい損失だ」


 さらに国家間のことも脅してきます。


「日米両国の交際にも害になるし、かつ、損失のために賠償金を求める理がこちらにはあるぞ」

 

 しかし、新政府側は前期のように「幕府が大政奉還後に、小笠原長行が独断で約束したものだから、新政府はこれを継承しないといけない理由はない」と回答します。


 アメリカ側は「幕府時代の義務はすべて引き受けるということを外国公使などに通告したじゃないか。だから、ポルトメンに与えた鉄道免許も新政府が認めるべきだ」と主張し、大隈重信・伊藤博文・寺島宗則がアメリカ公使と会見しますが、話し合いはお互い譲らず、物別れに終わりました。


 この件は明治3年まで続き、日本がイギリスと約束して、東京~横浜間の鉄道を建設する話が持ち上がった時も、アメリカは抗議し、「今後、日本政府はアメリカとの交際をどう保つつもりか?」といった話も含めて抗議しますが、日本はついに応じませんでした。


 このように国内どころか海外との約束、また、戦争をちらつかせる交渉であっても、新政府は断っているのです。


 作品内では『ガルトネル事件』が前例に上がっていますが、ガルトネル事件の交渉者は公家出身の東久世通禧開拓長官とまだ海外経験のない黒田清隆開拓次官であり、高い賠償金を支払うことになったのも、交渉の不慣れが原因かと思います。

 

 『ガルトネル事件』と『ポルトメン事件』は同じ年の事なので、交渉によっては、こういった前政権のかわした契約を破棄して賠償も払わないが出来たのです。


 また、「金塊だけ受け取ったら契約など無かったことにできるとならないよう、榎本さんが英仏普蘭伊英の各国公使を契約の場に立ち合わせた」とありますが、「国が結んだ契約の一方的な破棄は他国からの信用を落とす行為」となるかは微妙です。


 鉄道敷設でもアメリカとの約束を破棄して、それで、イギリスの協力を求めるのですが、それを知ったイギリスが「アメリカとの契約を破棄するんて信用できない!」とはなっていません。


 むしろイギリス側はアメリカとの契約破棄を歓迎し、後押ししています。


 外国もそれぞれの関係があり、他国との契約が破棄されて、自国の利益になるなら歓迎ということも有り得るのです。


 金カムの時代はもう明治初期と違い、外国経験のある人も外国語を理解する人も多くなっているので、権利書は政権が変わる混乱期であり、蝦夷共和国は正式な政府とは言えず……と、うまく破棄されてしまう可能性のほうが高いのではと思われます。


 もし、明治政府が北海道権利書を受け入れるとしたら、それは『その要求を飲む気がある』場合でしょう。

 

 鶴見中尉ならば鶴見中尉と交渉する有用性を認めた時。

 アシリパさんなら、アシリパさんの求める北海道の民族の権利を認めようと考えた時。


 結局は権利書があったとしても相手側の出方によるし、国の利益にならないと判断するならば、海外から批判を受けることになろうと、明治政府側は権利書無効に向けて動くのではないかと思うのです。


 ただ、それらの歴史的なあれこれはさておき、権利書は価値があって欲しいなと思います……。


 アシリパさんが「井戸は埋めたままにして欲しい」と願った以上、みんなが命を賭けて探した金塊は無かったものになってしまいます。


 その上、土地権利書まで価値のないものにはなったら、みんながいったい何のために命を賭けて戦ったのかとなってしまうので……作品の中ではみんなが命を賭けた価値のあるものであって欲しいなと願っています。


(※この話は単行本発売前の連載時のゴールデンカムイ284話を元に書いています)






 

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