第5話 『ゴールデンカムイ』感想・尾形百之助の人生は他の道はなかったのか?

 この感想は310話の本誌感想です。

 アニメ派、単行本派の方はご覧にならないようお気をつけ下さい。

 なお、考察ではありません。何なら感想ですらない憂い、悲嘆のようなものです。

 開いた瞬間に見ないように少し間を開けます。

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 もう一週間以上経つのですが、夜中になると不意に「尾形の人生は他の道はなかったのかな」と考えがちです。


 一部では展開が早足なことに「丁寧に書き直して」といった声を上げてる方もいるようですが、週刊でこれだけのお話を書いてるのですから、そんな気は微塵もありません。


 ただボーっと「尾形の人生に他の道はなかったのかなぁ」と思ったりするのです。


 家庭環境の話が取り上げられることがありますが、格別に尾形の家庭環境が悪かったとは思いません。


 尾形のように芸者さんの子だったという人はたくさんいます。


 ネットで検索しても芸者の子だったなんて人は見ないと思われる方もいるかもしれませんが、それはわざわざ庶子や親が芸者と書いていないだけで、実際には結構いたのです。


 例えば伊藤博文の次男・眞一氏の母は新橋の芸者さんです。

 母は別の男性と結婚したので、その元で暮らしていましたが、東大法学部を出て、満鉄大阪事務所長となり、大久保利通の親族と結婚しました。


 金カムの時代は日露戦争後の時間軸なので、その時の総理大臣は西園寺公望ですが、西園寺のお妾さんも新橋の芸者です。

 西園寺の場合は、生涯、結婚しなかったため、正妻となる人がいないので、お妾さんというのとはちょっと違うかもしれませんが、明治14年に新橋のお座敷で出会った芸者さん・玉八さんと同居し、玉八さんは新子さんという娘を産みます。


 この新子さんが後に毛利公爵家から婿をもらい、その子供・不二男氏→公友氏→直之氏と現在の西園寺家が続きます。

 娘だからまた違うのかもしれませんが「芸者の子どもだから」という理由で、公爵家と結婚することを拒否されたり、子孫を認められなかったりはなかったようです。

 余談ですが、西園寺の家柄は明治維新で台頭した伊藤たち薩長程度とは違います。7代前は第113代天皇・東山天皇です。皇室に連なる血の人間であり、家柄なのです。


 硫黄島で戦死した馬術の金メダリスト・バロン西は正妻の子ではなかったため、生まれてすぐに家を出され、喧嘩を繰り返す子ども時代でしたが、後に男爵家を継いで、陸軍幼年学校、士官学校と進み、陸軍騎兵少尉となります。


 大正時代の人事録とか見てても、陸軍士官の人で華族の庶子ですとハッキリ書かれてる人もそこそこいるんですよね。


 尾形は手柄の見返りとして奥田閣下に士官学校への入学、陸軍大学校の卒業と言っていて、あれは第七師団長になるための条件というだけでなく、そういう環境への憧れがあったのかなと思うので、正妻の子でなくてもそういう道を辿っていることもあるのにと考えてしまいます。


 二次元と三次元の話を混ぜて考えても意味はないのはわかってるので、「親が芸者さんでも、庶子でも楽しく暮らしてる人もいたのになぁ」くらいのボヤキだと思ってください。


 尾形の家は祖父も軍人という話がありましたが、年齢的に軍人というか武士だったのかもしれません。

 そう考えると維新志士たちのように低い地位ではなく、れっきとした藩士の家柄なのかもしれません。


 もっともそれならそれで権妻ごんさいとして、トメさんを囲うという生活も出来たはずです。

 自由民権運動で有名な板垣退助も多くの権妻(妾)がいました。

 『妾宅しょうたく』という言葉が存在するくらいですから、世の中にはお妾さん用のお家を建ててる人がいっぱいいました。

 

 茨城の暮らしで言うと、祖父は尾形に銃を教え、祖母は尾形にご飯を食べさせ、尾形自ら「バアチャン子」と言っているわけですから、祖父母には可愛がられていたのではと思われます。


 少なくとも「金のために娘を芸者に出したのに、こんなのが生まれたせいで!」というような扱いを尾形がされたような感じはありません。


 家庭環境の話で言うと、人間は未知のものが怖いので、凶悪な犯罪が起こると理由を求めて「家庭環境が悪いせい」と言いたがります。


 もちろん、お腹が減っての窃盗であったりは環境が影響するとは思いますが、それ以外はそうとも限りません。


 前に座間9人殺害事件の犯人のインタビューを読んだのですが、真面目に仕事をしている父と料理が好きな母と妹という、絵に描いたような四人家族でした。


 神戸の事件も、母が自分の息子が犯人と知らず、小学生の弟妹が狙われないか心配していたような平凡な家庭でした。


「何か理解できない未知のものがあると家庭環境のせいと言いたがる」が、尾形と家庭環境がと言われる話にもあると思うのです。


 尾形は祖父母には可愛がられていたようですし、トメさんは壊れてしまって尾形を見ずに「お父っつぁまみたいな立派な将校さんになりなさいね」とは言っていましたが、尾形が出来たせいで幸次郎さんが来ないというような当たり方をした形跡はありません。


 ちなみに「トメ」という名前はだいたい末子に付けられます。

 これで最後の子どもという意味を込めて「トメ」とつけられるそうです。


 最後にならずに末子じゃない人もいますが、トメさんに兄弟がいたら、そこも頼れたら良かったのかなと思ったりもします。

 文豪でも「叔父に世話してもらって上の学校に行った」などの話があるので……。


 家庭環境はトメさんの性格が違えば、また、状況は変わったのではと思います。


 働いていた店も「子どもを捨てて働け」言わずに外に出してくれる店で、実家も「うちには金がないんだぞ、働いてこい!」ではなく受け入れてくれるならば、幸次郎さんの家に押しかけて金だけふんだくるでも、実家で畑や狩りをして暮らすでも出来たと思うのですが、捨てられたショックが強かったのでしょう。


 幸次郎さんが悪い。


 思わず本音が零れましたが、親との関係があまり良くなかったり、養子に出されたという人はこの時代は多くいます。

 下の子は継ぐ家が無いから、婿に行ったり、養子になるのは多い時代なので。


 夏目漱石も「子どもがたくさんいる上に、こんな年で子どもが出来て……」と母親が恥じて生まれてすぐに里子に出され、その後も父に仕えていた人の家に養子に出されたり、あちこち行かされています。


 ただ、親との関係は悪かったものの、長兄・大助のことは尊敬し、慕っていました。そして、大学予備門時代は中村是公を始めとした下宿仲間が出来ます。


 尾形も勇作さんが弟ではなく、兄だった場合、また状況が変わったのかもしれません。

 土方一派のところにいるときの尾形はリラックスしてるように見えました。

 人に助けてと言ったり、甘えたりは出来なくても、年上の人に囲まれるのは落ち着くのかもしれません。

 また、兄であったならば接し方が変わったかもしれません。


 もっとも、勇作さんが兄だった場合、正妻より先に出来た男児ではないので、違う意味で扱いが違ったのかもしれませんが……。


 尾形にとって一番重要だったのは、『友達』の存在かも知れません。


 茨城にいた時、軍人になった時、どこかで『友達』の存在があったら、尾形は変わったのではないでしょうか。


 杉元たちと過ごしている時、キロちゃんやアシリパさんたちといる時、そこで過ごしている尾形の姿が全部が嘘だったとは思えないのです。


 もし、子どもの頃に一緒に遊ぶ友達がいたら、「おっ母、見て」は続かなかったのかもしれません。

 親なんて放っておいて遊ぼう遊ぼうっとなれる道があったかもしれません。


 軍人になった時に、同じ境遇まで行かなくても、理解ある同僚と出会えていたら、仮に鶴見中尉と縁があった状態でも、何か違う道があったのではないでしょうか。


 飄々とした尾形はカッコいいですが、あの飄々とした態度は、助けてと口に出せない裏返しで身につけた態度なのかもしれません。


 幼児の時から他の手段でなく、わーわー泣いて「自分を見て」言えないまま、それがずっと来てしまったのかもと思います。


『友達』以外に必要だったのは『目標』かもしれません。

 

「第七師団長なんぞ偽物でも成り上がれる」ではなく「第七師団長なんて価値がないものだから軍人になんてなる必要もない」となれたら。

「立派な将校さん」というものに価値がないと思えていたら。


 尾形自体は総じて能力が高かったわけで、幼少期思春期に友達が出来て世界が広がったら、違う目標も出来た気がするのです。


 尾形百之助の人生に他の道が出来る可能性があったとしたら、それは『人との多くの関わり』で生まれたかもしれません。


 そういう点ではもっと早い内に杉元や白石やアシリパさんに会っていたら、違う道があったのかもと思っています……。

                           (終)

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