後編 詐欺師と嘘(2)
辿り着いた先は、街の外れの雑木林にある、ダンジョンへの入り口だった。
こんなところに入り口があったかしらと、マコトは首を捻る。
「ここは裏口。メインの入り口はダンジョンの1階層に隠してあるんだ」
「何の裏口?」
「マフィアのアジト」
アランが冗談めかして言う。笑えない冗談に、マコトは冷ややかな視線を向けただけだった。
「何でアンタが裏口まで知ってるわけ」
「昔、ちょっとね」
適当にはぐらかすアランに、マコトは追及することを諦めた。絶対にろくなことではないのを察知したからだ。
今は一分一秒が惜しい。アランのことは後で警察に突き出そうと決めて、彼の背中を追いかける。
アランの後ろを歩き、ダンジョンの中に入った。
ダンジョンといっても、普段マコトが出入りしているそれとはずいぶん趣が違う。
洞窟のような見た目は同じだが、その道はひどく狭く、ただ廊下と下へ向かう階段が交互に現れるばかりで、モンスターの姿がなかった。
開錠スキルで鍵や隠し扉を次々に開けて、地中深くに潜っていく。
「結構降りたんじゃないか? こんなに深い階層、初めて来た……」
「アジトとして使えるように開拓してあるから、基本モンスターなんかは居ないはずだよ」
アランがふと、何の変哲もない壁に手をかざす。
開錠スキルが発動した。ごうんごうんと岩が動くような音がして、洞窟と完全に同化していた隠し扉が開き、その中へ入れるようになる。
扉の向こうを覗き込むと、大型の大砲と重機関銃が据えつけられているのが見えた。
もともとのダンジョンに、こんなものがあるはずがない。誰かが人為的に置いたものだ。
「ここなんかは、万が一攻め込まれたときの見張り部屋かな。ほら、魔法で壁を加工して、下の広間とメインの入り口が見渡せるようにしてある。もともとは宝箱でもあったのかもしれないけどね」
アランの言うとおり、西と東の壁一面がくりぬかれて、ガラスが嵌めこまれている。
入り口からは反対側の洞窟の壁が見えるだけだが、広間と入り口を見下ろすように設置されているらしかった。
おそらく隠し扉同様、反対側から見てもそうは分からないよう偽装魔法が施されているのだろう。
ダンジョンの壁や床には自己修復機能があり、壁に穴を開けることも、ましてこのような加工を施すことも容易ではないはずだ。
それだけで、マフィアの中に相当優秀な魔法使いが属していることが推測できた。
「まるで要塞だな」
「ダンジョンの中なら、法律なんてあってないようなモンだからねぇ」
アジトにはもってこいよ、とアランは笑う。
その乾いた笑いに、マコトはごくりと息を呑んだ。
ダンジョンの中なら、蘇生薬さえあれば死ぬことはない。
だが、蘇生薬がなければどうなる?
ダンジョンから帰ってこない人間など、ごまんといる。
人間の死体を食うモンスターもいる。
この奥でとてつもなく恐ろしいことが行われている可能性に気づいて、マコトはぞっと背筋が寒くなった。
早く、助けなくちゃ。
マコトは銃を握る手に力を込めた。
開錠スキルで鍵や隠し扉を次々に開けて、地中深くに潜っていく。
魔法解除のスキルレベルは高くないと言っていたが、開錠スキルはかなりの高レベルのようだ。
物理的な鍵だけでなく、魔法で閉鎖された扉も手をかざすだけであっという間に開くことができた。
マコトが過去に組んだパーティーにも暗殺者はいたが、とても比べ物にならない。
さすがは曲がりなりにも勇者パーティーにいた男だと、内心で舌を巻く。
そして同時に、それを悪事に活用していたと思われる――というかそうとしか考えられない――アランを見る目が冷たくなっていった。
味方だからこそ頼りになるが、この男を野放しにしていいのだろうか。
一生独房に入れておいたほうが世のため人のためかもしれない。
人助けに来たはずが何だか後ろめたくなり始めたところで、先導していたアランがさっと手を伸ばしてマコトを制した。
「シッ」
僅かにマコトを振り返り、唇に人差し指を当てる。咄嗟にマコトも息を潜めた。
壁に身を隠して、アランの肩越しにその視線の先を覗き込む。
別の入り口からこのアジトに戻ってきたらしい一団が、壁の向こうの広間に入ってくるところだった。
少々身なりの悪い冒険者風の男が、十数人。おそらくこのアジトを利用しているマフィアの一員だろう。
その中に、背中を押されながら歩く女の子の姿があった。
写真の子だ、とマコトは息を呑んだ。
両手を拘束されて、髪や服は汚れている。頬には殴られたような跡が見て取れた。
ギルドで聞いたとおり、見つかってしまって……捕らえられたのだろう。
どうする、とマコトは思考を巡らせる。
飛び込んで捕り物を演じたところで、こちらは2人。
敵の男たちは皆身なりは悪いが屈強そうな身体つきだし、魔法使いらしき装備の者もいる。正面から行っても勝ち目は薄い。
定石としては相手の攻撃の届かないところからの狙撃だが、魔法使いがいる以上、防御魔法が張られている可能性が高かった。
相手の魔法使いのレベルが分からないが、防御魔法を貫通して攻撃できるほどの威力の魔法弾は、今は手持ちがない。
ではどうする。どうすれば。
アランは広間に視線を向けるマコトをちらりと見下ろした。
その表情が至極真剣で、切羽詰まったものであることを確認すると、ふぅと小さく息をついた。
「俺が隙を作るから。後は坊ちゃんが何とかしてね」
「何とかって、」
マコトの台詞の途中で、アランは足音も気配も隠さずに、広間に向かって歩き出した。
緊張感を微塵も感じさせない気の抜けた調子で、ゆるりと片手を上げる。
「やー、久しぶりー」
「アラン?」
気配を感じて身構えていた男たちのうち、1人がアランの名前を呼ぶ。
他の男たちを付き従えるように歩いていた、リーダー格らしい男だ。
黒いローブの下、腰に杖を提げている。職業はおそらく魔法使いだろう。
やっぱり知り合いじゃないか、とマコトはアランに向ける視線を冷ややかなものにする。
無事に女の子を助け出したら、アランともどもマフィアを警察に突き出そう、と心に決めた。
「お前、もうシャバに出てきたのか?」
「やー、保釈金払ってくれるやさしい知り合いがいてね」
好きで払ったわけじゃない。
警察に突き出す前に一度殴ろう、とマコトは拳を握り締めた。
「お前がムショにいる間、ひどい騒ぎだったんだぞ。お前が捕まったのはどうでもよかったが」
「どうでもいいって、ひどいな」
「押収品の宝石が一部消えてやがった。ボスがたいそうお冠だぜ」
「おいおい、俺も被害者だよ」
「だろうよ。お前にそんな度胸はねえよな」
クツクツと男が笑う。
まるで馬鹿にするような口ぶりだが、アランには気にしている素振りは見られなかった。それどころか、一緒になって笑っている。
「そっちのツテから聞いたところじゃ、ガキがお前のことをサツにタレこんだらしい。大方この女だろ」
「だから知らないって言ってるじゃない!」
「黙ってろ」
「きゃ!」
反論した女の子の背中を、男が乱暴に突き飛ばした。
女の子はたたらを踏んでなんとか踏みとどまり、キッと男を睨む。
「チッ、元気なお嬢さんだぜ。通報しただけじゃなく、宝石までちょろまかしやがって。マフィアを敵に回すとどうなるか……きっちり教えてやらないとな」
男が女の子に向き直る。
マコトはだらだらと脂汗をかいていた。
何故なら通報した「ガキ」というのが、おそらく……というか間違いなく、マコトのことだったからだ。
どうしよう。「お前のせいじゃないか」と散々アランを責めてしまったが、どうもあの子が疑われた一端は、知らず知らずのうちにマコトが担っていたらしい。
いや、でも悪事を通報しただけだし。ていうかそもそも突き詰めたら、悪いのはマフィアだし。
マコトはそう自分に言い聞かせつつも、何としてでも女の子を助けなければ、というプレッシャーを先ほどまでより強く感じることとなった。
アランもそう感じたのかは分からないが――恐らく感じていない――、脅かすように女の子を睨みつける男の前に、さっと身体を滑り込ませる。
そしてわざとらしく揉み手をしながら、男を見上げた。
「ね、やっぱ今回、俺の取り分はなし?」
「ああ?」
ぎろりと男がアランに視線を向ける。
遠くから見ているだけでも身が竦みそうなその視線を受けても、アランは変わらずへらへらしていた。
それを見て、男がチッと舌打ちする。
「当たり前だろーが。吊るさないだけありがたく思え」
「とほほ。だよねぇ」
「なんだ、ノコノコ顔出したかと思えば、金集りに来たのかよ」
「やー、金欠でさ」
男は、アランのことを値踏みするような目で見つめていた。
そしてやがて、吐き捨てるように言う。
「お前みたいな運び屋、代わりはいくらでもいるんだ。尻尾は大人しく切られときな」
「ま、そりゃそうかもしれないけど。尻尾は尻尾でいろいろあるのよ」
肩を竦めて、アランはまたへらへらと笑う。
その後も、アランは金の無心をするような言葉を男に投げかけている。
半ば呆れかけていたマコトだが、やがてはっと気づいた。
そうか。アランは時間を稼いでいるのだ。
タイミングを見て、隙を作るために。
アラン一人であの人数を相手に出来るわけがない。
つまりアランは時間を稼いで、待っているのだ。
マコトが、配置に着くのを。
先ほど通りかかった見張り部屋を思い出す。
もし、アランがこのことを見越して……わざとあの部屋を、マコトに見せたのだとしたら?
マコトは弾かれたように振り返り、駆け出した。
○ ○ ○
「なぁ、アラン。お前どうしたんだ?」
「ん? どうしたって、何が」
「あの程度の仕事で捕まるなんてヘマ、お前らしくもない」
マコトが例の見張り部屋に身体を滑り込ませると、その部屋の中には広間の音声が響いていた。
どういう仕組みか知らないが、見張りのためのこの部屋には、広間や入り口の音声を拾えるような魔法が仕込まれているらしい。
アランと話す男の声を聞きながら、マコトは重機関銃に歩み寄る。
ガラス越しに照準を合わせてスコープを覗くと、広間にいる1人1人の表情まで、よく見えた。
アランに相対する男に、スコープを移す。
まるで親しげな……旧知の仲のように語り掛ける口調とは相反して、その目の奥は笑っていなかった。
「ここに来るのだって、そうだ。俺たちに袋にされる可能性だってあった。見込みのない金の無心をするために、わざわざそんなリスクを侵すとは思えない」
ぎらりと、男の目が光る。
その視線が、敵意が、自分に向いた気がして、マコトは咄嗟にスコープから目を離した。
「バックに誰がいる? サツか?」
「…………」
「なるほどな、道理で早く出てきたわけだ。司法取引ってやつだろ。お前みたいなやつの保釈金を払う奴なんて、いるはずねぇもんな」
アランの沈黙を勝手に都合よく解釈して、男が笑う。嘲笑というのがしっくりくるような笑い方だ。
マコトは何故だか自分が馬鹿にされたような気分になった。
いるよ。いますよ。
しかもこの数日で2回も払った人間が、ここに。
いて何が悪いんだ。
男に対して抱いていた恐怖が、怒りで塗り替えられたのを感じた。
「なあ、アラン。サツについてもいいことねぇぞ。所詮人間同士、突き詰めりゃあ利用するか、されるかだ。サツだって同じだよ」
やさしげな声を出しながら、やさしそうな顔をしながら、男がアランの顔を覗き込む。
マコトからはアランの後頭部しか見えないので、その表情は窺い知れない。
「俺たちにつけ、アラン」
「あれ? 切り捨てたんじゃなかったの?」
男の言葉に、アランが軽口で返す。
相変わらず表情は分からないが、声の調子から笑っているらしいことは伝わってきた。
「サツのスパイなら話は別だ。いくらでも使いようがある。二重スパイってやつだな。俺たちのほうがケチな公権力よりかは、金払いもいいはずだぜ」
「二重スパイか」
今度はくつくつと笑い声が聞こえる。
マコトはスコープを覗き込んだまま、重機関銃に手をかけた。
部屋には鍵が掛かっていたが、銃自体には何の仕掛けもないらしい。
当たり前である。もともとこの部屋は隠し扉の向こう側なのだ。
味方以外がおいそれと入り込むことは、想定されていない。
セーフティーを外す。しばらく使われていなかったのだろう、妙に重たく感じた。
スコープ越しに、アランの後頭部を眺める。
「裏切るかもよ? 俺」
「裏切ったらそん時は、殺すだけだ」
男が冷たい声で言う。
マコトは引き金に指をかけた。
男の声と同じくらい、ひやりとしている。
「何、お前にそんな度胸はねぇだろうよ。それに……」
大きく息を吸って、吐いた。
マコトは自分に言い聞かせる。
大丈夫。ここは右世界だ。
剣と魔法と、スキルがモノを言う世界だ。
外さない。
あとは……
「お前はどう考えても『こっち側』の人間だ。それもどっぷり、肩まで浸かってやがる。今更サツの真似事なんざ、出来っこねぇさ」
「そうさね」
アランが男に向かって、片手を差し出した。
男が小さく「交渉成立だな」と呟く。
そして、アランの手を握り返した。
それを合図に、マコトは引き金にかけた指に力を込める。
「確かに俺は、そっち側なんだけど」
マコトからは、アランの表情は見えない。
それでも、マコトには。
「残念ながらうちのリーダーは……筋金入りのお人よしなんでね」
彼が笑っているように、感じられた。
「
「っ! 伏せ」
ばらららららららっ!!
男がアランの思惑に気づき、声を発そうとしたその瞬間。
耳を劈くような破裂音が、空間を揺らす。
続いて、広間に大量のガラスの破片が降り注いだ。
一瞬の沈黙ののち、アランを取り囲んでいた男たちが、1人残らず地面に転がった。
全員、脳天を一発で打ち抜かれている。
呆然としていた女の子は、倒れた男たちの姿を見て、ふらりと気を失って倒れてしまった。
広間に立っているのは、アランだけになった。
○ ○ ○
「うひゃあ。レベル7の必中だと掃射がこうなるのね」
「アラン!」
マコトが通路を下ってアランの下に駆けつけたときには、彼は降りかかったガラスの破片を叩きながら、独り言のように呟いているところだった。
マコトはしばらくアランを見つめていたが、やがてぽつりと言う。
「よかったのか?」
「何が」
「オレに味方して」
マコトは視線を泳がせて、言いにくそうに言った。
「アンタ、絶対寝返ると思ってた」
「信用ないなぁ」
その言葉に、アランはわざとらしく傷ついたような顔をした。
そしてごめんとかなんとかぼそぼそ言っているマコトを見て、軽く肩を竦める。
「ま、お互い様か」
不思議そうな顔で彼を見上げるマコトに、アランは少々ばつの悪そうに苦笑いする。
「俺も、撃たれるのかと思ってたよ」
「仲間を撃つわけないだろ」
信じられない、といった口調で抗議するマコト。
その反応に、アランはまたへらへらと笑う。
「まー、あれですよ。俺もね、思うところがあるのよ」
ふと、彼が地面に転がっている女の子に視線を移した。
「生きてたら、俺の娘もこのくらいの年だったかな、とかね」
「え」
「まぁ嘘だけど」
「嘘なんじゃねぇか!」
マコトの怒鳴り声を、「騙されすぎ」とアランが肩を竦めて躱わす。
ぶつくさと文句を言うマコトを尻目に、アランは気を失った女の子を背負った。
「ほら。帰るよ、マコト」
急かされることに少々釈然としない思いをしながらも、マコトはアランを従えて、ダンジョンの階段を登る。
ぐるぐると似たような景色が続くのを眺めながら、ぼんやりとアランと出会ってからのことを思い出していた。
何とも長い数日間だった。思い起こすと、どっと疲れが押し寄せてくる。
「結局、保釈金は返ってこないのか」
「あー、それだけど」
ぽつりとこぼしたマコトの言葉を聞きつけて、アランがふと足を止めた。
右側の壁に、そっと手を当てる。
がごん、と壁の内部で何かが動くような音がして、隠し扉が開かれる。
その中には、目もくらむような金銀財宝がひしめいていた。
「ダンジョンの中なら、開け放題だから」
「アンタ、最初っからそれが狙いで……!?」
マコトの驚愕と呆れを滲ませた問いかけに、アランは軽く肩を竦めて応じる。
「いくら良い子ちゃんでも、悪い奴から盗むなとは、言わないよね?」
頭に風穴開けるくらいだし、と笑う。
時価総額いくらになるか想像もつかないほどの財宝を前に、マコトはしばし立ち尽くす。
そしてはっと我に返って、目の中に浮かぶ
「け、警察に届けて……持ち主が見つからなかったら、正当に、拾得者の権利を行使させてもらいます……」
「真面目だなぁ」
その様を見て、アランはまたくつくつと笑っていた。
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