後編 詐欺師と嘘(1)

「まったく、アンタのせいで大赤字だ」

「それでも律儀に保釈金払ってくれちゃうところが、カモられる原因なんだと思うよ」

「絶対働いて返してもらうからな」


 交番にアランを引き渡して、保釈金を払って、釈放してもらって。

 一連の流れを終えて、――ついでにホビットのスリについても報告して――翌朝、2人は目的地であるギルドへやってきた。


 マコトは出来るだけ報酬の高そうな依頼を探して、掲示板を眺める。


 そうしているうち、少々むなしくなった。

 昔は、出来るだけレベルの上がりそうな依頼を受けようとか、そうでなくとも誰かの役に立つような依頼を受けようとか考えていた。


 いつしかそれが「ソロでもこなせる依頼を受けよう」に変わり、今や「報酬の高そうな依頼を受けよう」だ。

 何となくマコトは、この数日で自分がとても汚れた人間になったような気がしていた。


 しかし背に腹は代えられない。先立つものは必要だ。

 ふと、目に留まった掲示の内容を読み上げる。


「あ、これなんかいいんじゃないか。成功報酬で100万ゴールド」

「人捜しねぇ」


 アランも同じ内容の掲示に目を留めていた。

 楽しげに笑う女の子の写真が何枚も使われた、目を引く張り紙だ。

 ギルド側が一律で作成しているものではなく、依頼主が自ら作って持ち込んだらしいことが分かる。


 こういった依頼の場合、すでに依頼者がギルドに手数料を払っているので、報酬はまるまる冒険者の手元に入る。

 条件さえ折り合えば、割のよい依頼であることも多い。


 マコトの指の先を眺めていたアランだったが、やがてゆるやかに首を振った。


「やめとけ坊ちゃん、こりゃフェイクだ」

「え?」

「まず報酬が高すぎる。それに、連絡先が警察じゃないだろ。警察に知られちゃまずいってことだ」


 アランの言葉に、再度張り紙に目を向ける。


 ギルドへの張り紙と街中で配るビラを兼ねているらしく、何か情報があったら知らせてほしい、その場合も謝礼として3万ゴールドを支払う、という旨が書かれていた。

 そしてどちらの場合も連絡先は、依頼人の個人の通信端末の番号となっている。


 掲示板にあるほかの尋ね人の張り紙には、確かに最寄りの警察署の番号が書かれているものも多かった。

 だが、嘘だと言い切る理由はない。単にそうする依頼人が多い、というだけのことだろう。


 事実、尋ね人というのは対象が成人している場合、余程の事件性がなければ警察はおおっぴらに動くことが出来ないそうだ。

 本人の意思によるものと判断されるからである。


 ギルドで依頼として掲示されていても、討伐等と比べて確実性に欠けることから、避けられがちだった。

 古ぼけた尋ね人の張り紙がその証拠だ。


 件の依頼は確かに他の依頼と比べれば桁が1つ多いが、報酬を吊り上げなければ受けられにくい依頼だからともいえる。


「お金持ちの家なのかも」

「金持ちならお抱えの傭兵か冒険者を使うだろ」


 それもそうか、と思った。

 少なくとも、100万ゴールドをぽんと支払えるような家なら、お抱えの傭兵ぐらいいるのが当たり前だ。ビラ配りはともかく、大金をエサに冒険者を集める必要はないように思えた。


「で、でもさ。すごく大切な家族だから、藁にも縋る思いでってことも」

「ビラに使われてる写真は公開されているSNSにアップされてるものばかり。ちょっと調べりゃ誰だって手に入る」


 アランが手元の通信端末を使って、張り紙に書かれた女性の名前で検索する。

 画像検索欄のトップ10くらいに、張り紙に使用されている画像がすべて出てきた。


「家族が探してるなら、当日の服装とか足取りとかも書くでしょうよ。でも、これにはそれがない」


 言われて、ほかの尋ね人の張り紙と見比べる。

 指摘されてじっくりと見てみれば、他の張り紙と比べて違和感のある点が、多いように思えてきた。


「じゃあ、この人は……」

「大方、後ろ暗いところのある奴らに追われてるんだろうね。それで自ら行方をくらましてるって線が濃厚だ」

「でも、どうしてその後ろ暗い連中が、ギルドに?」

「見つかればラッキー、ってよりは……こうして顔が晒されてちゃ、ギルドには助けを求めにくいでしょ」


 だからフェイクなんだよ、というアランの言葉に、マコトは納得して頷いた。

 冒険者は基本的に、人助けが仕事だ。人気商売でもあるから、一般人から助けを求められた場合には出来る限り手を貸すだろう。


 だが、このように先に依頼がされてしまっていては、見つかったら依頼主のほうに突き出されかねない。ギルドに駆け込むという手が使えないのだ。


 ギルド側も、警察と比べて管理が割と杜撰なので――だからアランのような人間が冒険者をしていられるのだろうが――依頼者の意志を尊重して、多少の違和感があってもストップをかけるものは居なかったのかもしれない。

 冒険者を束ねるギルドだって、もちろん人気商売なのだ。


 写真の中で笑う、女の子を見つめる。

 歳はマコトとそう変わらない、ちょっと勝気そうな、普通の女の子だ。


 マコトはぎゅっと手を握り締めた。


「なら、助けなきゃ」

「はぁ!?」


 マコトの言葉に、アランがぎょっと目を見開く。

 大真面目な顔をしているマコトに、やれやれと頭を抱える。


「よせよ、フェイクだって言ったろ。仮に見つけても儲けはないぜ」

「だって、悪い組織に追われてるかもしれないんだろ。助けてあげなくちゃ」

「坊ちゃん、本物の馬鹿なわけ?」

「馬鹿で結構」


 呆れた声を出すアランに、マコトは堂々と胸を張って返す。


 今日のマコトは心がすさんでいた。

 そろそろ善行をして「自分はまともな人間だ」ということを自身に言い聞かせておかないと、アランに引っ張られてダメな人間になってしまうのではないかという気がしていたのだ。


 儲けのない人助け、大いに結構。

 もはやマコトは開き直っていた。


「パーティーのリーダーはオレだ」

「俺は嫌だね、そんな無駄なことに首突っ込みたくない」

「ほら、悪い奴らを捕まえて警察に突き出したら、保釈金まけてもらえるかもしれないし!」

「あるかなぁ、そんなこと。相手はドケチの公権力よ? あいつら留置所で食べた飯代まで1ゴールド単位で要求して来るんだから」

「留置所でのんきに飯食うなよ」


 通報したときの警官の顔を思い出す。明らかに「またコイツかよ」という顔をしていた。

 何度も世話になってはベッドが硬いと文句を言ったりふてぶてしく食事を要求したりしている様がありありと想像できた。反省の色がまったく見えない。

 さぞ捕まえ甲斐のない男だろう。


 結局、マコトはまったく乗り気ではなさそうなアランを無視することに決め、無理矢理その腕を引っ張って情報収集へと繰り出した。



 ○ ○ ○


 アランの裏社会の伝手も使って調べたところ、整理するとこうだった。


 とあるマフィアがとある事情でとある商会の債権を購入するはずだったのだが、その途中で運び屋が警察に捕まり、資金が警察に押収されてしまった。


 もちろん首謀者たちにとっては予想の範囲内の事態ではあったが、とあるスジから聞こえてきた押収された金品の総額がどうにもおかしい。足りないのだ。

 間違いなく誰かが途中で金品を着服している。では、誰が?


 運び屋がそんなことをするはずがない。後ろについているのがマフィアだと知って運んでいるのだ。

 十分な報酬があってのことだし、途中で手をつければすぐに誰が犯人かバレる。


 裏社会に足を踏み入れたものであれば、マフィアの金品に手を出すことが死を意味することくらい、理解しているはずだ。

 盗まれた金額は、命と引き換えにするにはいささか小額だった。


 そこで浮かび上がったのが、債権を購入するはずだった商会の娘だ。

 商会自体はマフィアに脅されただけの一般市民が営む商会である。でなければ、資金洗浄に利用する意味がない。


 商会長がマフィアのボスと話しているのをうっかり娘に聞かれてしまって、正義感の強い娘は親に反発した。

 以降、家出をして行方が分からないという。


 計画を邪魔しようとした彼女が、何らかの手段で金品を盗み出したのではないか。それがマフィア側の見解らしい。

 そして今尋ね人として探されている女の子こそが、まさにその商会長の娘であった。


「なぁ、おっさん」

「何かな、坊ちゃん」


 決定打となる噂話を聞かせてくれた例のスリを見送りながら、マコトは背後に立ったアランに呼びかける。


「アンタ、前の街で宝石運ぼうとしてたよな?」

「そうだねぇ」

「それで商会の債権を買うとか言ってなかった?」

「えー、そうだっけ?」

「もうひとつ、いいか?」


 マコトは、油が切れたブリキ人形のようなぎこちなさで、アランを振り返った。


「あの時の宝石、全部警察に渡したんだよな?」

「あははー。坊ちゃん、馬鹿なのによく気づいたねぇ」

「犯人、アンタじゃねぇか!!」

「俺じゃないよ。犯人は宝石店の店主。俺のツケとして一部回収されちゃってさ」

「アンタのせいには違いないだろ!」


 へらへら笑うアランに、マコトは頭を抱える。


「どうしよう、早く見つけなきゃ」

「まぁまぁ、落ち着きなよ」

「アンタのせいで無実の女の子が危険な目に遭ってるんだぞ! 罪の意識ってモンがないのかよ!?」

「やー、かわいそうだなぁとは思うよ」

「罪の意識が軽すぎる!」


 当のアランにはまったく罪悪感がないようだ。

 そうでなければ詐欺などやっていられないのかもしれないが。


 腰のポーチを開けて、弾丸の残りを確認する。最低限のものは揃っていた。

 市街地ではそもそも撃てないのだし、威力の高い魔法弾を準備をしたところで意味がない。


「いいから探すぞ、早く!」

「でもさぁ。マフィアがファミリーを挙げて探して見つからないのよ? 俺たちに見つけられるわけなくない?」

「正論言ってる場合か!? 焦ってくれよせめて!」

「正論言っても怒られるんだ」


 理不尽だなぁ、とアランはまたへらへら笑った。

 肩を怒らせたマコトがアランの胸倉を引っ掴もうとしたそのとき。


 ぎゃあぎゃあと言い合っている2人の横をすり抜けて、ギルドの職員が掲示板から、例の尋ね人の依頼を剥がした。

 それに気づいたマコトは、慌てて職員に駆け寄り、その腕を掴む。


「ちょ、ちょっと待て! どうして剥がすんだよ!?」

「あ、これ? さっき連絡があって、探してた子がもう見つかったからって」


 さっとマコトの顔色が青くなった。

 むんずとアランの首根っこを掴むと、そのままギルドの外へと飛び出していく。


「ちょ、ちょっと坊ちゃん。どこ行くわけ」

「あの子を探しにだよ、決まってるだろ!?」

「当てずっぽうでか? 無茶でしょ、それは」

「でも、何もしないでなんていられねぇよ」

「……俺のしたことで、坊ちゃんが罪の意識を感じる必要、ないと思うんだけど」


 焦った様子のマコトを見下ろし、アランはぽりぽりと頭を書いた。

 そして、やれやれとため息をつく。


「一旦落ち着きなさいよ。闇雲に探したって疲れるだけだろ」

「でも、」

「盗んだ金品の在り処を吐かせるまでは、生かしておくはずだ」

「じゃあ、それまでに助けなきゃ」

「だから待ちなさいって。……心当たりの場所があるから」


 アランの言葉に、マコトが目を丸くした。

 アランは軽く肩を竦めて見せる。そして、さっと外套を翻して、マコトを先導した。


「リーダーの命令だからね。しょうがないなぁ」

「ど、どういう風の吹き回しだよ?」


 慌てて追いついてきたマコトを振り返り、アランはにやりと口元をゆがめた。


「別に? たまには公権力に媚を売っておこうかなって思っただけさ」

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