中編 詐欺師とカモ

「まずはギルドに行くか。どうせ3ヶ月は組まなきゃならないんだから、せめてソロじゃできないような依頼受けて、レベル上げないと」

「熱心だねぇ」

「アンタにも、保釈金分ぐらいは働いてもらうからな」


 大騒ぎから一晩明けて、2人は連れ立って宿屋を後にした。

 アランは文無しだったので、ここもマコトの支払いである。


 ぎろりと睨みを効かせたマコトに、アランはへいへいと気のない返事をした。

 歩き始めてしばらくして、アランが足を止める。


「あれ? ギルドはそっちじゃ」

「あんなことやって、この街のギルドに行けるわけないだろ!?」

「おじさんは気にしないけどねぇ」

「気にしろよ、ちょっとは」


 マコトからしてみれば、昨日追放騒動の挙げ句に詐欺での捕物を演じたばかりのギルドに戻るなどとんだ恥晒しだと思ったが、当のアランはどこ吹く風と言った様子だ。


 頭痛を覚えながらも、マコトはギルドとは反対側に足を向ける。


「乗り合い竜車で隣街まで行く」

「あー……あそこは、今、ちょっと」

「何? そこでも借金してんの?」

「借金って言うか、何ていうか」

「アンタの事情なんか知るかよ、もう」


 もごもごと歯切れの悪いアランに付き合う気のないマコトは、さっさと歩を進める。

 アランも渋々といった様子で従ったが、あっと思い出したように声を上げた。


「じゃ、隣町に行く前に、ちょっと寄りたいところが」

「パチンコだったら殴る」

「いや、宝石商」

「宝石商!?」


 マコトは思わず素っ頓狂な声をあげた。

 借金まみれの男が用事のある場所とはとても思えなかったからである。


 怪しみながらもアランについていくと、本当に小綺麗な店構えの宝石店に辿り着いた。

 慣れない店に狼狽えるマコトを他所に、アランは店主と何やら親しげに世間話をしている。


「最近ダイヤの納品、あった? 3カラット以上で、クラリティがVVS2以上の」

「ダイヤですか? いえ、近頃はスコットホルン領でもほとんど出ないようで」

「ああ、そういやあそこの領主が神の怒りに触れたとか、噂になってたっけね」

「まさか。神は御加護を下さる存在ですから。単なる噂話でしょう」

「どうだか。火のないところに何とやらって言うだろ?」

「ベルターマイン産のものでしたら、少しご用意がございますが」

「いやぁ、あそこは遠くて。関税だけで赤字だよ」


 馴染みのない単語がマコトの耳を滑っていく。

 宝石用語はもちろんのこと、出てくる地名にも聞き覚えがない。どこか遠い地方の話らしかった。


 ふっと話が途切れる。店主が店の奥に引っ込んだかと思うと、ずっしりとした皮袋を持って出てきた。

 どうも先ほどの会話のどこかに、符牒となる言葉が隠されていたようだ。


 アランが袋の口を開けて中身を確認する。興味を惹かれたマコトが後ろからそっと覗き込むと、中にはぎらぎらと光る赤い宝石が所狭しと詰め込まれていた。

 10や20ではない。100か、200か、あるいはもっと、たくさんだ。


 マコトは思わず素っ頓狂な声を上げる。


「な、何、それ!? アンタの?」

「いや、俺のじゃないよ。個人的に受けてるちょっとした依頼でね」


 アランは一瞬迷った様子を見せたが、そのあとつらつらと話し始めた。


「これを別の町に持っていって、そこで商会の債権を買う」

「はぁ」

「次の町で、別のやつが債権を引き取って、それを金に換える」

「……」

「金に換えたら、また次の町では不動産を買う」

「…………」

「その不動産が売れたら、その金を教会に大口寄付する」

「マネーロンダリングじゃねぇか!!」


 マコトが叫んだ。

 アランがきょとんと目を見開いて、首を傾げる。


「知ってるんだ。あ、そっか。坊ちゃん左世界人だからか」

「左世界人全員に謝れ」


 左世界への風評被害とも取れる言葉に、マコトは眉根を寄せる。


 確かに左世界ではマネーロンダリングやらリボ払いやらについて学校教育で習うが、それはあくまで自分がその被害者とならないための知識だ。


 その知識を悪用することは、決して推奨されているわけではない。

 たまたま数十年前、それらの悪知恵を使って右世界で大稼ぎした左世界人がいただけだ。


 左世界人の沽券を守るため、マコトは通信端末を取り出すと、3桁の番号をタップする。


「もしもし警察ですか?」

「え、ちょっと」


 アランが止める間もなく通報したマコト。

 駆けつけた警察によって、アランの手に渡った宝石は即座に押収された。


 「自分は何も知らない、ただ次の街にこれを運ぶよう依頼されただけ」と迫真の演技で供述するアランに、マコトは白けた視線を向けていた。

 警察側も薄々勘づいてはいるのだろうが、証拠がないので今回は連行はされず、聴取のみで解放されることになった。


「あーあ……俺の稼ぎがぁ……」

「オレと組んでるうちは犯罪行為を見かけたら容赦なく通報するからな」

「へいへい……」


 腰に手を当てて睨みつけながら、肩を落とすアランに冷たい声を浴びせかける。

 アランは「これじゃ赤字だよ」とかなんとかぼやいていたが、やがて諦めたようだった。


 2人連れ立って停留所に向かい、乗り合いの竜車を待つ。

 最後尾に並んでいると、小走りで駆け寄ってきた女性に声をかけられた。


「あのう、すみません。冒険者の方ですか?」

「はい、そうですが」

「実は隣町まで帰らなくてはいけないのですが、路銀が足りなくて」


 しゅんと肩を落とす女性。

 背中には、小さな子供を背負っている。


 すやすやと寝息を立てている子供を起こさないように、女性は小さな声で続けた。


「娘を医者に見せようと急いで出てきたものですから、持ち合わせが少なくて。思ったよりも薬代が嵩んでしまって、今気づいたら……」


 どことなくやつれた表情の女性に、マコトは同情していた。

 子供が心配で慌てていたのだろう。負ぶって歩いて帰るわけにもいかないだろうし、早く帰って子供を休ませたいはずだ。


 冒険者は基本的に人助けをするのが仕事だ。マコトは女性を安心させるため、どんと胸を叩いて見せる。


「そういうことならオレ、お貸ししますよ! いくらぐらい足りないんですか?」

「ああ、ありがとうございます! でしたら、200ゴールドほどお貸しいただけると助かります。隣町に着きましたら、必ずお返ししますので」

「ああ、そんな。200ゴールドくらいいいですよ。えーと」

「はいそれ詐欺。普通に詐欺」

「え?」


 財布を取り出そうと腰のポーチに伸ばしたマコトの手を、アランがぺしんと叩き落とした。

 きょとんと目を丸くするマコトに、アランはやれやれとため息をつく。


「寸借詐欺も知らないの? マネーロンダリングは知ってるのに? よく淘汰されずにそこまで育ったねぇ」

「詐欺って、アンタと一緒にするなよ」

「俺のことは詐欺呼ばわりなのになぁ」

「詐欺だなんて、そんな」


 慌てた様子の女性に、アランが向き直る。

 特に怒った風でもない、軽い調子で言った。


「悪いこと言わないから、交番行って借りてきな」

「家でまだ小さい子どもが待っているんです、早く帰らないと」

「なら、隣町に戻ってからの連絡先、教えてよ」

「そ、それなら」


 女性が諳んじた番号を書き留めもせず、アランはその場で通信端末を取り出すと、聞いたばかりの番号をプッシュした。


「え、あ、ちょっと」


 女性が慌てて止めようとするが、アランの方が素早かった。

 アランがスピーカーにした通信端末から、「この番号は現在使われておりません」の音声が流れてくる。


「ね?」


 アランがマコトに呼びかける。マコトは、あんぐりと口を開きっぱなしにするしかなった。


「ええと、あの」

「くッ……!」


 2人の隙を突き、女性が突如として走り出す。先ほどまでの気の弱そうな女性と同一人物とは思えないほどの慣れた様子で、あっという間に人ごみにまぎれていってしまった。

 空中に浮かんだマコトの手が、何もないところで寂しく開閉される。


「通報しないの?」

「……する」


 しょんぼりと肩を落としながら、マコトは昨日今日でもう3回目となる番号へと通信を飛ばす。

 その背中を見ながら、アランが呆れたように笑った。


「危なっかしいなぁ、坊ちゃん」



 ○ ○ ○



 隣街に到着し、竜車を降りる。

 竜車に揺られている間も、マコトは非常に釈然としない気持ちだった。


 親切につけ込むような詐欺があることを知って腹立たしいのとともに、「そんなことまで疑ってかからないといけないのか」と思うとげんなりしたのだ。

 確かに詐欺だったのだろうが、そうとは知らずに200ゴールド貸してお礼を言われて、親切をしたと良い気分で終わったほうがマシだとすら思った。


 すっかり落ち込んだ気分でとぼとぼ歩いていると、往来で走ってきた男の子にぶつかられた。


「おっと、ごめんよ、兄ちゃん!」

「こら、ちゃんと前見ないとダメだろ」

「はーい!」


 元気よく手を振って走っていく男の子。


 落ち込んでいたマコトは注意をしながらも、気恥ずかしそうに笑う男の子の笑顔に、少しだけほっこりした気分になった。

 子どもは無邪気で、可愛い。接していると元気になるな、と思った。


 ほっこりした気持ちを荒んだ心に染み渡らせていると、横から出てきたアランの手が、男の子の首根っこを引っ掴んだ。


「はい、坊ちゃんに財布を返して」

「え?」


 マコトは目を見開いた。

 アランにぶら下げられている男の子に視線を移すと、その子はあっという間に無邪気な表情を消し去って、子どもらしからぬしかめっ面になり、チッと舌打ちをする。


「何だよアラン、邪魔すんなよ」

「邪魔されたくなけりゃ他を当たんな」

「こいつ、お前の新しいカモじゃねえの?」

「カモにするならもっと金持ちを選ぶよ」


 マコトもだんだんとしかめっ面になっていく。

 男の子がため息混じりに、懐から財布を取り出した。

 それはまさしく、マコトの財布であった。


 アランはそれを受け取ると、男の子の首根っこから手を離す。

 どさりと地面に落ちた男の子に、マコトは咄嗟に駆け寄った。


「おい、おっさん! たとえ泥棒でも、こんな小さな子に乱暴は……」

「こいつホビットだから、きっと坊ちゃんより年上よ」

「えっ」

「坊ちゃん、大丈夫? 今までどうやって一人で生きてきたわけ?」


 呆れた顔をするアラン。

 改めて男の子に視線を送ると、彼にもフンと鼻で笑われた。


 衝撃で開いた口が塞がらない。ホビットという種族の存在は知っていたが、まさか子どものフリをするとは思っていなかったのだ。


「この坊ちゃん、一応うちのパーティーのリーダーなの。カモられると俺の稼ぎも減るからね。ほら、散った散った」


 アランがそう言うと、男の子を含めて周囲で遠巻きにこちらを見ていた人間たちがぞろぞろと散っていく。


 老若男女問わない多種多様な人間たちを見て、マコトはまたショックを受けた。

 今の台詞で散っていくということは、皆マコトをカモにしようとして近寄ってきていたということだ。

 世の中に悪い奴が多すぎる。


「坊ちゃん、ほんと運がないよね」

「アンタの! せいだ! ろうが!!」


 マコトがアランの胸倉を掴んで揺さぶる。

 ホビットの言葉も考え合わせると、アランと一緒に居たせいで「騙しやすそうなやつだ」と思われた可能性が高かったからだ。


 アランもそれは承知のようで、へらへらと笑う。


「引っかかる奴はいくらでも引っかかるからねぇ。上客リストに載っちゃうとそっからはもう大変よ」

「さ、最低だ、最低!」


 マコトは憤慨する。

 一度押し売りに応じてしまうと、押し売り同士でその情報が共有されてしまうので、また別の押し売りが来て被害が連鎖してしまう、というのは左世界の学校教育でも学んでいた。


 だが、ここまでとは思わなかった。

 詐欺の被害者をさらに骨までしゃぶろうとする姿勢に、恐ろしさすら感じる。被害者からしてみれば、泣きっ面に蜂どころの騒ぎではない。


 マコトはわずか2日で、知りたくなかった世界を知るはめになっていた。

 人間不信になりそうだ。


 ぎすぎすした心で足早に街中を歩いていると、道の向こうからどっすんどっすんと駆けてくる女性の姿が視界に入った。


 ありとあらゆるところが豊満なその女性は、高そうなアクセサリーをじゃらじゃら言わせながら一目散にマコトたちに向かって走ってくる。

 先ほどのスリの件を思い出して、マコトはさっと身をかわした。


 だが女性はマコトをスルーして、その斜め後ろを歩いていたアランに飛びかかる。


「ああん、デイビッド!」


 デイビッド?


 疑問をすんでのところで飲み込んで、マコトはアランに視線を向ける。

 熱烈なベーゼを頬にお見舞いされながら、アランは若干頬を引き攣らせて笑っている。


「最近来てくれないから、アタシ寂しかったのよぉ」

「いやぁ、俺も勇者パーティーの一員だからさ。忙しくて」

「心配したわぁ」


 痩せぎすのアランが3倍ほど横幅のある女性にもみくちゃにされている。


 アランはもちろん「デイビッド」ではない。

 ギルドカードの名前や、スリに呼ばれていた名前からもそれは明らかである。

 すっかりすさんだマコトには、この詐欺師が偽名を使っているのだろうということがすぐに推測できてしまった。


 女性は猫なで声を出しながら、アランにしなだれかかる。

 アランの体が曲がってはいけない方向に曲がっていた。骨が折れそうだ。

 折れてしまえばいいのに。


「ね、やっぱり早く籍入れましょうよぉ。貴方に何かあったとき連絡が来ないんじゃないかって、アタシ不安なの」

「言ったろ、親に反対されてるって。施設に入れるにはお金がかかるんだよね」

「そのくらいアタシが出すわよ、もう!」


 堂々と答えるアランに、マコトはあんぐりと口を開け放つ。


 この男、身寄りがいないとか言っていなかっただろうか。

 それとも、マコトに言ったことが嘘なのだろうか。


 どちらかは分からないが、とりあえずマコトは通信端末を取り出す。


「あ、警察ですか? パトカー一台お願いします」

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